第4話 冒険者登録をお願いします。できれば解剖許可も
ルーベルの街は石壁に囲まれていた。王都ほどではないのだろうが、俺にとっては十分に異世界の街だった。高さ五メートルほどの外壁、木製の大きな門、門の横には槍を持った衛兵が二人。街道には荷馬車が並び、商人らしき男たちが荷を確認している。
馬に似た動物もいた。いや、似てはいるが額に小さな突起がある。角兎よりずっと短く、角というより魔力感知器官かもしれない。脚も地球の馬より太く、体毛の一部に青い筋が走っている。魔力の流路だろうか。荷馬車を引く家畜にも魔力器官がある。つまりこの世界では、魔力が野生生物だけでなく家畜にも関わっている。面白い。
「おい」
ガルドが俺の肩を叩いた。
「家畜をそんな目で見るな。商人に怒られるぞ」
「解剖したいとは言っていません」
「目が言ってる」
「少し構造を確認したいだけです」
「それを普通は解剖って言うんだ」
なるほど。言葉の印象には気をつける必要がある。俺は視線を外した。
門の前で衛兵がガルドに気づく。
「おう、ガルド。採取帰りか」
「ああ。ついでに妙なのを拾った」
「妙なの?」
衛兵の視線が俺に向く。泥は落としたが、外套の下は焼けた服と包帯だらけだ。客観的に見れば不審者である。
「……何だ、その若いのは」
「森で角兎に殺されかけてた」
「角兎に?」
微妙な反応。やはり低級魔物らしい。
「名前は?」
「神崎悠真です」
「カンザキ、ユーマ?」
「はい」
「出身は?」
「地球です」
衛兵がガルドを見る。ガルドは首を横に振った。
「頭を打ったらしい」
「なるほど」
納得された。便利だ。
「身分証は?」
「ありません」
「金は?」
「ありません」
「職は?」
「ありません」
「怪しすぎるだろ」
「自覚はあります」
衛兵は額に手を当てた。ガルドが口を挟む。
「俺が一時保証する。ギルドに連れてく」
「まあ、お前の紹介なら……街で問題を起こすなよ」
「努力します」
「努力じゃなくて起こすな」
「では問題の定義を」
「やっぱり面倒そうだな」
ガルドが背中を押した。
「黙って入れ」
「分かりました」
門をくぐると空気が変わった。土、煙、焼いた肉、獣、金属、汗、薬草。人の生活の匂いだ。石畳の道、混在する建物、露店、行き交う人々。そして街全体に薄く流れる魔力。森より密度は低いが、街灯や井戸などに魔力反応がある。魔道具だ。生活に魔法技術が浸透している。素晴らしい。
「いい街ですね」
「まだ入口だろ」
「魔道具が生活に使われています」
「明かりや井戸の浄化くらい普通だ」
「浄化」
新しい単語だ。水魔法か、毒素分解か。都市衛生は地球の中世より発達している可能性がある。
「まずギルドだ」
「魔物素材も売れますか」
「売れる」
「解剖場所は?」
「……あるにはある」
「素晴らしい」
「最初にそれ言うなよ」
「なぜですか」
「引かれるからだ」
なるほど。
やがて大きな建物に着いた。冒険者ギルドだ。中は騒がしく、様々な種族がいる。獣人、ドワーフ。身体構造が興味深い。
「何見てんだ」
「耳の可動域を」
ガルドが口を塞いだ。
「すまん、こいつ怪我でぼんやりしてる」
「気をつけろよ」
文化的配慮が必要だ。
受付には若い女性がいた。
「お帰りなさい、ガルドさん」
「ああ。拾い物だ」
「怪我人ですか?」
「角兎にやられた」
また微妙な反応。
「神崎悠真です。冒険者登録をお願いします」
「受付のミラです」
ミラは羊皮紙を出した。
「名前、年齢、出身などを記入します」
「文字はまだ読めません」
「では代筆します」
手続きが進む。
「出身は?」
「地球です」
「出身不明にしますね」
「はい」
「希望職種は?」
「研究者です」
「ありません」
「では解体場補助で」
「本当に?」
「はい」
ミラは少し驚いた。
「戦闘経験は?」
「ありません」
「魔法経験は?」
「昨日初めて使って暴発しました」
「……暴発」
「王国との関係も少し悪化しました」
ミラが固まる。
「正確な申告です」
「言い方を考えてください」
測定板で魔力を測る。結果は不安定。
「魔力量は低め、属性不明、安定性低」
「予想通りです」
「冷静ですね」
「事実なので」
仮登録証を受け取る。
「問題行動は禁止です」
「具体的ですね」
「今思いつきました」
どうやら俺専用だ。
依頼は解体場補助を選ぶ。
「ゴブリンと角兎の処理です」
「最高です」
「最高なんだ……」
その時、衛兵が通達を持ってきた。
「王都から。危険人物が逃走」
黒髪黒目、魔法不安定。ほぼ俺だ。
「似た人がいますね」
「お前だろ」
ミラとガルドが見る。
「説明しろ」
「異世界転生、召喚拒否、暴発、逃走です」
「短くしても分からん」
結局、ギルドで監視することになった。
「問題を起こしたら報告します」
「分かりました」
依頼はそのまま続行。
「大人しく働いてください」
「大人しく解剖します」
「補助です」
ガルドが笑う。
「勇者じゃなくて解体場新人だな」
「最高です」
俺にとってはそれでいい。
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研究記録 No.002
対象:冒険者ギルド
観察結果:討伐、採取、運搬、調査、素材処理、情報交換を統合した組織。
仮説:国家とは別系統の社会インフラ。
結論:研究拠点として有用。
追記:危険人物通達あり。火魔法は控える。
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午後の鐘が鳴る。解体場の扉が開き、血と薬草の匂いが流れてきた。
「無許可で切らないでくださいね」
「分かっています」
中には角兎とゴブリンの死体が並んでいた。未知の構造。未知の魔力。
「さて」
俺は笑った。
「まずは魔石の位置を確認しましょう」
主任が振り向く。
「新人、今なんつった?」
「ユーマ・カンザキです。ゴブリンの脳幹部を確認したいです」
周囲が静まり返る。
「……変なのが来たな」
どうやら第一印象は変わらないらしい。




