第36話 地球という名前だけでは、帰れない
翌朝、監視小屋の机には、三枚の紙が並んでいた。一枚目は、上位世界仮説。二枚目は、観測者保護契約草案。三枚目は、まだほとんど白紙のままの紙。その上に、俺は表題だけを書いていた。
到達先の世界署名。三つの不足項目の、一つ目。水瀬葵の青紐が示した、未達条件。
観測者保護契約は、昨日ようやく草案段階に入った。リア殿下の帰還名として「リア」も仮登録された。もちろん正式契約にはまだ遠いが、それでも進展はあった。だが、到達先の世界署名は違う。これは、まだ入り口にすら立っていない。
「まず確認します」俺は全員の前で口を開いた。「WORLD GATEは、ただ“どこか”へ穴を開ける技術ではありません」
リア殿下が頷く。「それをやれば、北の塔と同じ、境界の傷になる」
「はい。だから、門には到達先が必要です。ただし、ここでいう到達先は、単なる地名ではありません」
ガルドさんが腕を組む。「地名じゃ駄目なのか」
「駄目です。例えば、俺が“地球へ帰りたい”と言ったとします。でも、外世界が複数あるなら、地球に似た世界が、複数ある可能性がある」
「……似た世界?」
「はい。同じような日本、同じような東京、同じような大学、同じような歴史を持つけれど、細部が違う世界です」
ガルドさんは眉をひそめた。「ややこしいな」
「非常にややこしいです。だから、地球という名前だけでは、足りません」
俺は紙に書いた。地球という名称は、世界署名ではない。
ミラさんが真剣な顔で言う。「では、ユーマさんが帰りたい世界と、水瀬葵さんが来た世界が、同じとも限らない?」
「そこが、問題です」
部屋の空気が、少し変わった。そう。それが、最初に確認すべき問題だった。
水瀬葵は、東京理科大学理学部物理学科の卒業生だと言った。俺も同じ大学にいた。俺の多元宇宙接続理論を読んだとも言った。なら、同じ地球から来たように思える。だが、世界間には時間差がある。彼女は地球基準では俺より少し前の世代のはずなのに、この世界では二百四十年前から記録を残している。時間の流れが違うだけなら、説明は可能だ。だが、別分岐の地球から来た可能性も、まだ残る。
俺が知る地球。葵さんが知る地球。それが完全に同じ世界だとは、まだ証明できない。
ロイさんが記録しながら尋ねた。「同一世界かどうかを、確認する方法はありますか」
「いくつか候補はあります」俺は紙に項目を書いた。一、固有名照合。二、歴史照合。三、物理定数照合。四、天体配置照合。五、言語・文字体系照合。六、魂由来署名照合。七、情報層照合。
「固有名照合は、水瀬葵さんが大学名と俺の研究内容を知っていた時点で、かなり強いです」
リア殿下が言った。「けれど、それだけでは完全ではない」
「はい。同姓同名や、似た歴史の可能性は極めて低いですが、上位世界仮説を扱うなら、低確率を捨てるのは危険です」
「歴史照合は?」
「日本、東京、大学、研究室、同時代の出来事、科学史、人物名などを照合します。ただし、俺の記憶が正確である前提が要ります」
ミラさんが、少し難しい顔をした。「またその問題ですね」
「はい。俺の記憶が完全である保証がない以上、俺の記憶だけで世界署名を作るのは、危険です」
「では、物理定数照合とは?」レグナ卿が興味深そうに聞いた。
「俺の世界では、自然現象を表す基礎的な値があります。光の速さ、重力、電子の電荷。数学の定数は世界を超えて同じ可能性が高いですが、物理の定数は、世界の法則に依存します」
「つまり、世界ごとの指紋のようなものですか」
「かなり近いです」俺は紙に書いた。世界署名とは、世界を他世界から区別するための、法則・情報・因果・魂由来の複合照合鍵である。
ドルガンが唸った。「照合鍵か。鍵なら、形が合わなければ開かん」
「はい。ただし、普通の鍵より厄介です。間違った鍵で無理に開けると、別の場所へつながるか、門ではなく傷になります」
「最悪じゃな」
「最悪です」
マティアス司祭が、青紐の箱を見つめながら言った。「水瀬葵は、その鍵を持っていなかったのでしょうか」
「持っていた可能性はあります」
「では、なぜ帰れなかったのです」
「鍵だけでは、足りなかったからです」俺は、青紐が示した不足項目を指差した。「到達先の世界署名。観測者保護契約。帰還権限。この三つが、不足項目でした。葵さんは、到達先の世界署名を一部持っていたかもしれない。でも、観測者がいなかった。帰還権限もなかった。だから、帰れなかった」
リア殿下が小さく呟いた。「世界への住所は、分かっていた。でも、門を安全に開いて、帰るための保証と観測が、なかった」
「そういうことです」
地球という名前だけでは、帰れない。東京という名前だけでも、帰れない。神崎悠真の故郷、という感情だけでも、帰れない。WORLD GATEが必要とするのは、もっと厳密なものだ。世界そのものを識別する署名。しかも、通過者が帰るべき世界と時点を、間違えないための照合鍵。
俺は新しい紙に、表を作った。世界署名候補。
第一層、名称署名。地球。日本。東京。神崎悠真の出身世界。水瀬葵の出身世界。第二層、情報署名。日本語。漢字。ひらがな。カタカナ。物理学用語。大学名。研究記録。第三層、歴史署名。科学史。日本史。国家名。暦。西暦。東京理科大学の存在。第四層、物理署名。光速。重力。電磁気。化学元素。第五層、天体署名。太陽系。地球。月。惑星配置。星座。第六層、魂由来署名。神崎悠真の魂が元々属していた世界情報。水瀬葵の魂、または記録に残る世界情報。第七層、因果署名。神崎悠真が死亡した時点。水瀬葵が失踪した時点。両者の地球時間軸の関係。
「かなり多いですね」とミラさん。
「多いですが、これでも最低限です」
「これを全部、調べるのですか」
「可能な限り」
ガルドさんが顔をしかめた。「この森の小屋でか?」
「全部は無理です。ですが、今できることもあります」俺は青紐の箱を見た。「水瀬葵さんの記録と、俺の記憶を照合します」
セシルさんがすぐに言った。「青紐への問い合わせですか」
「直接の問い合わせではありません。まずは既存記録の照合です。青紐を開けず、すでに判読済みの文字、映像の発言、俺の記憶を、比較します」
ミラさんが頷く。「それなら、許可できます。ただし、長時間は駄目です。また二時間です」
「分かりました」
こうして、世界署名の照合作業が始まった。
まず、固有名。水瀬葵。神崎悠真。東京理科大学。理学部物理学科。多元宇宙接続理論。ここまでは、一致している。
次に、文字。葵さんの日本語の刺繍は、俺が知る日本語と、完全に一致していた。漢字の字形も、ひらがなの崩し方も、現代日本語に近い。アルトレイアで自然発生した文字ではない。さらに、彼女の文章には「お母さん」という語があった。これは重要だった。単なる意味ではない。「お母さん」という音、文字、感情の結びつき。母親を意味する語はどの世界にもあるかもしれない。だが、「お母さん」という表記と語感は、日本語の情報署名として、強い。
リア殿下が、その部分を見つめた。「言葉には、世界の匂いが残るのですね。水瀬葵さんの言葉には、ユーマさんの世界と同じ匂いがある。……ただし、感覚だけでは足りない」
「はい。だから、記録します」
俺たちは、葵さんの文章を一つずつ確認した。私は帰れない。この召喚は、片道だ。お母さんに会いたかった。次の誰かへ。名前を呼ばれたのではない、役割を呼ばれた。私を、聖女だけで終わらせないで。その全部が、私です。神崎悠真くん。東京理科大学、理学部物理学科。多元宇宙接続理論。
どれも、日本語として自然だった。不自然な翻訳臭がない。もし情報魔法が自動翻訳しているなら、もっとこの世界の概念に寄るはずだ。だが、青紐に残された日本語は、日本語そのものだった。
「情報署名としては、かなり強い」俺は言った。「水瀬葵さんと俺は、少なくとも、非常に近い日本語圏の世界に由来している可能性が高いです」
ロイさんが記録する。「同一世界とは断定せず。近接世界、同系統世界、または同一地球候補として記録」
「それが妥当です」
次に、歴史署名。ここで問題が出た。俺の記憶には地球の歴史がある。だが、それが葵さんの記憶と一致するかは、青紐の既存記録からは、ほとんど確認できない。東京理科大学の存在。現代日本。大学制度。物理学科。この程度では、分岐世界の可能性を排除できない。
「葵さんが残した記録に、年号や社会的事件があればよかったのですが」とリア殿下。
「はい。ですが、聖女伝承に隠すには、危険だったのかもしれません。具体的すぎる固有情報は、当時の人には意味不明でも、情報封印としては負荷が高かった可能性があります。あるいは、意図的に残さなかった」
「なぜですか」
「もし世界署名を完全に残すと、王国や聖教国が帰還門を再現しようとする危険があるからです」
リア殿下の指摘に、俺は頷いた。「あり得ます。葵さんは、情報を段階的に開示している。読める者、名前を知る者、最低要件を理解する者。条件を満たさない相手には、完全な世界署名を渡さないようにしていた可能性があります」
マティアス司祭が、苦しそうに言った。「私たちは、彼女の祈りを守っているつもりで、彼女の警告を封印していた」
「同時に、危険な情報の拡散を防いでいた、とも言えます。結果としてですが」
司祭は、少しだけ救われたような顔をした。「そうであれば、せめて、救いがあります」
「はい」
情報は、開けばいいというものではない。間違った相手が読めば、技術はまた檻になる。葵さんは、それを知っていたのだろう。
次に、物理署名。ここが難しかった。俺は地球の基礎的な物理の値を、ある程度覚えている。光速、重力、元素、量子力学の基礎。だが、アルトレイアでそれを測定できる設備はない。そもそも、アルトレイアは魔法が存在する世界だ。物理法則は地球と似ている部分もあるが、魔力という追加の層がある。比較には、慎重さが要る。
「ユーマさんの記憶にある地球の法則と、この世界の法則を比べることは、世界署名に使えますか」レグナ卿が聞く。
「使えます。ただし、それは到達先の署名というより、現在地AR-13との差分署名になります。地球には魔力がなかった、少なくとも俺の観測範囲では。この世界には魔力がある。なら、魔力層の有無は、世界の識別に使えます。ただし、“魔力がない世界”は、地球以外にも無数にあるかもしれません」
「足りないのですね」
「はい。魔力が無いだけでは、足りません」
ドルガンが言った。「なら、魂由来署名とやらは、どうじゃ」
「それが、一番重要かもしれません」俺はペンダントに触れた。「俺の魂が本当に地球由来なら、その魂には、出身世界の情報が残っている可能性があります」
リア殿下が頷く。「存在輪郭に、世界の痕跡が残る」
「はい。葵さんの青紐にも、おそらく同じような痕跡がある。二つを照合すれば、同一世界か近接世界かが、分かるかもしれません」
ミラさんがすぐに警戒した。「魂への直接干渉は、危険です」
「分かっています。直接魂を解析するのではなく、名前を書いた時の反応を見るだけにします。俺の本名、葵さんの本名、地球という文字、日本という文字、東京という文字。それぞれを書いた時に、ペンダントと青紐がどう反応するかを、観察します」
レグナ卿が考え込む。「低リスクではありますな。魔力を流さず、文字記録への受動的な反応を見るだけなら。ただし、地球という語が世界署名に近い場合、反応が強く出る可能性があります」
「その場合は、即中止します」
ミラさんが厳しく言った。「条件を書いてください」
「はい」俺は実験条件を書いた。
世界署名反応試験No.001。
目的、到達先世界署名候補語への、受動反応の確認。方法、魔力を込めず、紙に候補語を書く。ペンダント、青紐、周囲の魔力場の反応を観測する。禁止、音読、魔力接触、青紐開封、候補語への視線固定、塔方向への展開。中止条件、ペンダント発熱、青紐の自律発光、名前遅延、存在輪郭揺らぎ、周囲空間の同期ずれ。観測者、リア・エルヴァルディア。安全管理、ミラ、セシル。記録、ロイ・アルヴァン。
レグナ卿とドルガンが観測具を用意した。青紐の箱は閉じたまま机に置く。俺のペンダントは胸元。リア殿下は俺の正面に座り、俺の存在輪郭を観測する。ミラさんは砂時計を置いた。
「一語ごとに、休止を入れます。反応が強ければ、即中止。ユーマさん、興奮しない」
「努力します」
「努力ではなく、守ってください」
「守ります」
俺は紙に、最初の語を書いた。神崎悠真。ペンダントが微かに冷えた。安定反応。青紐は反応なし。リア殿下が言う。「存在輪郭、安定」
次に書く。ユーマ・カンザキ。こちらも安定反応。青紐は反応なし。
次に。水瀬葵。青紐が微かに光った。ペンダントも、ごく弱く反応した。俺は息を止めそうになったが、ミラさんに睨まれて、普通に呼吸した。
「反応はありますが、危険域ではありません」レグナ卿が言う。「二つの媒体が、同じ情報層に触れていますな」
次に書く。アオイ・ミナセ。青紐が反応。ただし、水瀬葵より弱い。
「本名の表記の方が、強い」リア殿下が言った。
「はい。これは、帰還名理論とも一致します」
次に。日本。ペンダントが冷えた。青紐も少しだけ光る。部屋の空気が、わずかに震えた。
ミラさんがすぐに言う。「続行、可能ですか」
リア殿下が俺を見る。「存在輪郭、軽微な揺れ。ただし、安定範囲内」
「休止しましょう」俺はペンを置いた。一分待つ。反応は消えた。
次に。東京。ペンダントが反応。青紐も反応。ただし、日本よりやや弱い。
「地名としては強いですが、世界署名ではなく、地域署名に近いのかもしれません」俺は言った。
次に。地球。その文字を書いた瞬間、ペンダントが強く冷えた。青紐の箱が青く光った。観測具の針が揺れる。
ミラさんが即座に言った。「中止」
俺はペンを置いた。リア殿下がはっきりと言う。「神崎悠真。ユーマ・カンザキ。現在、北部塔群外縁監視小屋。世界署名反応試験を中止。帰還条件、保持。私、リアが観測しています」
ペンダントの冷えが、少し収まった。だが、青紐の箱には、文字が浮かんでいた。
――地球。名称署名、一致候補。世界署名としては、不足。
「やはり」俺は呟いた。
地球という名前には、反応する。だが、それだけでは足りない。名称署名としては、一致候補。世界署名としては、不足。つまり、地球は鍵の一部だ。しかし、鍵そのものではない。
ミラさんが厳しい顔で言った。「今日は、ここまでです」
「はい」今回は、素直に頷いた。十分な成果だった。地球という語に、ペンダントと青紐が反応した。水瀬葵と俺は、少なくとも「地球」という名称署名を共有している。だが、世界署名には、まだ足りない。
俺は紙に書いた。地球=名称署名、一致候補。不足、時間座標、因果座標、物理署名、魂由来署名、世界識別番号。
世界識別番号。そこで俺は、手を止めた。もしアルトレイアがAR-13なら、地球にも、外部管理上の番号があるのではないか。地球は、地球人が呼ぶ名前。管理局には、別の番号があるはずだ。
「……必要なのは、地球の外部管理番号かもしれない」俺が呟くと、リア殿下がすぐに反応した。
「AR-13に対応する、地球側の番号」
「はい」
「それが、世界署名の中核?」
「可能性があります」
「でも、どうやって知るのですか」
俺は青紐の箱を見た。「葵さんは、知っていたかもしれません」
青紐は反応しない。沈黙。これ以上は聞くな、ということか。あるいは、条件が足りないのか。俺はペンを置いた。焦るな。地球という名前だけでは帰れない。だが、名前の反応はあった。なら、完全に道がないわけではない。今日は、それで十分だ。
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研究記録 No.034
対象:到達先世界署名の初期考察、および名称署名反応試験
結論:「地球」という名称は、到達先世界署名の一部である可能性が高い。ただし、地球という名称だけでは、WORLD GATEの到達先指定として不足。世界署名とは、単なる地名ではなく、法則・情報・歴史・天体・魂由来・因果座標を含む、複合照合鍵である可能性。
世界署名候補層:
一、名称署名。
二、情報署名。
三、歴史署名。
四、物理署名。
五、天体署名。
六、魂由来署名。
七、因果署名。
水瀬葵記録と神崎悠真記憶の照合結果:日本語表記、東京理科大学、理学部物理学科、多元宇宙接続理論により、同一または極めて近接した地球系世界に由来する可能性が高い。ただし、分岐世界、近接世界、記憶の欠落の可能性を排除できない。
世界署名反応試験No.001:神崎悠真・ユーマ・カンザキはペンダント安定反応。水瀬葵は青紐強反応・ペンダント微反応。アオイ・ミナセは青紐中反応。日本はペンダント・青紐ともに反応。東京はペンダント・青紐ともに反応、日本より弱い。地球はペンダント強反応・青紐発光、中止条件により試験中止。青紐表示「地球。名称署名、一致候補。世界署名としては不足」。
仮説:地球という語は名称署名として有効。しかし、WORLD GATEの到達先指定には、外部管理番号、時間座標、因果座標、魂由来署名などが必要。AR-13に対応する、地球側の世界番号が存在する可能性。
今後の課題:
一、地球側の世界番号の探索。
二、水瀬葵記録内に隠された世界署名断片の再探索。
三、神崎悠真の魂由来署名を、安全に観測する方法の検討。
四、俺の地球と、水瀬葵の地球が、同一世界か近接世界かの判定。
追記:地球という名前だけでは、帰れない。だが、その名は確かに反応した。名前は鍵ではない。鍵穴の位置を示す、印である。
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その夜、俺は監視小屋の窓辺で、地球という文字を見ていた。紙に書かれた二文字。地球。俺が生まれた世界。たぶん。俺が死んだ世界。たぶん。水瀬葵が来た世界。たぶん。
その「たぶん」が、今は恐ろしく重い。帰りたい場所を間違えれば、門は救いではなく、事故になる。似た世界へ行っても、それは帰還ではない。同じ日本、同じ東京、同じ大学があっても、俺の知る人たちがいなければ、それは俺の地球ではない。
いや、もっと根本的に。俺の記憶が確かでなければ、俺が帰りたい地球とは、何なのか。考えすぎると、自分の足元が揺らぐ。
俺は紙に名前を書いた。神崎悠真。ユーマ・カンザキ。現在地、北部塔群外縁監視小屋。観測者、リア。目的、WORLD GATEの安全要件の解明。少し、落ち着いた。
地球という名前だけでは、帰れない。だが、地球という名前は、消えていなかった。ペンダントは反応した。青紐も反応した。水瀬葵と俺をつなぐ、何かはある。それはまだ世界署名ではない。でも、最初の印だ。
俺は研究記録の最後に、一文を書いた。
――帰りたい場所の名を知っているだけでは、帰れない。だが、名を失えば、探すことすらできない。
青月の光が、地球という文字を、淡く照らしていた。




