第35話 上位世界仮説
水瀬葵の青紐が示した三つの不足項目は、その日の午後になっても、会議室の空気を支配していた。到達先の世界署名、未確定。観測者保護契約、未作成。帰還権限、未確立。
この三つは、単なる作業リストではない。WORLD GATEという技術の根本に関わる条件だった。到達先を知らなければ、門はどこにもつながらない。観測者を守れなければ、門を開くたびに誰かを犠牲にする構造になる。そして帰還権限。行けても帰れなければ、それは門ではなく傷になる。葵さんが、身をもって示したことだった。
だが、分からないからといって放置できる段階ではなかった。是正猶予まで八十九日。外世界端末が示した言葉をそのまま信じるなら、この世界は終わる。だが俺は、その言葉を絶対の真実として扱うつもりはなかった。
情報源は端末。端末の所属は、転移管理局と推定。端末は、世界番号AR-13、すなわちこの世界アルトレイアに対し、封鎖対象指定と是正処理を告げた。しかし、それはあくまで端末側の情報だ。管理局の基準ではそうなのかもしれない。外側の規約では、そう処理されるのかもしれない。だが、この世界の住人にとって、それが正しいとは限らない。
「まず、前提を整理します」
俺は監視小屋の机に、新しい紙を置いた。表題を書く。
上位世界仮説 初版。
その文字を見た瞬間、リア殿下が静かに息を呑んだ。
「上位世界、ですか」
「はい。今のところ、俺たちが観測した現象を、最も少ない矛盾で説明する仮説です」
「確定ではなく」
「もちろん確定ではありません」
ミラさんが、少し安心したように頷いた。「そこは大事です。ユーマさんは時々、仮説を追う速度が速すぎて、周りから見るともう確定しているように見えます」
「気をつけます」
「本当にお願いします」
ガルドさんが椅子に背を預ける。「つまり、今から世界がどうなってるかを、お前なりに説明するってことか」
「はい。ただし、全部推定です」
「なら、分かりやすく頼む」
俺は紙の左側に観測事実、右側に考察を書き始めた。
観測事実一。北の塔上空の裂け目から、魔力反応を持たない球状存在が出現した。考察。これは、アルトレイアの魔法体系に依存しない、外世界技術による観測端末、または管理端末である可能性が高い。
観測事実二。端末は、神崎悠真および水瀬葵の名前を識別した。考察。端末は世界内の記録ではなく、世界外部の個体記録を参照していた可能性がある。
観測事実三。端末は、転移管理局、失踪者記録、世界番号AR-13、古代文明アストラ、違法転移、世界法則汚染率、是正処理、という情報を提示した。考察。この世界アルトレイアは、外部の何らかの体系において、AR-13という番号で管理、記録、または分類されている可能性がある。
観測事実四。空に出現した神性存在は、自らをAR-13の保守管理権限所有者と示した。考察。この世界の神々は創造主ではなく、世界内部、または世界管理層に属する保守管理者である可能性がある。
観測事実五。水瀬葵は、地球の大学名、神崎悠真の研究内容を知っていた。考察。水瀬葵は単なる召喚者ではなく、外世界技術、あるいはアーカーシャに接続していた研究者である可能性が高い。
観測事実六。水瀬葵は、神崎悠真を「私の続き」と呼び、なぜか俺を待っていた。考察。神崎悠真の来歴には、通常の転生者とは異なる、まだ観測の届かない要素が含まれている可能性がある。
書き終えたところで、部屋はしばらく静まり返った。
ロイさんが記録を確認しながら言う。「かなり慎重な書き方ですね」
「はい。今は断定できません」
「この世界が、誰かに作られたものかもしれない、という点も、仮説ですか」
「仮説です。ただし、無視できない仮説です」
「理由は」
「神々が創造主でない可能性が高く、なおかつ、保守管理という言葉が出たからです。保守管理される世界なら、その上に、少なくとも設計や運用の層がある。世界番号、法則汚染率、是正処理という語彙は、自然に湧いた世界というより、何かに形作られ、管理されている世界を示唆します」
「つまり」リア殿下が引き継いだ。「神々の上に、この世界を作った、あるいは形作った、もっと上位の何かがいるかもしれない」
「はい。それが、上位世界仮説です」
マティアス司祭の顔が、苦しそうに歪んだ。「では……私たちの祈りも、神殿も、神話も、上位の誰かに作られたものだと?」
「そこは、違います」俺はすぐに言った。
司祭が顔を上げる。「違うのですか」
「世界が上位の何かに形作られた可能性と、この世界で生きてきた人々の祈りが偽物であるかは、別の問題です。仮にこの世界が作られた世界だとしても、ここで生きた人の感情は本物です。祈りも本物です。葵さんが聖女として人を救ったことも、マティアス司祭が彼女を敬ってきたことも、本物です」
司祭はしばらく何も言わなかった。やがて、小さく息を吐いた。「……それは、ありがたい言葉です」
「慰めではありません。世界の成り立ちと、そこで生きた経験は、別の層の話です」
リア殿下が頷いた。「世界の始まりが変わっても、記録された生は、消えません」
「はい」
俺は紙に、新しい一文を書き足した。
上位世界仮説は、この世界の生命・歴史・祈り・感情が偽物であることを意味しない。
ガルドさんがそれを見て、少しだけ笑った。「それなら分かる。俺たちは作り物じゃない。仮に世界の上に誰かがいても、俺が腹を減らすのは本物だ」
「非常に重要です」
「そこまで重要か?」
「かなり」
ミラさんが、少しだけ微笑んだ。重かった空気が、わずかに軽くなる。だが、問題は何も解決していない。
次に、俺は「是正処理」について整理した。
「これも、仮説として扱います」
「八十九日で世界が終わる、という情報ですね」とリア殿下。
「はい。ただし、端末の言葉をそのまま受け取るかは、慎重に考えるべきです。是正処理が、本当に全世界の消滅を意味するのかは、分かりません」
部屋の空気が、少し変わった。ミラさんが前のめりになる。「つまり、全員が消えるとは限らない?」
「分かりません。可能性は、いくつかあります」俺は紙に列挙した。
是正処理の解釈候補。一、AR-13全体の完全消去。二、AR-13の世界間接続機能の永久封鎖。三、古代アストラ由来の違法接続領域のみの切除。四、北の塔および関連する境界の傷の封鎖・消去。五、世界法則の汚染部分の初期化。六、端末の古い情報に基づく誤判定。七、管理局側の脅迫的警告、または自動処理の通告。
「……かなり違いますね」とミラさん。
「はい。一番目なら最悪です。四番目なら、北の塔周辺だけの問題かもしれない。五番目なら、世界そのものは残るが、魔法体系や歴史に甚大な影響が出る可能性があります」
レグナ卿が顔をしかめる。「世界法則の初期化など起これば、魔法文明は崩壊しかねません。魔法が使えなくなる可能性もある」
「あります」
ドルガンが唸る。「魔道具も全部、ただのガラクタになるな」
「可能性としては」
「笑えん」
ガルドさんが腕を組む。「つまり、どっちにしろ放っておけねえってことだ」
「そうです。是正処理が何を意味するにせよ、八十九日後に、何らかの大規模な処理が走る可能性がある。それだけは、重く見るべきです」
ロイさんが淡々と記録する。「是正処理は、現段階で全世界消滅とは断定せず。ただし、大規模危機として扱う」
「それが妥当です」
リア殿下が言った。「では、八十九日という期限も、検証対象ですね」
「はい。端末の提示した期限が正しいか、今も有効か、延期できるか、止められるか。それを調べるには、転移管理局かアーカーシャに問い合わせる必要があります。そのためには、WORLD GATEか、世界間通信が要る。だが、それを安全に作るには、不足項目を埋めなければならない。そして、不足項目を埋めるには、上位の情報が要る」
リア殿下は少し黙った後、静かに言った。「閉じていますね」
「はい」
見事な循環だった。是正処理を止めるには、上位へ問い合わせる必要がある。上位へ問い合わせるには、門が要る。門を安全に作るには、不足項目を埋めねばならない。不足項目を埋めるには、上位の情報が要る。閉じている。
だが、完全に閉じているわけではない。水瀬葵の青紐がある。北の塔がある。俺のペンダントがある。リア殿下の古代文字読解がある。まだ、手がかりはある。
「まず、三つの不足項目のうち、今すぐ着手できるものから始めます」
ミラさんがすぐに聞く。「どれですか」
「観測者保護契約です」
リア殿下が、少しだけ目を見開いた。「私のことですね。到達先世界署名や帰還権限より、先に?」
「はい。理由は二つあります。一つ目。これは俺たち自身で作れます。外部情報が少なくても、契約理論から草案を組める。二つ目は——俺が、あなたを危険に巻き込んでいるからです」
リア殿下はすぐに首を横に振ろうとした。だが、俺は続けた。「もちろん、リア殿下は自分の意思で関わっています。それは分かっています。ですが、WORLD GATE理論において、観測者は通過者の安全装置になっている。このまま進めると、俺はあなたを、機能として扱う危険がある」
「私は、機能ではありません」
「はい。だから、契約に書く必要があります」
セシルさんの表情が、わずかに変わった。それは、賛成に近い反応だった。
ミラさんも真剣な顔になる。「具体的には、何を守る契約ですか」
「観測者の自由意思、撤退権、記録拒否権、身体と魂の保護、通過者との非同一化、そして、危険時の切断権です」
「切断権」リア殿下が繰り返す。
「はい。もし俺の存在輪郭が崩れ、リア殿下を引きずり込む危険がある場合、リア殿下は俺との観測接続を切断できる」
その瞬間、部屋が静まり返った。ガルドさんが低く言った。「それはつまり、お前を見捨てる権利か」
「はい」
リア殿下が強く言った。「私は——」
「必要です」俺は彼女を見た。「これは、絶対に必要です」
「でも」
「リア殿下」俺はゆっくりと言った。「俺の門は、誰かを閉じ込めるために開かれない。それは、通過者だけではありません。観測者もです。もし観測者が、通過者を守るために逃げられないなら、それは王都の召喚陣と、同じです」
リア殿下は、言葉を失った。
セシルさんが、静かに息を吐いた。「ユーマさん。その条項には、私も賛成します」
リア殿下がセシルさんを見る。「セシル」
「リア様。あなたは観測者として必要かもしれません。ですが、だからといって、あなたが犠牲になる契約は、認められません。私は従者としてではなく、あなたを知る者として言います。撤退権と切断権は、必要です」
ミラさんも頷いた。「ギルド職員としても同意します。どんな契約でも、片方だけが逃げられない構造は、危険です」
マティアス司祭が、青紐を見ながら言った。「水瀬葵は、返答する場所を持たなかった。なら、リア殿下には、拒否する場所を用意すべきです」
その言葉で、リア殿下は静かに目を伏せた。しばらくして、彼女は言った。「分かりました」
俺は、少しだけ安堵した。「ありがとうございます」
「ただし」
「はい」
リア殿下は俺を見た。「私が切断権を持つなら、ユーマさんにも条件を課します。あなたは、自分を切り捨てることを前提に、設計してはいけません」
言葉が、刺さった。
「観測者を守るために、通過者であるあなたが必ず犠牲になる構造も、同じように危険です。門は、誰か一人を犠牲にして完成させるものではありません」
俺は深く息を吐いた。「……その通りです」
ガルドさんが少し笑う。「言われてるぞ。お前、放っておくと自分のことは実験材料にしそうだからな」
「否定しきれません」
「否定しろ」
「努力します」
「そこは断言しろ」
リア殿下が、微かに笑った。重い会議の中で、その笑みは、少しだけ救いだった。
俺は新しい紙に、表題を書いた。観測者保護契約 草案一。条項を書き始める。
第一条。本契約における観測者は、通過者を固定するための部品ではなく、独立した意思と名前を持つ個人である。
第二条。観測者は、いかなる場合も、本人の自由意思に反して観測行為を強制されない。
第三条。観測者は、危険を認めた場合、観測行為を中止し、通過者との接続を切断する権利を持つ。
第四条。通過者は、観測者に対し、自己の帰還・固定・救済を理由として、犠牲を要求してはならない。
第五条。観測者は、通過者の名前、現在位置、帰還条件を記録するが、通過者と同一化してはならない。
第六条。通過者の存在輪郭崩壊、魂情報分解、名前遅延、過去の呼び声の干渉が観測者へ波及する場合、契約は観測者の保護を優先する。
第七条。観測者自身にも、名前固定記録を設ける。対象名、リア・エルヴァルディア。本人確認名、リア。役割名、第三王女、読解者、観測者。ただし、役割名は本人名に優先しない。
第八条。観測者の観測者を設ける。第一候補、セシル。第二候補、ミラ。第三候補、ロイ・アルヴァン。
ここまで書いたところで、リア殿下が小さく呟いた。「観測者の観測者」
「はい」
「私がユーマさんを見るなら、私を見る人も、必要」
「そうです」
「名前の鎖ではなく、支えの網」
「良い表現です」俺はすぐに書き足した。観測者保護契約は、鎖ではなく網であるべき。一人の観測者に、全負荷を集中させない。
セシルさんが、少しだけ目を伏せた。「私が、リア様を観測するのですね」
「はい。負担をかけます」
「いえ。それは元々、私の役目です」
「従者として?」
「いいえ」セシルさんはリア殿下を見た。「リア様がリア様であることを、昔から見てきた者として」
リア殿下の表情が、わずかに揺れた。「セシル」
「はい」
「ありがとう」
「仕事です」
「今のは、仕事ではありません」
「……では、少しだけ、私情です」
ミラさんが微笑んだ。その瞬間、契約草案の紙に、微弱な魔力が走った。
レグナ卿が杖を向ける。「反応あり。だが、拘束ではありません。相互参照に近い。名前同士が、弱く線を結んでいる」
ドルガンが観測具を覗き込む。「一本の太い鎖じゃない。細い線が、いくつもある。網という表現は、正しいかもしれん」
リア殿下が紙を見つめる。「これなら、私一人がユーマさんを支える構造では、ありません。そして、私が危険なら、セシルやミラが私を呼び戻せる。観測者も、帰れる」
「それが、必要です」
青紐の箱が、かすかに光った。今度は、文字が浮かんだ。
――不足項目二。草案段階、到達。正式契約には、観測者本人の帰還名が必要。
「観測者本人の帰還名」俺は呟いた。
リア殿下が少し考える。「私の帰還名。俺でいう、神崎悠真、ユーマ・カンザキのようなもの。……リア・エルヴァルディアだけでは、足りない?」
「足りない可能性があります。リア・エルヴァルディアは、王女としての名でもある。公的な名です。帰還名には、本人が自分として帰りたい場所と結びつく名が、必要なのかもしれません」
セシルさんが静かに言った。「リア様が幼い頃、地下書庫で迷子になった時、私はいつも『リア』と呼んでいました」
リア殿下が、少し驚いたようにセシルさんを見る。「覚えていたのですか」
「当然です」
「私は、よく迷子になりましたね。本に夢中で」
「今も、あまり変わっていません」
ガルドさんが小さく笑う。リア殿下は少し恥ずかしそうにした後、静かに言った。「では、私の帰還名は、リア」
「よろしいのですか」俺が尋ねると、彼女は頷いた。「はい。第三王女でも、観測者でも、読解者でもなく、私が私として戻るための名なら」
セシルさんが言った。「リア」
その声は、従者の呼び方ではなかった。幼い頃から彼女を見てきた人の、声だった。
リア殿下の周囲に、淡い光が生まれた。強くはない。だが、確かに安定している。青紐の箱に、文字が浮かぶ。
――観測者帰還名、仮登録。
俺は息を吐いた。一つ、進んだ。まだ草案段階だ。正式契約ではない。だが、確かに一つ、進んだ。
是正猶予まで八十九日。やるべきことは多い。だが、ただ絶望している時間はない。俺たちは、門を作る前に、まず人を守る契約を作り始めた。それは遠回りに見えるかもしれない。だが、水瀬葵の失敗報告書を読んだ今なら分かる。これが、最短経路だ。人を守らない門は、必ず傷になる。
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研究記録 No.033
対象:上位世界仮説、および観測者保護契約草案
観測事実から、以下の仮説を整理。
一、外世界端末は、魔力非依存の存在体であり、アルトレイア外部の技術体系に属する可能性。
二、この世界は、世界番号AR-13として外部管理体系に登録されている可能性。
三、転移管理局は、世界間移動・違法転移・失踪者記録を管理する組織またはシステムの可能性。
四、古代文明アストラは、世界間接続の規約に違反した可能性。
五、世界法則汚染率および是正処理は、外部管理体系側の判定であり、現時点では絶対の真実ではなく、検証対象。
六、神々が管理者であるなら、その上位に、この世界を形作った設計層が存在する可能性がある(上位世界仮説)。ただし確定ではなく、神々の上に何があるかは、まだ観測が届いていない。
重要補足:上位世界仮説は、この世界の生命・歴史・祈り・感情が偽物であることを意味しない。
次に、観測者保護契約草案を作成。基本理念。観測者は通過者の部品ではない。観測者も帰還条件を持つ。観測者は拒否権・撤退権・切断権を持つ。通過者は、自己の救済を理由に観測者へ犠牲を要求してはならない。観測者の観測者を設け、負荷を一人へ集中させない。リア・エルヴァルディアの帰還名として「リア」を仮登録。
青紐反応。不足項目二、草案段階到達。正式契約には観測者本人の帰還名が必要。帰還名「リア」仮登録。
結論:WORLD GATE開発において、観測者保護契約は必須。門は通過者だけでなく、観測者も閉じ込めてはならない。
追記:人を守らない門は、必ず傷になる。
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その夜、監視小屋は、昨日より少しだけ静かだった。北の塔は相変わらず森の向こうで沈黙している。青月は欠け続けている。是正猶予まで八十九日という数字は、俺の頭の中で、ずっと冷たく光っている。
だが、今日は一つだけ違った。リア殿下の帰還名が決まった。リア。短い名。王女としての名ではない。観測者としての名でもない。彼女が彼女として戻るための名。
俺は自分の記録に、もう一度書いた。神崎悠真。ユーマ・カンザキ。リア。名前が並ぶ。それだけで、少しだけ、世界がほどけにくくなる気がした。
もちろん、まだ足りない。到達先の世界署名。帰還権限。是正処理。転移管理局。アーカーシャ。分からないことだらけだ。だが、今日は一つ、重要なことを決めた。俺の門は、俺だけを救うためのものではない。俺の好奇心のために、誰かを部品にしてはいけない。
水瀬葵は、一人では通れなかった。俺は、一人では通らない。そして、一緒に立つ人を、犠牲にもしない。
俺は研究記録の最後に、一文を書いた。
――観測者も、帰らなければならない。
青月の光が、その文字を静かに照らしていた。




