第26話 北の塔調査契約
翌朝、王都から返書が届いた。封書は三つ。一つは王国魔導院。一つは王都監察局。一つは聖教国経由の正式照会。それらを持ってきたロイさんの顔は、いつも通り無表情だった。ただし、ペンを持つ指がいつもより少しだけ強く紙を押さえていた。つまり、面倒な内容なのだろう。
ギルド二階の会議室には、いつもの面々が揃っていた。リア殿下。セシルさん。レグナ卿。ロイさん。ミラさん。ガルドさん。マティアス司祭。ドルガン。そして俺。
机の中央には、昨日の青紐の記録が置かれている。水瀬葵。その名前が、もう見慣れない文字ではなくなっていることに気づいた。数日前まで、彼女はアオイ・ミナセという音だけの存在だった。聖女アオイ。第三勇者。帰れなかった人。だが今は違う。水瀬葵。彼女は名前を取り戻した。その名前が、俺たちを次の場所へ向かわせようとしている。
ロイさんが封書を開いた。
「まず、王国魔導院からです」
レグナ卿の表情が少し険しくなる。ロイさんは淡々と読み上げた。
「古代アストラ北部塔群に関する追加調査を、限定的に許可。ただし、調査目的は古代遺跡の現状確認、および勇者召喚陣との関連資料探索に限る」
「限定的」
俺は繰り返した。
「はい」
「世界境界の観測は?」
「明記されていません」
「つまり、許可されていない?」
「明記されていないだけです」
ロイさんは表情を変えずに言った。
「そこは解釈の余地があります」
レグナ卿が小さく咳払いした。
「監察官が解釈の余地と言うのは珍しいですな」
「現場で必要な範囲の判断は認められています」
「なるほど」
つまり、北の塔へ行く許可は出た。ただし、門を開くな、境界に触るな、と明言はされていない。だが、好きにしていいとも書かれていない。いつものことだが、政治的な文章は魔法陣より読みづらい。
ロイさんは次の封書を開いた。
「王都監察局からです」
紙を一枚めくる。
「ユーマ・カンザキを引き続き監察対象とする。北部塔群調査への同行は、監察官ロイ・アルヴァンの直接監視下に限り認める。無許可の転移、召喚、古代術式起動、世界境界接触、ならびに大規模魔力実験を禁ずる」
ミラさんとセシルさんが同時に頷いた。
「妥当です」
「非常に妥当です」
「俺はそんなに信用がありませんか」
俺が尋ねると、ガルドさんが笑った。
「あると思ってたのか?」
「少しは」
「少しだな」
否定されなかっただけ良しとする。ロイさんは続けた。
「また、リア・エルヴァルディア殿下の同行については、王家内で意見が分かれているとのことです」
会議室の空気が変わった。セシルさんがわずかに身を固くする。リア殿下は表情を変えなかった。
「意見が分かれている、とは」
レグナ卿が尋ねる。
「第三王女殿下を危険な遺跡へ同行させるべきではない、という意見。一方で、古代アストラ文字読解者として同行が不可欠である、という意見です」
「王家としては?」
「正式決定は保留。ただし、現場責任者であるレグナ卿、および監察官である私の判断に委ねる、とあります」
レグナ卿が目を閉じた。
「責任をこちらに投げましたな」
「はい」
「実に王都らしい」
リア殿下は静かに口を開いた。
「私は同行します」
セシルさんがすぐに言った。
「リア様」
「必要です」
「危険です」
「はい」
「分かっているのですね」
「分かっています」
リア殿下は、机の上の青紐記録を見る。
「北の塔には、水瀬葵さんの記録があります。古代アストラ文字がある可能性も高い。そして、ユーマさんの存在輪郭が揺らぐ可能性があります」
「だからこそ危険なのです」
「だからこそ、私が必要です」
会議室が静かになった。リア殿下の声は強くない。だが、動かない。彼女は王女としてではなく、読解者として、観測者としてそこに座っていた。
「私は、ユーマさんを通すために行くのではありません」
リア殿下は続けた。
「通してはいけない時に、止めるためにも行きます」
その言葉に、俺は少し驚いた。止めるため。そうか。リア殿下は、俺の探究をただ進める人ではない。俺が越えてはいけない境界へ踏み出そうとした時、名前を呼び、記録し、そして止める人でもある。観測者とは、そういう役割なのかもしれない。境界に立つ者。通過を見届ける者。同時に、危険な通過を止める者。
俺はリア殿下に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「まだ感謝される段階ではありません」
「でも、必要なことを言ってくれました」
「はい」
セシルさんは、しばらくリア殿下を見ていた。そして、小さく息を吐いた。
「分かりました。同行されるなら、条件があります」
「はい」
「私も同行します」
「もちろんです」
「リア様は単独行動禁止」
「はい」
「古代文字の音読禁止」
「はい」
「遺跡内で壁に近づきすぎない」
「努力します」
「守ってください」
「守ります」
「ユーマさんと二人だけで行動しない」
「……はい」
少し間があった。俺も頷いた。
「守ります」
セシルさんは俺を見る。
「本当にお願いします」
「はい」
信頼が少しずつ増えているとは思う。ただ、遺跡と古代文字と世界境界が絡むと、俺とリア殿下はたぶん止まらない。そこは自覚している。だから止め役が必要だ。
ミラさんが静かに手を上げた。
「私も同行します」
「ミラさんも?」
俺が聞くと、彼女は当然のように頷いた。
「ギルド管理対象者であるユーマさんが北部塔群へ向かう以上、ギルド側の立会人が必要です」
「なるほど」
「それに、誰かが食事と休憩時間を管理しないといけません」
「重要ですね」
「かなり重要です」
ガルドさんが笑う。
「じゃあ俺も行く。護衛が必要だろ」
「ガルドさんは最初から行くと思っていました」
「俺もそう思ってた」
ドルガンが鼻を鳴らした。
「儂も行くぞ」
ミラさんが即座に言った。
「ドルガンさんまで?」
「北の塔が古代アストラの施設なら、魔道具回路が残っとる可能性がある。素人だけで触らせるわけにはいかん」
「誰が素人ですか」
俺が尋ねると、ドルガンは俺を見た。
「お前じゃ」
「俺ですか」
「理論は変に鋭いが、道具の扱いは雑じゃ。勝手に分解する前に儂が止める」
「勝手には分解しません」
「信用ならん」
否定しきれない過去がある。レグナ卿も重く頷いた。
「私も同行します。魔導院責任者として、そして古代術式の危険判断役として」
ロイさんは言うまでもなく同行する。マティアス司祭は、少し迷った後に口を開いた。
「私も同行を希望します」
「司祭まで?」
ガルドさんが眉を上げる。マティアス司祭は、机の上の青紐記録を見た。
「水瀬葵は、聖教国にとって聖女です。ですが、彼女自身は聖女だけで終わらせないでほしいと残した。なら、その記録が向かう先を、私も見届ける責任があります」
その言葉は、昨日までの彼とは違っていた。彼は制度側の人間だ。聖教国の司祭だ。けれど今は、水瀬葵の言葉を聞いた一人の人間として、北の塔へ行こうとしている。
ロイさんが記録する。
「北部塔群調査団、現時点の同行予定者。ユーマ・カンザキ、リア・エルヴァルディア殿下、セシル、ミラ、ガルド、ドルガン、レグナ卿、ロイ・アルヴァン、マティアス司祭」
「かなり多いですね」
俺が言うと、ミラさんが答えた。
「あなたとリア殿下を安全に遺跡へ連れていくには、これくらい必要です」
「そこまでですか」
「そこまでです」
全員が否定しなかった。少し悲しい。だが、合理的ではある。
その後、ロイさんは三つ目の封書を開いた。聖教国からの照会だった。マティアス司祭の顔がわずかに硬くなる。
「内容は?」
「聖女アオイの遺品、青紐について、中央聖堂への移送を求める。ただし、現地調査に必要な場合は、司祭マティアスの責任において一時保管を認める」
マティアス司祭は小さく息を吐いた。
「想定内です」
「中央に送るのですか」
俺が尋ねると、彼は首を横に振った。
「今は送りません。北の塔調査に必要です」
「聖教国から問題にされませんか」
「されるでしょう」
「大丈夫ですか」
「大丈夫ではありません」
また、最近よく聞く答えだった。
「ですが、青紐は聖遺物である前に、水瀬葵本人の個人記録です。本人の記録が向かうべき場所へ、一度は連れていくべきだと思います」
連れていく。物に対する言い方ではない。けれど、誰も訂正しなかった。青紐はただの布ではない。水瀬葵が名前と言葉を残したものだ。北の塔へ向かうなら、彼女の記録も一緒にあるべきだ。
「では、青紐の扱いも契約に含めましょう」
俺が言うと、リア殿下がすぐに頷いた。
「必要です」
「契約?」
ガルドさんが言う。
「また始まったか」
「今回は非常に実務的です」
俺は紙を取り出した。
「北の塔調査では、何をするか、何をしないかを明確にしておく必要があります」
ミラさんが頷く。
「それは賛成です」
「特に、今回は世界境界、古代アストラ、青月、水瀬葵の記録が関わります。曖昧にすると危険です」
「では、調査契約ですね」
リア殿下が言った。
「はい。北の塔調査契約」
俺は表題を書いた。北の塔調査契約。目的。調査範囲。参加者。禁止事項。中止条件。帰還条件。記録保管先。青紐の扱い。観測者の権限。
書くべき項目は多い。だが、多い方がいい。曖昧な契約は歪む。リア殿下が言った通りだ。今回はペンではない。北の塔だ。境界の傷があるかもしれない場所だ。曖昧なまま行けば、誰かが帰れなくなる。それだけは避けなければならない。
「まず目的」
俺は言った。
「水瀬葵の青の道標および青紐記録に基づき、北部塔群に残る古代アストラ境界痕跡を調査する」
「世界門起動ではない」
ミラさんがすぐに言った。
「はい。目的は調査であり、起動ではありません」
「明記してください」
「書きます」
俺は書いた。本調査は、世界門、召喚陣、境界門の起動を目的としない。
次に禁止事項。無許可の古代術式起動。魔力接触。音読。単独行動。青月下での境界接近。ペンダントを外すこと。青紐の無断展開。壁面刻印の無断転写。転移魔法の試行。
「壁面刻印の無断転写も禁止ですか」
俺が少し残念そうに言うと、ミラさんが即答した。
「禁止です」
「見るだけなら?」
「見るだけなら、立会人つきです」
「記録は?」
「許可後です」
「分かりました」
かなり厳しい。だが、北の塔に何があるか分からない以上、妥当ではある。
中止条件も書いた。
一、参加者の生命に危険が生じた場合。
二、ユーマ・カンザキの存在輪郭に揺らぎが発生した場合。
三、リア殿下、またはレグナ卿が古代術式起動の危険を認めた場合。
四、ミラさん、セシルさん、ガルドさんのいずれかが撤退を宣言した場合。
五、青紐に自律的な強い魔力反応が発生した場合。
六、青月による境界揺らぎが予想を超えた場合。
ミラさんが三番目と四番目を見て頷いた。
「止め役が複数いるのは良いです」
ガルドさんが言う。
「俺も止める側か」
「はい」
「殴ってでも止めていいか?」
「できれば殴らないでください」
「場合によるな」
場合によるらしい。
その後、参加者名を書いた。ここで、俺は少し手を止めた。昨日の水瀬葵の言葉が頭に残っている。名前を呼ばれたのではない。役割を呼ばれた。北の塔調査契約に、役割だけを書くべきではない。名前を書くべきだ。本人の名前を。
「参加者は、役職名ではなく名前を主に書きます」
俺が言うと、リア殿下が静かに頷いた。
「必要です」
俺は書いた。
ユーマ・カンザキ。神崎悠真。異世界転生者。調査解析担当。
リア・エルヴァルディア。古代文字読解者。観測者。
セシル。リア・エルヴァルディア護衛兼行動管理。
ミラ。ルーベル冒険者ギルド職員。調査記録補佐兼安全管理。
ガルド。冒険者。護衛。
ドルガン。魔道具職人。魔道具・古代回路確認。
レグナ・フォルマー。王国魔導院魔導士。古代術式危険判断。
ロイ・アルヴァン。王都行政監察官。監察記録。
マティアス・ローヴェン。聖教国司祭。水瀬葵記録管理。
書き終えた時、紙の上に微弱な魔力が走った。ペン貸与契約の時よりは弱い。だが、確かに反応した。レグナ卿が目を細める。
「契約反応あり」
ドルガンが仮設観測具を覗き込む。
「名前が多い分、線が複雑じゃな」
「危険ですか」
「今のところは違う。縛るというより、全員の位置を紙の上に置いた感じじゃ」
「参照点の集合」
俺は呟いた。参加者全員の名前が、調査契約上に並ぶ。これは単なる名簿ではない。目的、権限、中止条件、帰還条件を持つ、調査団の参照点。北の塔へ向かう者たちの、最初の固定記録。
リア殿下が静かに言った。
「旅の名前ですね」
「旅の名前?」
「はい。誰が、何のために、どこへ向かうのか。それを記録することで、旅そのものに輪郭ができます」
旅そのものに輪郭。良い表現だ。俺はすぐにメモした。
「それも古代アストラの表現ですか」
「いえ、今思いました」
「とても良いと思います」
「ありがとうございます」
セシルさんが二人を見て、小さくため息をついた。
「こういう時は本当に息が合いますね」
ミラさんも頷いた。
「良いことなのか、心配なことなのか、判断に迷います」
両方だと思う。
契約文の最後に、帰還条件を書いた。
本調査に参加する者は、調査終了後、原則として全員ルーベルへ帰還する。境界接触、転移、召喚、世界門起動、その他帰還不能の恐れがある行為を行わない。やむを得ず撤退する場合、参加者名を確認し、全員の所在を記録する。
観測者リア・エルヴァルディアは、ユーマ・カンザキの存在輪郭に異常を認めた場合、調査中止を宣言できる。ユーマ・カンザキは、その宣言に従う。
俺は最後の一文を書いた後、リア殿下を見た。
「この権限で問題ありませんか」
「はい」
「俺を止める権限です」
「必要です」
「分かりました」
俺は署名した。ユーマ・カンザキ。その下に、日本語で神崎悠真。リア殿下も署名する。続いて、全員が署名した。ガルドさんは少し雑な字。ミラさんはきれいで実務的な字。ドルガンは力強い字。レグナ卿は古い書式。ロイさんは無駄のない字。マティアス司祭は聖教国式の優雅な署名。セシルさんは小さく整った字。
全員の名前が並ぶ。その紙を見て、俺は少し不思議な気持ちになった。
最初、俺は一人だった。王城から逃げ、森に落ち、角兎に殺されかけた。魔法もまともに使えない。文字も読めない。研究記録は安い紙束。鞄も普通。頼れるものは、ペンダントと好奇心だけだった。それが今、北の塔へ向かう契約書には、これだけの名前が並んでいる。俺一人ではない。
水瀬葵には、名前を呼ぶ人がいなかった。記録する人がいなかった。だから、彼女は次の誰かへ残した。俺には、名前を呼ぶ人たちがいる。記録する人たちがいる。なら、その責任を忘れてはいけない。
「ユーマさん」
リア殿下が言った。
「はい」
「北の塔では、あなたを勇者とは呼びません」
「はい」
「危険人物とも呼びません」
「それはありがたいです」
「神崎悠真。ユーマ・カンザキ。必要なら、両方の名を呼びます」
胸の奥が、静かに揺れた。
「お願いします」
「はい」
ガルドさんが少し照れたように頭を掻いた。
「俺はユーマでいいか?」
「はい」
「神崎悠真は発音しづれえ」
「ユーマで大丈夫です」
ミラさんが微笑んだ。
「私は必要な時には、ユーマさんと呼びます」
「ありがとうございます」
マティアス司祭は静かに言った。
「水瀬葵の名前も、北の塔で呼びましょう」
「はい」
俺は頷いた。
「彼女が残した場所へ行くなら、聖女アオイではなく、水瀬葵として」
マティアス司祭は深く頷いた。
「そのように」
契約書は三部作られた。一部はルーベルギルドで封印保管。一部はロイさんが監察記録として保管。一部は俺とリア殿下の共同調査記録に綴じる。
青紐は、マティアス司祭が管理する。ただし、展開時には俺、リア殿下、レグナ卿、ロイさんの立会いを必要とする。完全に厳重管理だ。それでいい。水瀬葵の記録は、もう誰か一人のものではない。消されないために。歪められないために。そして、北の塔へ届くために。
出発準備は、思ったよりも現実的だった。
ガルドさんは、保存食、ロープ、火打ち石、予備の水袋、毛布、短剣、薬草を確認した。
「研究だろうが遺跡だろうが、腹が減れば動けねえ。足をくじけば進めねえ。寒けりゃ死ぬ」
「非常に正しいです」
「分かってるなら荷物を軽くしろ」
俺の鞄には、紙束、炭筆、インク、古式刻印写し、魔石片、観測板、契約書写し、青月観測記録、葵さんの翻訳写しが入っていた。ガルドさんは中身を見て、眉をひそめる。
「石が多い」
「魔石片は必要です」
「紙も多い」
「記録は必要です」
「飯より多い」
「それは問題ですか」
「問題だ」
結果、保存食を増やされ、魔石片を二つ減らされた。少し悲しい。だが、餓死しては研究できない。
ドルガンは、青月補正魔灯の試作品を二つ用意した。余剰魔力逃がし経路を強化し、外部魔力場の揺らぎを拾うと光が揺れる仕組みらしい。
「境界が近けりゃ、こいつが先に反応するかもしれん」
「ありがとうございます」
「壊すなよ」
「善処します」
「善処じゃなく守れ」
「守ります」
ミラさんはギルドの調査許可証を準備した。セシルさんはリア殿下の衣類や薬、護身具、替えの靴まで揃えている。ロイさんは記録用紙を束で用意した。レグナ卿は古代術式遮断用の符を持ってきた。マティアス司祭は青紐の箱を布で包み、胸に抱えた。
それぞれが、自分の役割で準備している。俺はその光景を見て、北の塔調査契約の意味を少し実感した。名前を書いただけではない。役割を書いただけでもない。それぞれの意思が、行動として準備になっている。契約は紙だけで完結しない。紙に書いたことを、現実の行動へ接続する必要がある。それも記録しておくべきだ。
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研究記録 No.024
対象:北の塔調査契約および調査団編成
観察結果:
王都より北部塔群調査の限定許可が下りた。目的は古代アストラ北部塔群の現状確認、および勇者召喚陣との関連資料探索。世界門、召喚陣、境界門の起動は目的に含めない。
調査団参加者:
ユーマ・カンザキ/神崎悠真。
リア・エルヴァルディア。
セシル。
ミラ。
ガルド。
ドルガン。
レグナ・フォルマー。
ロイ・アルヴァン。
マティアス・ローヴェン。
青紐は、マティアス司祭管理のもと同行。ただし、聖遺物としてではなく、水瀬葵本人の個人記録として扱う。
北の塔調査契約の主要項目:
一、調査目的の明確化。
二、世界門起動を目的としないこと。
三、古代術式音読、魔力接触、単独行動を禁ずること。
四、参加者全員の名前と役割を記録すること。
五、危険時中止条件。
六、帰還条件。
七、観測者リア殿下の調査中止宣言権。
八、ユーマ・カンザキはその宣言に従うこと。
仮説:
旅にも輪郭がある。誰が、何のために、どこへ向かい、どの条件で戻るのかを記録することで、旅そのものが世界内に参照点を持つ。北の塔調査契約は、世界門契約の前段階として重要。
結論:
危険な場所へ向かうなら、目的だけでなく、戻る条件を先に書くべきである。
追記:
水瀬葵には、名前を呼ぶ人がいなかった。
私には、名前を呼ぶ人たちがいる。
それを忘れてはいけない。
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その夜、俺は安宿の机で荷物を確認していた。
紙束。炭筆。インク。観測板。魔石片。契約書写し。青月観測記録。水瀬葵の青紐記録写し。WORLD GATE完成設計書 初版。どれも必要だ。ただし、ガルドさんに減らされた魔石片だけは少し惜しい。
俺は鞄の底に契約書写しを入れた。北の塔調査契約。そこには、全員の名前がある。俺一人の研究ではない。もう、そうなっている。
最初は、世界の外側を見たいだけだった。今も、それは変わらない。だが、俺が向かう道には、水瀬葵の名前がある。第七勇者の痕跡がある。リア殿下の観測がある。ガルドさんの護衛がある。ミラさんの管理がある。セシルさんの制止がある。レグナ卿の知識がある。ロイさんの記録がある。マティアス司祭の祈りがある。ドルガンの道具がある。
名前が増えるほど、旅の輪郭ははっきりする。
俺はペンダントに触れた。青い石は静かだった。窓の外には、欠けていく青月。水瀬葵さんが見た月。境界を薄くする月。北の塔へ俺たちを導く月。
明日、俺たちはルーベルを出る。目指すのは、古代アストラ北部塔群。水瀬葵が見つけた、境界の傷。完全な門ではない。だが、門になり得るもの。
俺は研究記録の最後に、一文を書いた。
――北へ向かう。だが、帰る条件はもう書いた。
炭筆を置き、しばらく青月を見上げた。その光は静かだった。だが、今夜の静けさは、出発前の静けさだった。




