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どうやら帝国最強の魔導卿が職場認定されてしまったようです


「ふふふ。……やっぱりゼノス様って、寂しがり屋さんですねぇ」


 ミラは、自分を壊れ物みたいに抱きしめるゼノスの腕の中でくすくす笑った。


「ああ……否定はしないよ、ミラ」


 ゼノスは喉の奥で小さく笑い、彼女の細い腰を優しく、けれど決して逃がさない強さで引き寄せる。


「君がいなければ、僕はこの世界に生きている意味さえ感じない。

 この魔塔も、僕の地位も、命さえも。

 君という光がなければ、全部ただの灰と同じだ」


「……あはは。重い。

 星の数くらい可視化したくないレベルで重いです」


 ミラは笑いながら、ゼノスの頬を人差し指でぷにっと押した。


 出会った当初は、ただの変人で怖い人だと思っていた。

 けれど、あの日路地裏で死にかけていた彼を助けて、今日また、あの我が儘な姫の正体を知って。


 今はもう、怖いだけの存在じゃない。

 むしろ、少しずつ身近なものに変わっていた。


「ゼノス様」


 ミラは顔を上げ、深い紫色の瞳をまっすぐ見つめた。


「私、今、楽しいんです。

 魔塔も、けっこういいなって思えてきてます」


「…………ミラ」


「ハクたちもいるし、可愛いし。

 ミラうさぎさんも作ったから、ちょっと飼い主気分ですし」


 楽しそうに指を折る。


「美味しいご飯もあって……職人としては、これ以上ないくらい贅沢な環境かも」


 ゼノスは一瞬、息を呑んだ。


 彼女をこの塔に閉じ込め、外の世界から遠ざけていることに、彼はずっと微かな罪悪感を抱いていた。

 いつか憎まれるのではないか。

 いつか、捨てられるのではないかと。


 けれど今、ミラはその場所を「自分の居場所」として受け入れようとしている。


「……君は本当に……僕を救うためだけに現れた女神なのかな」


「女神じゃないです。職人です」


 ミラは即答した。


「さあ、そうと決まれば、明日からもっと忙しくなりますよ?

 ミラうさぎと一緒に、もっと魔塔改革しなきゃです」


 ゼノスは目を細めた。


「……いいよ、ミラ。

 君の好きなように、この世界を塗り替えてごらん。

 僕は、そのすべてを一番近くで見守る、君だけの特等席であり続けるから」


 信じられない宝物を手に入れた子どもみたいな目だった。


 彼の周囲に満ちていた悲痛な執着の魔力は、今は春の日差しみたいに穏やかで、温かい。


 その「純粋な喜び」を誰より敏感に察したのは、ミラうさぎだった。


「ぴょこんっ!」


 遊び回っていたうさぎが、突然勢いよく跳ねる。


 ミラの肩を足場にして、そのままゼノスの髪へとダイブした。


「わっ、ミラうさぎ!? どうしたの?」


 ミラが目を丸くする中、ミラうさぎはゼノスの頭のてっぺんまでとてとて登り、ちょこん、と行儀よく座り込んだ。


 長い耳をぴんと立て、額にかかる髪を整えるような仕草をする。


 まるで、おもちゃの王冠を載せられたみたいだった。


「…………ミラうさぎ?

 君、僕の頭の上で何をしているんだい」


 ゼノスは、動けば落としてしまうと察したのか、首だけ妙に不自然に固定したまま視線を上へ向けた。


 するとミラうさぎは、ゼノスの頭を小さな手でぺしぺしと叩き、それから深々とお辞儀をした。


 言葉はない。


 けれど、その温かな魔力の波動は、たしかに伝わってきた。


 ――ゼノスさま、よかったね。


「……ふふ。……あはははっ!

 ゼノス様、似合ってますよ! まるで『うさぎ王女』の騎士様みたい!」


 ミラは堪えきれず吹き出した。


 ハクたちも、主のあまりに可愛らしい姿に満足げに尻尾を揺らしている。


「……参ったな」


 ゼノスは、頭の上のうさぎを落とさないよう、そっと目を細めた。


「君が傍にいてくれると言ってくれただけじゃなく、自分の魔力にまで祝福されるなんて。

 今日の僕は、歴史上一番の果報者かもしれない」


 最強の魔導卿としての威厳などどこへやら。

 銀糸のうさぎ王冠を載せた彼は、ただ愛しい少女に近づけたことを喜んでいるだけの男だった。


「さあ、ミラ。王冠まで授かったからには、僕は一生、君という国を守り抜くよ。

 ……まずはこの幸せな気分のまま、君をまた甘やかしてもいいかな?」


「え? 不穏なのはいりません。

 私は職場に感謝してるんです」


「……職場?」


 ゼノスがぴたりと止まる。


「ミラ……今までの会話は、僕への愛の言葉ではないのかい?」


「はい」


 あまりにも素直な返事だった。


「魔塔が職場として快適って話ですし、ミラうさぎの飼い主になれたし、ハクたちも可愛いし、最高だなって」


 その瞬間。


 ミラうさぎが、ゼノスの頭上からするりと滑り落ちた。


 ずるっ。

 ぽす。


「…………」


 さらに、ハクたちもぞろぞろとゼノスのもとへ集まってくる。


 肩に頭を乗せる者。

 足元に寄り添う者。

 慰めるみたいに、ぽす、ぽす、と体を押しつけていく。


 ミラが吹き出すと、ゼノスはしばらく無言のままだった。


「みんな、どうしたの?寂しくなったの?」


 魔塔の最上階。


 最強の魔導卿と、彼を笑顔で見つめる職人の少女。

 そして、その二人を囲む可愛い騒動のすべて。


 外へ出る道はまだなくても、そこにあるのはもう「監禁」ではなく――


 甘くて騒がしい、少し不思議な職場だった。

読んでいただきありがとうございます。

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