どうやら帝国最強の魔導卿に印を刻んでしまったようです
「……あ、よく考えたら。
ここでいくら新作を作っても、魔塔から出られないなら売れないじゃん。
……あーあ、私のワゴン販売生活が……」
ミラは作業台に広げられた最高級の魔導糸の束を見つめ、がっくりと肩を落とした。
売る相手がいない。
それは職人にとって、完成の喜びを分かち合う相手がいないということでもある。
「……でも」
ふっと顔を上げる。
「……よし! 売れないなら、この子たちを世界一可愛くしてあげよう!」
足元でじゃれ合うコハクとクウ、肩に乗るハクを見つめて、ミラの瞳がきらりと輝いた。
五体分の、毛並みに合わせた“最高に贅沢な飾り”の製作開始だ。
「ゼノス様! その辺に漂ってる魔力、少し借りてもいいですか?」
「ああ。僕の魔力は、この部屋の空気そのものだ。
好きなだけ、君の指先で編み上げてごらん」
ゼノスはソファに身を預け、深く息を吐きながらその様子を見守っていた。
――五体同時口づけの衝撃から、ようやく回復したところだ。
それでも、ミラが自分の分身たちを丁寧に飾ろうとしている光景は、まるで自分自身に触れられているかのような甘い疼きを伴っていた。
カチ、カチ……。
指先が流れるように糸を編む。
やがて完成したのは――
コハクには、橙糸と金鈴の首飾り。
クウには、藍色のチョーカー。
テンには、銀白の足飾り。
チョコには、花を散らした角飾り。
ハクには、真珠色のアンクレット。
「よし、できた! みんな、おいで!」
一匹ずつ呼び寄せ、丁寧に身につけていく。
それはただの装飾ではない。
ミラの誇りと、ゼノスの魔力が編み合わされた、五体のための小さな守護具だった。
「わぁ……! みんな、すっごく格好いいよ! 世界一のモデルさんだね」
褒められた五体は、得意げに胸を張りながら部屋中を駆け回り始める。
――その時。
「……ミラ。僕には、ないのかい?」
静かな声が落ちた。
振り返ると、ソファの上のゼノスがこちらを見ている。
ほんのわずかに、寂しげな気配を滲ませて。
「え? ゼノス様は本体なんだから、いいじゃないですか」
「良くないよ」
ゼノスはゆっくりと立ち上がる。
「僕の感情たちはあんなに飾られたのに、僕自身には君の印が何一つないなんて――不公平だろう?」
「いいえ、全く思いませんけど」
即答だった。
それでもゼノスは気にせず、背後からミラの手首を取る。
「この子たちとお揃いの……いや、もっと特別なものを。
君の指先で、直接僕に刻んでほしい」
そこで、少しだけ目を細める。
「……できれば、僕を繋ぎ止める鎖のようなものがいい」
「……鎖って言い方やめてください」
苦笑しながらも、ミラは小さく息を吐いた。
「……もぉー。ゼノス様、わがままですね。
昨日だって作ってあげたじゃないですか」
「……あれは黙らせるためだろう?」
すぐに返ってくる。
「今日は違う。
――“絆”が欲しい」
一歩も引かない声音だった。
「……はいはい。じゃあ動かないでくださいね」
ミラは観念したように糸を取る。
カチ、カチ……。
鎖なんて大げさなものを作る気はない。
ただ、彼の手首に似合うよう、少しだけ幅を広く、静かに編み上げていく。
「……はい、完成です」
ぱちん、と留める。
銀糸が触れた瞬間――ゼノスの魔力が吸い込まれ、白銀に輝いた。
「…………ああ」
彼はそっと手首に触れる。
「温かいな」
分身越しではない。
直接触れている、彼女の温度だった。
「これで満足ですか?
……みんなとお揃いですよ」
「満足なわけがないだろう?」
静かに微笑む。
「だが――一歩前進だ。
君が自分の意志で、僕に印を刻んだ」
そのまま顎を持ち上げる。
逃げ場のない距離。
「……ミラ。この糸が解ける時、それは僕の命が尽きる時だ」
「重い!!」
即ツッコミだった。
「ただの守護具です!
あと半分くらいは、ゼノス様のわがまま対策です!!」
その叫びすら、ゼノスには甘いものとして届くらしい。
周囲では、飾りを揺らしながら五体が跳ね回っている。
鈴が鳴り、毛並みがきらめき、部屋の空気まで浮き立っていた。
そして――
ゼノスは静かに、自分の手首の白銀の印を撫でた。
その眼差しは、宝物を慈しむようでいて、同時に獲物を逃がさぬ捕食者のものでもある。
「……もう、外してほしくないよ、ミラ」
「外すも何も、ゼノス様が勝手に一生もの扱いしてるだけですからね!?」
ミラの抗議に、ゼノスは満足そうに目を細める。
魔塔の最上階は、不穏なほどの幸福に満ちていた。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければブックマークや評価いただけると励みになります。




