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裏切り騎士と堕ちた王女の反逆戦記 ~世界を敵に回しても、この熱(リンク)だけは離さない~  作者: レオン・クラフト


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第1話:泥の中の再会、氷の王座

長編連載を想定した、愛と戦いの物語です。

最初は絶望的な状況から始まりますが、二人の絆が深まるにつれ、圧倒的な力で敵を撥ね退けていくカタルシスを描いていきます。

それでは、本編をどうぞ

私の値段は、驚くほど高値だった。


 国を失い、家族を失い、さらには王家の象徴たる「予言」の力まで失った女だ。

 競売オークションという残酷な舞台に立たされた私に、一体どんな価値が残っているというのだろう。


「十万ディナール! さらに更新、十五万だ!」


 舞台の下、欲望を煮詰めたような男たちの怒号が響く。

 私はただ、背筋を伸ばして立っていた。

 ボロボロになったドレスの裾を握り締め、震える指先を隠す。


(……見ないで。私を、そんな目で評価しないで)


 かつて、レトラ王国の「銀の瞳の聖女」と謳われた面影はもうない。

 私の瞳は、力を失った石ころのようにただの灰色に淀んでいた。

 隣で競売人を務める肥太った男が、品定めするように私の肩に手を置く。その脂ぎった感触に吐き気がした。


「さあ、亡国の王女、最後の一品です! 予言の力は失われても、その美貌は健在! お手元に置くにはこれ以上の贅沢品はございませんぞ!」


 贅沢品。

 私は人間ですらないらしい。

 価格が跳ね上がるたび、私の自由が遠のいていく。

 どこかの好色な貴族の地下室か、あるいは見世物小屋か。

 いっそ、舌を噛み切ってしまえたらどれほど楽だろう。


 その時だった。


 会場の重厚な扉が、音を立てて撥ね退けられた。

 熱狂に包まれていた会場が、一瞬で氷点下まで冷え込む。

 入り口から差し込む逆光の中に、一人の男が立っていた。


 カチリ、カチリと、軍靴の音が静まり返ったホールに響く。

 漆黒の外套を翻し、男は大股で歩いてくる。

 その姿を認めた瞬間、最前列で騒いでいた貴族たちが、蜘蛛の子を散らすように道を開けた。


「……ハスカール公爵」


 誰かが恐怖に引き攣った声で囁いた。

 レオ・ハスカール。

 新興帝国における「冷酷無比な氷の公爵」。

 そして――わが祖国レトラを裏切り、火の海に変えた、かつての「私の」近衛騎士。


(レオ……?)


 息が止まった。

 彼は舞台のすぐ下まで来ると、一度も私を見上げることなく、冷淡な声で言った。


「百万ディナール。……金塊で支払おう」


 会場が、死のような沈黙に包まれる。

 競売人が泡を食って叫んだ。


「ひ、百万!? しかし、公爵閣下、この女はすでに予言の力を……」

「耳を貸せと言った覚えはない。……落札か、それともここを更地にするか。選べ」


 レオが腰の剣に手をかける。

 その威圧感に耐えかね、競売人は悲鳴を上げながら木槌を打ち鳴らした。


「ら、落札! エララ・フォン・レトラ、落札です!」


       ◆


 舞台から引きずり下ろされ、私はレオが用意した馬車へと押し込まれた。

 豪華な内装。ふかふかのクッション。

 だが、隣に座る男から放たれる冷気は、冬の吹雪よりも鋭かった。


 馬車が動き出しても、彼は私を見ようとしない。

 ただ、窓の外を眺めている。

 その横顔は、数年前よりもずっと大人びて、そして、感情というものが一切抜け落ちていた。


「……お久しぶりですね、ハスカール公爵」


 私は精一杯の虚勢を張って、彼の名を呼んだ。

 レオはゆっくりと首を巡らせる。

 琥珀色の瞳。かつて、私が誰よりも信頼し、恋い焦がれていたはずの瞳が、今は私を突き放すように冷え切っている。


「公爵、か。……ずいぶんと他人のような呼び方をするのだな、エララ」

「国を売り、父を殺した方を、なんと呼べばいいのですか?」


 私の言葉に、彼の眉が微かに動く。

 左手が、ぴくりと跳ねるように震えたのを、私は見逃さなかった。

 彼はその震える手を隠すように、強く拳を握りしめる。


「好きに呼ぶがいい。……貴様は今、私の所有物になったのだからな」

「……殺すつもりですか? それとも、弄んでから捨てるおつもり?」


 自嘲気味に問う私に、レオは身を乗り出した。

 狭い車内。彼の影が私を覆う。

 かつての懐かしい香草の匂い。その奥に、血の匂いが混じっているような気がして、私は身を竦めた。


「殺しはしない。……だが、今日から貴様には『公爵夫人』という名の檻に入ってもらう」


 耳を疑った。

 公爵夫人。つまり、結婚しろと言うのか。この、裏切りの騎士と?


「……冗談でしょう? 私は亡国の王女。貴方の国にとって、私は生かしておく価値もないはずです」

「価値なら、私が決める」


 レオの手が、私の左手に触れた。

 指先に残った、唯一の形見――輝きを失った「琥珀の指輪」。

 その瞬間。

 死んでいたはずの指輪が、ドクン、と脈打ったような気がした。


「ひっ……!」


 私が手を引こうとすると、彼はそれを許さず、強く握りしめた。

 彼の掌は、信じられないほど熱い。

 その熱量に反して、レオの言葉はどこまでも氷のように冷酷だった。


「勘違いするな。これは慈悲ではない。……これから貴様には、一生をかけて私に尽くし、絶望の中で生きてもらう。……愛などという言葉は、二度と口にできないようにな」


 彼は私の手を乱暴に振り払うと、再び窓の外へ視線を戻した。


 握りしめられた手首に、鈍い熱が残っている。

 それが彼からの憎しみなのか、あるいは――。


 馬車は、帝国でも最も孤独だと噂される、氷の公爵邸へとひた走る。

 私が彼に何をしたというのだろう。

 彼はなぜ、あれほどまでに苦しそうな瞳で、私を「買った」のだろうか。


 窓に映る自分の瞳は、まだ灰色に淀んだままで。

 けれど、握られた指輪だけが、かすかな、けれど確かな熱を帯び始めていた。


(……この結婚の先に、何があるの?)


 再会の夜。

 復讐と執着、そして沈黙の愛が織りなす、檻の中の生活が幕を開けた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


泥の中から救い上げられたエララ。

しかし、待っていたのは甘い救済ではなく、かつての騎士による「冷徹な支配」でした。

レオの言葉はあんなにも残酷なのに、なぜ彼の掌はあんなに熱かったのか……。


二人の「じれったすぎる」政略結婚生活は、まだ始まったばかりです。

指輪に灯った小さな熱の正体とは?


「面白そう」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ぜひブックマークや広告下の【☆☆☆☆☆】で評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります!


次話、第2話「氷の檻と沈黙の朝」でお会いしましょう。

当面の間は1日3話を投稿予定です。お楽しみに。

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