第59話:煤に塗れた凱旋と、太陽の証明
王都キャメロット、中央大広場。
時計塔の頂上での死闘を終えたアッシュとエレンが、螺旋階段を下りて広場へと姿を現した。
広場は、水を打ったような静寂に包まれていた。
破壊された石畳。崩れ落ちた異形のキメラと、気を失った純白の狂信者たち。
そして、その地獄のど真ん中で、数万の民衆を背にして大盾を構えたまま立ち尽くすベリンダと、彼女の足元で大の字になっていびきをかいているモルドレッドの姿。
「……アッシュ」
ベリンダが、ボロボロになった大盾を下ろし、ホッと安堵の息を吐く。
アッシュは無言のまま、煤と血に塗れた青い外套を引きずり、民衆たちの前へと歩み出た。
彼の額からは、先ほど民衆から投げつけられた石の傷によって、まだ赤い血が滲んでいる。
民衆たちは、恐怖と、そして強烈な罪悪感で身を縮込ませた。
自分たちは教団の言葉を鵜呑みにし、この男を「化け物を呼び込んだ偽物」だと罵り、石を投げた。だが、彼らは逃げることなく、教団の光の刃から自分たちの命を護り抜いたのだ。
夕暮れの西日が、広場に差し込む。
オレンジ色の光が、アッシュの煤けた顔を照らし出した。
その時、最前列にいた一人の老人が、ハッと息を呑んだ。
「(……似ている)」
実はアッシュの顔立ちは、かつて魔王軍と戦って命を落とした『本物のガウェイン』に、どこか面影が似ていた。
だからこそ、彼が青い外套を羽織り、遠目から広場に凱旋した時、王都の民衆は誰も疑わなかったのだ。
だが、至近距離で見れば、その肌は日焼けと油汚れがこびりつき、目つきは鋭く、本物のような『高貴で優しい微笑み』は一切ない。先ほど間近でアッシュを見た民衆が彼を偽物だと確信したのは、その「無骨さ」ゆえだった。
けれど――今、夕日を背に受けて立つアッシュの顔は。
血と煤に塗れ、ガラの悪い笑みを浮かべているその顔は、かつての『美しき太陽の騎士』とは全く違うのに……なぜか民衆たちの目には、それ以上に頼もしく、温かい『太陽』として映った。
「……すま、ねえ」
群衆の中から、震える声が響いた。アッシュに石を投げた男だった。
「あんたを、偽物だって……石を、投げて……」
「気にしてねえよ」
アッシュは、無造作に額の血を拭い、ガハハッと豪快に笑った。
「俺は実際、お前らが拝むような立派な騎士様じゃねえ。……だけど、看板を汚すようなダサい真似だけは、絶対にやらねえって決めてるだけだ」
その言葉に、民衆の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
血筋や、魔力や、聖なる光なんて関係ない。
自分たちと同じ地べたの目線で、文字通り命を削って前に立ち塞がってくれたこの男たちこそが、今のキャメロットに必要な『英雄』なのだと。
「ガウェイン様ぁぁッ!!」
「俺たちの、太陽の騎士ィィッ!!」
誰かが上げた叫びを皮切りに。
広場は、数日前のアグラヴェインの凱旋パレードなど比較にならないほどの、腹の底から湧き上がるような『熱狂と歓声』に包まれた。
偽物であると明かされた上で、それでも彼らは「不格好な太陽」を再び迎え入れたのだ。
「……フン。出来すぎた三文芝居だ」
その歓声の輪の少し外側。
冷たい眼鏡を光らせたアグラヴェインと、影のように寄り添うガヘリスが、静かにその光景を見つめていた。
「どうしますか、兄上。第十二位と第三位が倒れ、教団の計画は完全に頓挫しました。……彼ら二人の身柄は?」
「暗部の地下牢へ運べ。……彼らの精神の奥底に、どのような『教団の呪縛』がこびりついているか、時間をかけて洗い出さねばならんからな」
アグラヴェインは、歓声を浴びるアッシュの背中を見据え、小さく鼻を鳴らした。
「それにしても……あの番犬共、本当にガラハッドの絶対防御を真正面から喰い破りおったわ。……これで少しは、王都の風通しも良くなるだろう」
「……」
アッシュは歓声の中で、自らの右腕……黒陽の装甲を見つめていた。
限界を超えたはずの圧力を耐え抜いた右腕。その奥底に、自分ではない『誰かの温かな意地』を感じたような気がしたからだ。
「(……サンキューな。おかげで、また明日も息を繋いでいけそうだ)」
アッシュは、右腕の装甲を軽くコツンと叩くと、隣で微笑む銀の従騎士たちと共に、王都の夕空に向けて高々と大剣を突き上げた。
熱狂と歓声に包まれた白亜の広場で。彼らが掲げた黒鉄の刃は、夕日を反射して、本物の太陽にも負けない力強い輝きを放っていた。
第59話、お読みいただきありがとうございます。
石を投げられても護り抜いた不格好な英雄が、真の信頼を勝ち取る。
これにて王都総力戦編、完結です。
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