第53話:白亜の断罪と、偽物の宣戦布告
王都キャメロット、白昼の中央大広場。
数日前まで「英雄の凱旋」に沸き返っていたその場所は今、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ひぃぃッ!! ば、化け物だッ!!」
「助けて! ガウェイン様ぁぁッ!!」
広場の中央で暴れ狂っているのは、見上げるほど巨大で醜悪な紫黒色の肉塊――『死の心臓の欠片』と神聖な光が混ざり合った異形の合成獣だった。
それはドロドロの瘴気を撒き散らしながら、石畳を砕き、逃げ惑う民衆の頭上に無数の触手を振り下ろそうとしていた。
その絶望の空に、白飛びするほど眩い『純白の光』が降り注いだ。
「――恐れることはありません、迷える子羊たちよ」
広場を見下ろす大時計塔のバルコニー。
そこに立っていたのは、汚れ一つない純白の修道服を纏った円卓第十二位ガラハッドと、無邪気な笑顔を浮かべる第三位パーシヴァルだった。
ガラハッドが白銀のロザリオを掲げると、キメラの周囲に光の杭が降り注ぎ、その動きを「わざとらしく」縫い留める。
「見なさい。あの魔族の瘴気は、旧大陸で完全に消滅したはずのもの。……それがなぜ、この最も神聖な王都の真ん中に現れたのか」
ガラハッドの透き通った声が、パニックに陥る広場全体に魔法で拡声される。
「本物の太陽の光は、五年前のあの日、すでに失われていたのです。今、王都にいる『ガウェイン』は、英雄の剣を盗み出し、神聖な光を煤と油で汚している忌まわしき【偽物】に過ぎない!」
ガラハッドの言葉に、民衆の動きがピタリと止まった。
「この災厄は、あの穢れた偽物が王都を汚し、魔を招き入れた結果です。我々教団がこの光で魔族を浄化し、そして……あの偽物を『断罪』しなければ、王都に真の平和は訪れません!」
完璧なマッチポンプ。
自分たちでキメラを放ちながら、それを全てアッシュのせいに仕立て上げ、民衆の恐怖を誘導する。
「あいつが、偽物……?」
「そういえば、昔のガウェイン様はあんな無骨な黒い腕なんて……」
「あの偽物が、俺たちの街に化け物を呼び込んだんだ!!」
恐怖に駆られた民衆の純粋な信仰心は、いとも容易く『呪い』へと反転した。
数万の群衆が、見えない偽物に向かって怒号と罵声を浴びせ始める。英雄から一転、大逆人への転落。
「……随分と、くだらねえ三文芝居だな」
だが、その怒号の波を真っ二つに割るように。
広場の入り口から、重々しい足音を立てて歩み出てくる四つの影があった。
「あ、あいつだ! 偽物だ!!」
民衆が悲鳴を上げて道を開ける。誰かが投げた石が、アッシュの額を掠めて血を流させた。
だが、アッシュは立ち止まらなかった。
真紅と漆黒の戦闘外套。煤と油に塗れた極厚の『黒陽シリンダー』。
彼の背後には、氷のように冷たい瞳で広場を見据えるエレン、不敵に牙を剥くモルドレッド、そして巨大な漆黒の大盾を構えたベリンダが、一切の揺らぎなく追従している。
「よくも逃げずにノコノコと現れましたね、偽物」
時計塔の上から、ガラハッドが冷酷に見下ろす。
「彼らの声が聞こえないのですか。あなたがその呪われた腕で汚れを撒き散らすから、この王都が穢れる。……今すぐその剣を捨て、神の裁きを受けなさい」
「……」
アッシュは、民衆の憎悪の視線を全身に浴びながら、足を止めた。
そして、顔についた血を手の甲で無造作に拭うと、ニヤリと、これまでで一番獰猛な笑みを浮かべた。
「俺が偽物だって? ……ああ、そう言いたきゃ好きに喚きな。俺はテメェらみたいな綺麗で立派な『騎士様』じゃねえ。地べたを這いずって生きてきた、ただの村人だ」
広場が、一瞬の静寂に包まれる。
アッシュは、背中の名もなき大剣を抜き放ち、ギリィッ……と右腕のシリンダーを鳴らした。
「だけどな。あの大馬鹿野郎が、最後に俺にこの重てえ鉄塊と火の粉を託しちまったんだよ」
アッシュが大剣の切っ先を、時計塔の上のガラハッドに真っ直ぐに突きつける。
「だから俺は、テメェらみたいな白装束のネズミ共を全部焼き殺すまで……この『ガウェイン』って名前を下ろす気はこれっぽっちもねえ!!」
「……愚かな。神聖なる光の前に、持たざる者が何匹吠えようと無駄なこと。……やれ、パーシヴァル」
ガラハッドが冷たく指示を出す。
「アハハッ! いいよぉ! 燃やしちゃえ!!」
パーシヴァルが虚無の瞳で笑いながら指を鳴らすと、キメラを縛っていた光の杭が消滅し、異形の化け物が完全に制御を外れてアッシュたちへ襲いかかってきた。
同時に、広場を包囲するように、純白の法衣を着た『光の狂信者』たちが何十人も姿を現し、痛覚のない笑顔で光の鞭を振り上げ始める。
「アッシュ。ガラハッドの光の障壁……展開の隙は『0.2秒』よ」
エレンが、背中合わせになりながら静かに告げる。
「上等だ。俺と狂犬でその0.2秒をこじ開ける」
アッシュは、自らの意志で黒陽シリンダーの『排熱弁』を完全にロックした。
ランスロットとの死闘で掴み取った、己の命を薪とする『極限圧縮』。大剣の刃が、一切の火の粉を外に漏らすことなく、白飛びするほどの絶対的な赤熱状態へと変貌していく。
「行くぞテメェら。王都のド真ん中で、一番ド派手な『火事』を起こすぜ!!」
数万の民衆が息を呑む中。
偽物の太陽と銀の従騎士、そして狂犬たち。
彼らは迫り来る純白の絶望と異形の化け物を前に、決して引くことなく、その熱く重い一歩を力強く踏み出した。
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