第51話:白亜の特訓と、現実主義の助言
王都の郊外、荒れ果てた演習場。
そこでは、物理的な破壊音と、耳障りな氷の砕ける音が絶え間なく響き渡っていた。
「……遅いな、狂犬。持たざる者たちと歩調を合わせて歩き続けた結果、貴様の牙はすっかり丸くなってしまったようだ」
アグラヴェインが、冷たく眼鏡を押し上げながら指先を振るう。
瞬間、無数の『白亜の魔力刃』が雨あられと降り注ぎ、モルドレッドの巨体を容赦なく切り刻んでいく。
「チィッ……! ごちゃごちゃ鬱陶しいんだよ、メガネ野郎ォォッ!!」
全身血まみれになったモルドレッドが、ギザギザの大剣に『叛逆の血雷』を纏わせて突っ込む。
だが、彼が本当に「殺す気」で放ったはずのその一撃は、アグラヴェインの展開した氷の盾に容易く弾かれた。
「気づいていないのか? 貴様は『アッシュの火の粉』を無意識に気にして、剣の軌道を狭めている。……底知れぬ狂気を孕んでいた第十一位の剣が、今やただの『優秀な連携攻撃』に成り下がっているのだ」
アグラヴェインの冷酷な指摘が、モルドレッドのプライドを深く抉る。
「……ガラハッドの光を破るには、小手先の連携など無意味だ。周囲の味方ごと全てを叩き斬る、貴様本来の『狂気』を剥き出しにしろ」
「……上等だ。なら手始めに、テメェのそのすまし顔から真っ二つにしてやるよ!!」
モルドレッドの瞳孔が爬虫類のように縦に割れ、血雷の出力が爆発的に跳ね上がる。
知将と狂犬の、殺し合いに等しい特訓がさらに激化していく。
そのすぐ傍らでは、ガヘリスとベリンダが、静かに対峙していた。
「……フッ!」
ベリンダが、自身の背丈より巨大な漆黒の大盾を構え、砲弾のように突進する。
だが、ガヘリスは音もなくその突進を躱すと、彼女の足払いをすくい、いとも簡単にベリンダを地面に転がした。
「痛ッ……! なんでよ! 私の盾は、親父と同じ特別製の重装甲なのに!」
「……君の父、ボールス卿は、決してただ力任せに鉄の塊を振り回すだけの男ではなかった」
ガヘリスは、静かにベリンダを見下ろした。
影のように目立たず、しかし誰よりもボールスの近くでその背中を見てきた男。
「彼は、敵の殺気、味方の呼吸、その全てを把握し、戦場の『最も重い場所』に、必ず自分の盾を置くことができた。……君の盾は今、ただ君自身を守るだけの『重い壁』に過ぎない。味方を守り抜くための『重心』の置き方を、身体に叩き込みなさい」
父の真の凄さを教えられ、ベリンダは顔を上げ、強く唇を噛み締めて再び大盾を構えた。
***
一方、王都の中央大図書館、禁書区画。
山積みになった魔術の古文書の真ん中で、エレンは酷く疲弊した顔で頭を抱えていた。
「(……ダメだわ。ガラハッドの『聖杯の洗礼』の術式理論は完璧すぎる。どんな魔法陣の解析書を読んでも、あの変換の隙を見つけることができない……)」
どれだけ知識を漁っても、第十二位の神聖魔術を打ち破る糸口が見つからない。
一人行き詰まり、焦燥感に押し潰されそうになっていた、その時。
「……おいおい。太陽の騎士の従騎士殿が、こんな埃っぽい場所で徹夜とは感心せんな」
背後から、ひどく口うるさそうな、呆れたような声が降ってきた。
エレンが振り返ると、そこには大量の書類の束を抱えた、神経質そうな長身の騎士が立っていた。
円卓第八位、現実主義の騎士ケイ。
「ケイ卿……!? なぜ、ここに」
「兵站の管理で徹夜明けのついでだ」
ケイは小言を言いながら、エレンの机の上にドサリと分厚い革表紙の裏帳簿を投げ出した。
「お前たちがアグラヴェインからの依頼でネズミ退治をしていることは聞いている。……まったく、円卓の面子を気にして後手後手に回る連中より、這いつくばって結果を出すお前たちの方が、よっぽど『予算の使い甲斐』が良いんでな」
ケイは、エレンが読んでいた高度な魔術理論の古文書をパラパラとめくり、鼻で笑った。
「机上の空論ばかり見ているから、現実の弱点を見落とすんだ。……ガラハッドの光の障壁も、無から無限に生み出されているわけじゃない」
「え……?」
「そのファイルは、教団の過去十年の『資金の流れ』と『魔力触媒の購入履歴』だ。奴が展開するあの規格外の光。それを維持するために、どれだけの触媒が『どのタイミング』で消費されているか……計算してみろ」
エレンはハッとして、ケイが持ってきた裏帳簿を猛然と開き始めた。
「(……魔力触媒の消費量……莫大な光を維持するための、現実的なエネルギーの補給サイクル……!)」
数字の羅列。それは、魔術理論の欠陥ではなく、生身の人間が兵器を運用する上での「絶対に避けられない現実的なラグ」を示していた。
「……見つけた」
エレンの瞳に、知略の光が鮮やかに灯る。
「光の変換効率が落ちる瞬間……ガラハッドが障壁を張り直すための、わずか『0.2秒』の致命的な隙!」
「……フン。分かったら、さっさと顔を洗って少しは寝てこい。太陽の隣に立つ女が、そんな幽鬼のような顔をしているのは感心せん」
ケイは、エレンの答えに満足げに口角を少しだけ上げると、踵を返して書庫を出て行った。
「……ありがとうございます、ケイ卿」
エレンは、その現実主義の騎士の背中に深く頭を下げ、確かな勝機をその手に強く握り締めた。
血を吐くような特訓と、冷徹な数字から導き出された一筋の光。
純白の絶望を打ち砕くための刃が、王都の暗がりで静かに、そして確実に研ぎ澄まされていく。
第51話、お読みいただきありがとうございます。
円卓の騎士たちによるスパルタ指導!
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