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第11話:氷点下の裁きと、迫り来る白鳥

王都キャメロットの中心、円卓の騎士を統括する執務室。

そこは、微かな埃すら許されない、アグラヴェインの冷徹な精神をそのまま形にしたような空間だった。


「――見事な『浄化』であった。偉大なるガウェイン卿」


最高級の陶器のカップをソーサーに置く、カチン、という冷たい音。

執務机の奥で、アグラヴェインは完璧な微笑みを浮かべていた。だが、その紫電の瞳の奥には、絶対零度の怒りが静かに、しかし確実に渦巻いていた。


机を挟んで立っているのは、泥と煤、そして魔物の返り血で真っ黒に汚れたアッシュと、隣で顔面蒼白になりながら直立不動の姿勢をとるエレンだ。(モルドレッドは「俺は怒られるの嫌いだからパス!」と早々に逃亡していた)


「旧市街の遺構に巣食う脅威は、見事排除された。……王都の歴史的建造物である地下層の『八割』と、メインストリートの石畳を『完全に消し飛ばした』ことには、目をつぶろう」

「……」


アッシュは舌打ちを堪え、沈黙を貫いた。

アグラヴェインの言葉は、刃よりも鋭くアッシュの神経を削りにきている。


「しかし、解せないな。卿ほどの洗練された剣技と魔力制御があれば、あのような『まるで三流の土木工事のような』被害を出さずとも討伐できたはずだが?」


アグラヴェインが立ち上がり、滑るような足取りでアッシュの目の前まで歩み寄る。

彼が纏う石鹸と高級な香の匂いが、アッシュの鼻を突いた。


「もしや、その右腕の醜悪な鉄屑は……力を制御すらできない『欠陥品』なのではないか? ガウェイン卿」

「……俺は、一番確実な方法を選んだだけだ。文句があるなら、次からテメェがドブ浚いに行け」


アッシュが低く唸り、右腕の『黒陽シリンダー』が威嚇するようにチリ、と火の粉をこぼした。

だが、アグラヴェインは微動だにしない。むしろ、その冷たい微笑みをさらに深めた。


「文句など滅相もない。ただ――」


アグラヴェインの視線が、アッシュから、隣で震えるエレンへとスライドした。


「主君の暴走を止められず、王都に甚大な被害を出した『従騎士』には、相応の罰が必要だ。……エレオノール卿。貴様の騎士位を剥奪し、地下牢での労役に処す」


「なッ!?」

アッシュの表情が、初めて決定的に崩れた。

エレンは息を呑み、血の気を失った唇を震わせながらも「……は、はい。全ては私の不徳の致すところ」と頭を下げようとする。


「ふざけんな!! こいつは関係ねえ、俺が勝手に天井をぶち抜いたんだッ!」


アッシュが吠え、アグラヴェインの胸ぐらを掴もうと一歩踏み出した。

だが、エレンが必死にアッシュの腕にすがりつき、首を横に振る。ここでアグラヴェインに手を出せば、それこそ「偽物」として完全に終わる。


アグラヴェインは、アッシュのその「泥臭く、余裕のない焦り」を見て、心底満足そうに目を細めた。

彼はアッシュを殺すのではなく、最も重い「責任」という鎖で縛り上げにかかったのだ。


「……安心しろ。寛大な王は、卿に名誉挽回の機会を与えられた」


アグラヴェインは一枚の書状を机に放り投げる。


「数日後。北方の前線から、『第一騎士』がこの王都へ帰還する。王都の防衛機構を破壊した卿には、その修繕費の代わりとして、彼と共に新たな任務へ就いてもらう。……従騎士の処罰は、その結果次第としよう」


『第一騎士』。

その単語を聞いた瞬間、エレンの体がガクンと震え、アッシュも本能的な悪寒を感じてシリンダーの駆動音を止めた。


「第一騎士、だと……?」

「そうだ。卿の最大の友であり、最大のライバル。……あの醜悪な『泥仕合』を、彼が見てどう評価するか。今から楽しみでならないよ」


氷点下の執務室。

アグラヴェインの冷酷な宣告は、地下の魔物よりも遥かに重い絶望となって、アッシュの肩にのしかかった。


泥に塗れた偽りの太陽の前に、ついに、汚れを知らぬ最強にして最も美しい白鳥――『湖の騎士ランスロット』が舞い降りようとしていた。

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