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第13話:極寒の死地と、交わらない二つの温度

「……クソッ、シリンダーの熱がどんどん奪われていく……ッ」


 王都より遙か北。

 一年中猛吹雪が吹き荒れ、命あるものを等しく氷像へと変える絶対零度の領域(エリア)、『永久凍峰(えいきゅうとうほう)グラキエス』。

 アグラヴェインに命じられた新たな討伐任務の地は、アッシュの右腕――『黒陽シリンダー』の熱を完全に殺すための、冷酷な処刑場だった。


「ガハッ……! 寒ぃ……」


 腰まで雪に埋まりながら、アッシュはボロボロの青い外套を固く握りしめて歩を進めていた。

 右腕のシリンダーから「プシュゥゥゥッ!」と蒸気が噴き出すが、超高温の黄金の熱波は、周囲の絶対零度の吹雪に触れた瞬間に急速に冷やされ、ただの白い霧となって掻き消えてしまう。


 熱を上げすぎれば熱暴走(オーバーヒート)で右腕が壊れ、熱を下げれば一瞬で凍死する。

 アッシュは常に、右腕の激痛と極寒の狭間で己の命を削りながら、必死に雪中を掻き分けて(ラッセルして)いた。


 だが――その後ろを歩く男は、全く違った。


「……卿のその『鉄屑』は、随分と燃費が悪いのだな、我が友よ」


 アッシュが振り返ると、そこには目を疑うような光景があった。

 円卓第一位、『湖の騎士』ランスロット。

 彼は、アッシュが泥と雪をかき分けて作った(わだち)を歩いてすらいなかった。

 ただの一歩も雪に沈むことなく、まるで新雪の水面を滑るように、ふわり、ふわりと雪の上を歩いていたのだ。


 魔力による、完璧な体重制御ウェイト・コントロール

 雪山特有の荒れ狂う吹雪すらも、ランスロットの汚れ一つない白銀の甲冑と銀糸の髪を、まるで彼を恐れるように避けて通り過ぎていく。

 アッシュが撒き散らす『轟音、熱、泥、必死な息遣い』とは完全に対極にある、絶対的な『静寂と美しさ』。


「テメェは……歩く時くらい、人間らしく雪に埋もれたらどうなんだよ……ッ」

「無駄な()を排し、自然と調和すれば容易いこと。卿のその……けたたましく火の粉を撒き散らす戦い方とは、相容れないだろうがね」


 ランスロットの冷たく澄んだアイスブルーの瞳が、自らの熱で雪を溶かし、泥まみれになっているアッシュを静かに見下ろす。

 アッシュは苛立ちと寒さで歯を食いしばった。


 相棒であるエレンを王都の地下牢に人質に取られている以上、ここでランスロットに「俺は偽物だ」とバレるわけにはいかない。

 しかし、この完璧すぎる天才(バケモノ)の隣を歩くことは、アッシュの泥臭いメッキを、最も残酷な形でペリペリと剥がしていく作業に他ならなかった。


 『――ピキ、ピキピキピキッ!!』


 突如、猛吹雪の音が止んだ。

 いや、違う。周囲の大気が急速に凍結し、音の振動すらも氷の中に完全に閉じ込められたのだ。


「……お出ましだな。アグラヴェインの野郎が、俺たちをここに放り込んだ理由がよ」


 アッシュが右腕のシリンダーを駆動させ、大剣を構える。

 吹雪の奥から現れたのは、山そのものが動き出したかのような巨大な氷の塊。

 四つ足の巨大な獣の骨格に、青白い絶対零度の魔力が分厚い氷の装甲となってへばりついた、特級指定の魔獣『氷河竜グレイシャル・ドラゴン』だった。


「ギャウゥゥゥゥゥォォォォォォッ!!!」


 竜が咆哮を上げた瞬間、周囲の気温がさらに数十度低下した。

 アッシュの右腕の『黒陽シリンダー』に霜が張り付き、駆動音が「ギガガガッ……!」と危険な音を立てて凍りつきそうになる。


「クソッ、バルブが凍るッ! これじゃあ熱が……!」


 アッシュが焦ってシリンダーを叩いた、その時だった。


「――下がっていたまえ、我が友よ」


 ランスロットが、音もなくアッシュの前に滑り出た。

 純白の騎士は、見上げるほど巨大な氷河竜のプレッシャーを前にしても、湖面のように静かな瞳を一切揺らさない。


「そのように痛々しく熱を漏らしながらでは、美しい氷を濁すだけだ。……ここは、私が終わらせよう」


 ランスロットが、腰の長剣の柄に静かに手をかける。

 彼の周囲だけ、吹雪が完全に停止し、恐ろしいほどの静寂が満ちた。


 圧倒的な熱量とハッタリだけで生き延びてきたアッシュの目の前で。

 円卓最強の第一位が、雪山の静寂を切り裂く『本物の剣(チカラ)』を、今まさに抜き放とうとしていた。

第13話、お読みいただきありがとうございます。

絶対零度の雪山で、アッシュのメッキを剥がす圧倒的な美の暴力! アグラヴェインの思惑通り、偽物はここで終わってしまうのでしょうか!?


少しでも『面白い』『続きが気になる』と思っていただけましたら、ぜひページ下部よりブックマークや星での評価をよろしくお願いいたします! 執筆の大きな励みになります。

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