7,
「……明かりをつけて、客人をもてなしなさい」
窓際に立つ人物は、一言そう呟く。と、部屋のあちこちに置かれた旧型の機械式ランプが、一斉に明かりを灯した。
「わっ!」
まるで魔法のような――。その異様な様子に、瀬戸が驚いたように声を上げる。阿久津も眉を寄せて、警戒心を顕わにした。
「……あなたが、『修繕師』の……?」
阿久津の問いに、その人物はこちらを振り返る。
「はい、」
――二人の目の前に立っているのは十五、六歳くらいに見える少女だった。低い背に華奢な体。黒いハイネックのインナーの上から紺色の七分袖のチュニックを着て、足には黒いタイツに革のショートブーツを履いている。その様子は、よく街にいる普通の女学生にしか見えないが……。
人形のように整った顔立ちと、その顔の中でも一際目立つ大きな蒼色の目。そしてサラリと腰まで伸びた長い白銀の髪が、その存在をただならぬものにしている。
「お初にお目にかかります。境界線基地所属、『指定修繕師』。巫剣 天音と申します」
その歳の少女にしては低く、落ち着いた声で淡々と名乗ると、その少女は、右手を胸に当てて深く礼をする。今や首都での一般儀礼となった、この北方軍式の敬礼は、カーテシーみたいな仰々しいものではなかったが、洗練された美しい動きだった。
「事情は、大元帥様より頂きましたお手紙によって存じ上げております。そちらのアーティファクトの修繕でよろしいでしょうか」
彼女――天音と名乗った少女は顔をあげると、阿久津の持つ木箱を見やる。
「ああ……」
阿久津は、目の前にあった古めかしいローテーブルに木箱を置いた。
「“大戦”終戦より、ポリティクス・ツリーに封印されていたものだ。……『死神』と呼ばれているものだとか、」
阿久津は箱を開けて中を見せる。天音と瀬戸がそれを覗き込んだ。
――ビロードのクッションの上に置かれた楕円形の紅い宝石。大きさはちょうど阿久津の人差し指と親指で輪を作ったくらいで、シンプルな白金の装飾がその外周をぐるりと囲っている。『護符』というのは名ばかりで、身につけるためのチェーンも紐もついておらず、機械式ランプのオレンジ色の光を受けて、鈍い光を放っていた。
「これは……また随分と、扱いの難しい『人工遺物』をお使いになるおつもりなんですね」
天音は、タリスマンを見つめて呟く。
「……なるほど。大元帥様はかなり切羽詰まっておいでのようで、」
「あの、」
天音の言葉に、しびれを切らしたように瀬戸が声を上げる。
「そのタリスマンは……一体、どんな力を持っているんですか?」
蒼い瞳が、じっと瀬戸を捉える。その吸い込まれそうな色味に、瀬戸が息を呑んだ。
「これは三百年ほど前に製造されたとされている、『Ⅲ型』のアーティファクトです。……私も、話で聞いたことしか無いのですが。――“精霊の加護”は《死を運ぶ風》。……触れたもの全ての生命を、消失させる能力です」
「……え」
瀬戸が、ぎょっとしたようにタリスマンを見つめる。
「つまり……触ったら、死ぬということ、か……?」
「さあ……。詳しいことは存じ上げませんが、そうなのではないのですか?」
天音は、タリスマンに顔を近づけると、どこからかルーペを取り出して観察を始める。……その度胸に、阿久津は、内心舌を巻いた。
「……これ、修繕できそうですか?」
しばらくの静寂の後、瀬戸が問いかける。天音は顔をあげるとうなずいた。
「古いものなので、少々お時間をいただきますが。よろしいですか……?」
「構わない。リペアが終わったところで、即刻戦力として投下するように。というのが大元帥様のご命令だ」
阿久津の言葉に、天音は再びうなずく。
「了解いたしました。……ご依頼、たしかに遂行させていただきます」