表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
語り草  作者: 藍庸善
1/2

旅立ち

 遥か昔、神々がこの国をお造りになっている中に生まれた一神がいる。

 その神は人知れずこの国の行く末を見守るよう命じられ、出雲に降臨する。

 そして、この国を見守る旅が始まる……。



 縄文時代

 この国の人々が水稲耕作を知る前の時代。

 それは、争いがなく一万年以上続いた穏やかな時代である。


 

 とある山の中。

 三匹の鹿が山の開けたところで草を食む。

 ガサッと音がして、鹿が頭を上げ周囲を見渡して耳を立てる。

 すると突然人が二人正面に飛び出てきた。

 鹿が慌てて後ろに逃げると、ドスっとした音がして三匹の内一匹が倒れた。

 残りの二匹は振り返らず、逃げていった。


「父ちゃん!うまくいった?」


 一人の子供が走ってきて尋ねる。


「ああ、立派な鹿だ。」


 矢を放った男が茂みから出てきて答える。


「良かった。山の神様に感謝ですね。」

 

 一人の青年が走ってきて答える。

 冬の入りかけのこの時期になると、大型の動物がよく狩られる。


「さあ、ムラで待っている母ちゃんたちの元に帰るか。」

「うん!」


 三人は鹿の血抜きをした後、担いで山を下る。

 日はまだ高いがそれなりに遠いので、帰るまでには日はだいぶ落ちているだろう。

 季節の変わり目で、枯れ葉もそれなりに落ちている。


 青年が子供の父、ヤイラに尋ねる。


「ヤイラさん、流石ですね。どうしたらそんなに上手に獲物を狩れるのですか?」


「よく分からん。俺は只ひたすら練習してきたからな。」


「そうですか。では、私ももっと練習します。」


 帰り道は鹿を担ぐため少し足取りが重い。

 この青年は、数ヶ月前にヤイラのムラに来た。

 名はカラシカと呼ばれている。

 近くの村に住んでいたが、土砂崩れが起きてムラは壊滅して、一人やって来た。ここに来てもう数年経つ。


「父ちゃん、俺も獲物上手に狩りたい!」


「そうだな、じゃあもっと練習すると良い。」


「練習したら、父ちゃんみたいになれる?」


「ああ、きっとなれる。」


「分かった!兄ちゃんも一緒にやろう!」


「うん。いっぱい練習して、上手になれたら良いね。」


 ヤイラの子供はタトイと言う。

 最近成人して、やっと狩りの同行を許されたばっかりである。

 仲良く話して、気づくと家に帰っていた。


「おや、立派な鹿だねぇ。山の神様に感謝しないとね。」


 ムラに帰って来て気の強そうな女の人が待っていてくれた。

 女衆は男達よりも早く帰って来ていたようだ。


「ああ、有難いことだな。」


 ヤイラは応えて鹿を解体し始める。

 タトイは近くでその様子を見ている。まだ捌き方を覚えていないようだ。

 カラシカは、石を削り武器を作る。


 陽が落ちて夕飯の時間になり、村のみんなが集まってヤイラ達が狩った鹿を食べる。

 火を囲い、神々に感謝して食べる。

 みんな色々と話しながら食べている。

 その光景をカラシカは微笑ましく見ていると、帰った時に出迎えてくれた気の強そうな女性、トツが話しかけてきた。


「カラシカ、あんたもいい歳だ。そろそろ奥さん見つけな。そうだ!うちの娘のハヤはどうだい?なかなかいい子だと思うよ?」


 カラシカは戸惑った。

 確かにそろそろ身を固めなければならないのだが、彼には出来なかった。

 いや、子を成そうと思えば出来るし、欲しくないわけではない。

 ただ、あまり妻を娶りたくなかった。


 「うーん、そうですね。けど、私にはハヤさんは勿体無い気がします。」


「何言ってんだい!あんたみたいな良い男が、何謙遜してんだい!なかなかお似合いだと思うよ?」


 トツは肉を食べながらカラシカの背中をバシバシ叩く。


「うむ、そうだな。カラシカ、ハヤはいいと思うぞ。」


 ヤイラが話しかけながら、カラシカの隣に座る。


「いや、しかし……。」


 尚も否定しようとするが、二人はなかなか気が強く、引いてくれない。

 更に追い打ちをかけるように、ハヤ本人もやってきた。


「あの、私はカラシカ様なら何も問題はございませんよ?」


 唐突に告白された。

 どうやらハヤはこっそり話を聞いていたらしい。

 更にカラシカは困ってしまう。


 ハヤは誰が見てもいい娘だ。

 体力もあり、美人で、周りを明るく元気にし、何でも器用にこなしてしまうのだ。

 嫌なはずがない。

 だが、そのような問題ではないのだ。

 カラシカは自分と結ばれれば、妻も子も不幸になると考えている。

 それは、己の使命があるからだ。



 カラシカはこの国の行く末を見守るという使命背負う神である。

 その名を本国見照之(もとくにみてるの)(みこと)と言う。

 神として崇め奉られる事も、歴史を大きく帰ることも許されず、ただただ見守る事が彼の使命である。



 その彼に妻が出来、家族を持ったならば、歳を取らない彼を不審に思うだろう。

 そうしたら、ムラの人々に神として崇め奉られることになるだろう。それはいけない。

 彼の使命は見守る事なのだから。

 権力は持ってはいけない。

 だから彼は正体を悟られないよう、各地を転々としている。

 いきなり居なくなったならば、きっと悲しむだろう。

 だから妻は娶りたくないと言うのが彼の気持ちなのだ。

 

 カラシカは返答に困る。

 どう答えようか考えていると、周りに人が集まってきた。


「カラシカとハヤかー。俺はなかなかいいと思うけどなー。」


「ああ、カラシカはこのムラを担う素晴らしい男だし、ハヤはなんでも出来るいい女だ。お似合いだと思う。」


「そうね。お互いの関係も宜しいようだし、良いと思うわ。」


 どんどん話が盛り上がってくる。

 しかも、否定的な意見が一つも無い。

 それに比例するように断りにくくなっていく。


「ね、ほらみんなも良いって言ってるじゃないか。だから、結婚しちまいなよ!」


 トツが強く勧めてくる。

 周りも賛成のようだ。

 もはや断れない。


「わかりました…。」


 諦めたように答えると、ワッと歓声が響き渡る。


「ありがとねぇ!うちの娘を頼むよ!」


 トツが先程のように背中をバシバシ叩きながら、お礼を言う。


「カラシカ様、ありがとうございます。これから、どうぞよろしくお願いいたします。」


 ハヤが顔を綻ばせながら、お礼を言う。


 カラシカはいつもの様に穏やかな顔で、ただ「うん。」と答えた。


「よっしゃー!明日は宴だな!」


「まずはその前に、抜歯の儀式ね。」


「久しぶりに村長の出番だ。」


 縄文時代は抜歯により、成人の証や、婚約の証とする。

 歓声が溢れ大騒ぎしたが、その日は話だけで終わり、皆明日に備えて寝た。



 その夜、皆が寝静まった頃、カラシカは起きた。

 気配を殺し、家の外に出る。


(この村はここまでだな。願わくば、このムラに幸のあらん事を。)

 

 顔を上げれば、どこまでも美しい星空が広がっている。

 

「美しいな。」


 ポツリと呟き、歩き出す。

 役目の為にこの村にいたが、それももう終わる。


(次は東の方に行こう。)


 新たなる村を探しにムラの外にある山に向かう。

 

「カラシカ様!」


 もう山に入ろうかと言うところで、呼び止められた。

 振り返ると、結婚の約束をしたハヤがいた。


「どこへ行かれるのですか?」


 不安そうな声で尋ねてくる。


「……然るべき場へ。」


「お供します。」


「それは駄目です。」


 ハヤの提案を即否定する。

 この旅は人知れず行わねばならない。

 例えやんごとなきお方だとしても連れて行けない。


「お願いします。私もお役に立てます。」


 ハヤは引こうとしない。

 このようなところは、母親譲りだと思った。

 実を言うと、カラシカもハヤのことは好いていた。

 好いている女にこのように言われるのは、心底嬉しい。

 この娘ともっと居たいし、子も作りたい。

 しかし子を作ったら、ずっと自分の事を想ってしまうだろう。

 

 カラシカは一度目を閉じ、ゆっくりと目を開けた。

 ハヤに近づき、目の前に立つ。

 そして、優しく抱き抱えながら唇に口付けをした。

 ハヤは一瞬驚いたが、直ぐに目を閉じ受け入れる。

 暫くして、抱き終わるとカラシカが謝る。


「すまない。」


 その言葉を最後に背を向け、山へ歩き出す。

 ハヤはいつもの穏やかな笑みを浮かべるカラシカでは無く、勇ましい神の顔を見て何かを悟った。

 ハヤはもう止められなかった。

 カラシカはある程度山に入ったところで、軽く足に力を込め飛ぶ。

 空中で体をうねらせ、頭から龍となる。

 冬の気を浴びて、体を白く変化させる。

 今回のムラは百四番目だった。

 このような素晴らしい世の中が続く事を願い、徐々に青白くなってきた東へ向かう。




 終わらない旅はまだ始まったばかり。


 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ