【5-01】 ルーザン
んー、いい天気だなあ。
洞窟前広場の草の上に寝転んでいると、温かくて気持ちいい。目を閉じると、自分が寝てるのか覚めてるのかわからなくなってくる。
「あー、やっぱりここにいたんだ」
………ん? なんか今、声が聞こえたような。夢の中で聞こえたのか? ちょっと寝てたみたいだな。
大きな羽音が近付いてくる。これも夢の中か? まだ目が覚めきってないみたいだな。
何の夢だろ? 鳥の羽音にしてはちょっと変だけど、聞き覚えがある。ああ、そうか。これはぼくが飛ぶときの音だ。ぼくが……、つまりドラゴンが……。
「こんにちはー。はじめまして……だよね?」
……!?
いや、今は確実に目は覚めてる。これは絶対に夢じゃない! 慌てて顔を上げると、目の前に一頭のドラゴンが着地するところだった。
緑色の鱗に覆われた体。長い首としっぽ。頭の二本のつのに、背中の大きな翼。指先に鋭い爪が覗く四本の脚。そしてなぜか、背中にちょこんと跨がる人間の少女が二人。
ドラゴンが目の前に。これは夢じゃない……よなあ? 自信なくなってきた。
「私、ルーザン。近くに住んでるの。よろしくね」
「え、あの……。こ、こんにちは」
そのうち他のドラゴンを探しに行ってみようと思っていたから、向こうから来てくれたのは喜ぶべきなのかもしれないけど……。予告もなく突然は困るなあ。まだ何も考えてないんだけど、こんな時はどう対応すればいいのだろう?
目の前のドラゴン――ルーザンと呼べばいいのかな?――がお腹を地面に付けて座り込んだところで、低くなったルーザンの背中から二人の少女が地面へ滑り降りた。二人とも、ぼくの洞窟にいる少女と同じくらいの年齢に見える。
彼女たちは何者で、なぜドラゴンに乗っていたのだろう? 普通の少女に見えるけど、まさかドラゴンの騎士とかではないよな?
その時、洞窟の方から物音が。洞窟の中にいた少女が、騒ぎを聞いて出てきたらしい。
「あ、あなた、もう巫女もいるのね」
「みこ……?」
いまいち理解できてない顔のぼくに、ルーザンが首を傾げる。
「あの子、あなたの巫女じゃないの?」
巫女? そうなの?
「なんか、ずっとここにいて、体拭いたりしてくれるけど……」
「うん。それ、普通の巫女ってことでしょ?」
巫女ってそういうものだったっけ? それに……。
「むしろ、生贄としてここに来たような……」
ルーザンが吹き出した。
「たまに勘違いしてる人間がいるって聞いたことあるけど、本当にいるんだね」
え、あれって勘違いだったの? というか、勘違いで済むような話なの?
「でも、巫女がいるってことは、もうここに来てしばらく経つんだよね?」
「あー、1ヶ月……くらい? もうちょっとかも」
「印、まだついてないよ。忘れてるんじゃない?」
印? 何の印?
「もう巫女までいるのに、今さら他の洞窟に移ることはないでしょ? エルンでいいよね?」
「えるん……?」
そんなに次々と新しい言葉を出されても、頭が追い付かないんだけど。相変わらず何もわかってない顔のぼくに、ルーザンが首を傾げる。
「だって、ここはエルンの洞窟でしょ?」
いや、知らない。エルンの洞窟って何?
「知らないで入ったの?」
ルーザンが目を丸くする。えっと、どうしよう? 知ってるふり……で、ごまかせる相手とも思えないしなあ。
「もしかして、ずっと遠くから来た? そう言えばあなた、今まで会ったことないよね? どのあたりから来たの?」
「えっと……」
ここでいきなり別の世界から来たなんて言ったら、さすがに呆れられるかもしれない。とりあえず、当たり障りのなさそうなところでごまかしておくか。
「あっちの、海の向こうから」
「え……!?」
そのとたん、ルーザンが驚いた顔で固まってしまった。そんなに驚くことなのか? 嘘ではない範囲内で、なるべく普通の答えを選んだつもりだったんだけど……。
「向こうの大きな陸地で生まれて、海を渡ってこっちに来たってこと?」
「あ、うん。まあ……」
厳密に言うと、生まれたのとは少し違う気もするけど。
「そっか、だから……。うん、それで……」
えっと、ぼくには何がどうなっているのか全然わからないんだけど……。ルーザンは、頷きながら勝手に何かに納得しているらしい。
しばらく考え込んでいたルーザンは、やがて顔を上げ、改めてぼくを見た。
「あ、あの……。とりあえず、おかえりなさい」
「え、あ……。た、ただいま」
いや、思わず返事してしまったけど、何の話?




