三十四.フエドリ
俺は寝ているシューズの頬を軽く叩いた。
「シューズ、起きろ。どうやら面倒な事になったらしい」
「Zzz…………ふぇ? あ、おはよーイシハラ君」
「おはよう」
今はもう夜だがそんな事はどうでもいい。なんか飯食ってたらシューズは寝てたしムセン達は消えるし普通じゃない事が起こっていたみたいだ。
夜逃げしたのかと思ったがムセン達が異世界で借金しているのを見た事がないし、飯に夢中だったとはいえ周囲に借金の取立ての気配は全くしなかった。つまり夜逃げではないという事だ。
夜逃げでないとするなら次に考えられるのは……食後の散歩だがムセン達の分の夕飯は手をつけられず残っている。つまり散歩でもない。
戦闘向きではない三人だけが突如こんな場所で消える理由なんて一つ。魔物か何かに連れ去られたと考えるのが自然だろう。
「そーなの? じゃあ助けに行こうよ」
「斯くあるべき」
「でも何処にいったかわかるの? 霧が濃くてよく見えないよー」
「これを使えばいい」
直前に聞いておいて良かった、『お気に入り登録』。
お互いにお気に入り登録していれば相手の位置がわかるとか何とかカントカ。俺とムセンはまだ互いにお気に入り登録をしている。
つまり簡単に場所がわかるという事だな。
俺はステータスオープンをして適当にいじってみた。ふむ、ムセンの個人情報によればムセンは今ブッコロリ森の中にいるらしい。
他の二人がどこかはわからないがたぶん一緒にいるだろう。
「森の中に入ったみたいだ、行くぞシューズ」
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<ブッコロリ森林>
森の中はとても暗くたたでさえ霧が深いせいで足元さえよく見えない。とても静かで風にそよぐ葉の音と俺達の足音しか聞こえない。
シューズと俺は手を繋ぎながら森の奥へと歩を進めた。
「ねぇねぇイシハラ君、一つ聞いてもいいかな?」
「仕方あるまい」
「イシハラ君はさー、どうしてアタシとの結婚を受け入れてくれたの?」
「受け入れていない、時が経ったらと言ったんだ」
「でも普通だったら断るよー、アタシはどうでもいい人にプロポーズされたら何年後でも断るもん」
「そんなの付き合ってみないとわからないだろう」
「わかるよー、アタシは最初にイシハラ君見た時に感じたもん。『あ、この人と結婚するんだ。したい』って」
「お前はそうかもしれんが俺は違う。時間を共有しないとわからない事もある。それを確認してから決める」
「うーん、そっかぁ。そうかもしれないね、今のところアタシと結婚してもいい?」
「構わぬ」
「やったー♪ ふんふーん♪」
「そもそも何でそんなに結婚にこだわるんだお前」
「……うーん、少し長くなるけどいいかなぁ?」
「駄目だ」
「わかったー、いつかイシハラ君の都合のいい時に話していい?」
「ならばよし」
「うん、待ってるよー」
そもそも今そんな話をしてる場合でもないしな。
鬱蒼と生える草葉を掻き分けるような音が周囲に響き始めた。魔物達のお出ましのようだ。
「雑魚がいっぱい来たぞ、仕方ない。やるか」
「うん、やろー」
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「すごいねーイシハラ君、魔物が全部どっか吹き飛んでいったよー」
俺は以前魔物を掃討した技術『交通整理』で魔物を全部吹き飛ばした。面倒な雑魚にはこれに限る。もうずっとこうして誘導してれば魔物とかこの森からいなくなるんじゃないか?
疲れるからやんないけど。
「イシハラ君、あそこに洞窟みたいなのがあるよ?」
「反応はそこだな、行くとするか」
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<洞窟内部>
「何にも見えないねー」
「これは灯りがないと無理だな、辺りに何があるかもわからん」
俺は手探りで岩肌を触ってみる。
サッサッ……むにゅ、もみもみ。
「柔らかい、魔物か?」
「イシハラ君、それアタシの胸だよー」
「そうか、すまん」
「イシハラ君にならいーよ? もっと触る?」
「また今度だ」
「わかったー」
そうだ、スマホのライトを使えばいいんじゃないか。俺はポケットの中を漁る。
ん? スマホがない? あ、そうか。スマホは俺の『技術』とやらになってなくなったんだっけ。代わりにポケットの中には【警笛】があった。そういえば警備員の格好のまま異世界に召喚されたから持っていたんだっけ。アマクダリに制服を渡す時に外してそのまま忘れていた。
『異界アイテム【警笛】を使用しますか?』
目の前にはまた何か文字が出た。
ピーーーーーーーーッ!!
いい加減にしろ、俺の持ち物の使用の可否を何故問われなきゃならない。イライラした俺は景気づけに警笛を使用した。
「わっ、ビックリしたよー。何の音?」
暗闇で何も見えてないシューズが驚く。
すると突然、口に咥えた警笛が煙になったような気がして辺りに充満してるような気がした。気がしたと言うのは暗闇で何も見えないからだ。何かランプから出てきた魔法の妖精が現れたような効果音も聞こえた気がした。気がしたと言うのは暗闇で何も見えないからだ。大事な事なので二回言った。
「初めまして御主人様っ、ぴぃは『フエドリ』のぴぃだよ。よろしくぴぃ」
何だ? 誰かの甲高い声と鳥が羽ばたいてるような音が聞こえるが暗くて何も見えん。
「ん? 誰の声ー? イシハラ君?」
「違う、お前のモノマネの声じゃないのか? 何故今モノマネをする」
「違うよー、アタシじゃないよー」
「じゃあ誰だ? 魔物か?」
「魔物じゃないっぴぃ! わたしは御主人様の精霊だぴぃ、御主人様のアイテムから産み出された御主人様の精霊だぴぃ!」
なんかピーピーうるさい。何も見えないし、何の話をしてるかもわからん。
「イシハラ君、誰かが何か言ってるよ?」
「きっと魔物だろう、見えないが適当に剣でも振ってみるか」
「や、やめてっぴぃ! 話を聞いてほしいっぴぃ!」
「イシハラ君、一回戻る? 木でたいまつでも作ろっか?」
「名案、そうすべき」
「じゃあ戻ろー」
こうして俺達は一旦引き返す事にした。
「置いていかないでほしいっぴぃ! お二人とも話を聞いてほしいっぴぃ!」