百三十九.事故ったら必ず病院へ
日本国内では珍しい『環状交差点』。
ドーナツ型になっており、そこでは時計回りにクルマがゆっくりと走る。中心部は走行不可能空間であり、進入したクルマはドーナツの上下左右ーー東西南北に接した道路のいずれかに周って出ればいい。信号機も標識もないために初見で走るには中々難易度の高い道路だ。
ファンタジー世界で何の説明をさせてんだこの野郎。
日本国内には数えるほどしか無いために、ここに行った警備員も少ないだろう。かくいう俺も一度しか行った事はない。環状交差点が出来上がった当初の試験運用に伴い、間違って反時計回りで進入するクルマを防ぐ為だ。つまりは右折をさせないため。日本は左側通行なので反時計回りだと逆走になって大惨事になってしまうのだ。
「なっ……なっ……何これぇっ!? そ……某の『漢花道舞台』がっ……強制的に閉じられたぁっ!?」
棒役者はあたふたしてキャラを失っている、てっきり侍口調のキャラかと思っていたが本来は役者であるためになりきっていただけのようだ。
「……信じられねぇ……いとも簡単に職業展開しやがった……普通なら5~6年……才ある奴でも修得に1年以上はかかる筈だってぇのに……ば……ばっはっはっ!!!」
「……はは、もう笑うしかないねぇ……なんだってこんな奴が今まで隠れてたんだぃ………イシハラなら魔王だってどうにかできるだろぅに……」
「……イシハラさんをもう少し知ればわかるはずです。どうにかする気がゼロなんですあの人は……」
プップー
「ひぃっ!!? 何だこの面妖な鉄の塊はっ!? 奇怪な音を出したっ!?」
俺はドーナツの外側の歩道にいたが、棒役者は道路のど真ん中に配置されていた為に走ってくるクルマにクラクションを鳴らされている。
まるで本物のようだが、この職場ではクルマは相手にどのように作用するんだろうか。
初めて出したのでわからない事だらけだけど、安全を喫するためクルマを止めて棒役者を歩道に誘導しなければなるまい。
いや、しかしよく考えれば仕事でもないのに何で俺がそんな事しなくちゃならんのだ。警察の仕事だろう。別にただの領域であって仕事してるわけじゃないんだから、と考えを改めて放っておくことにした。
俺は警備の職業に矜持を持ってるわけじゃないし、プライベートで仕事する正義感を持ってるわけでもない。それに今どきのなろう系は敵を助けたりしないんだからな。
キキーッドンッ
「ぶへぇっ!?」
「あ」
棒役者が轢かれた。
実際に衝突されるのかよこの空間、やはり幻術の類いじゃないわけだ。クルマがゆっくり走っていたから良かったものの高速道路なんかだったら死んでたな棒役者。だが、喩えゆっくりだろうと後遺症が出る事もあるからクルマに衝突したらちゃんと病院に行くんだぞ。
と、いうわけで俺達は無事にレジスタンス入りを果たした。
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〈レジスタンスのアジト 医務室〉
棒役者のケガは職業展開を解くとみるみる回復した。どうやらフィールド内のギミックはフィールド内だけで作用するらしい。気絶したままだったので一応医務室でムセンが看病したが体に異常はないようだった。
医務室には主要人物が全員わらわらと集まっている。
「あんた治癒技術が使えるのかぃ、助かるよ。うちには神官や医者なんて上級職は当然いないからね」
「お役に立てたなら良かったです、イシハラさん。大会の件を聞かなくてよろしいのですか?」
「その件ならミチュリんから聞いたぜ、あいつの説明だと今いち要領を得なかったが……要は友達の不当な処遇を取り消させたいんだろ? 確かに大会で優勝さえすりゃあその職業は王への謁見、意見陳述も可能になる。だが願いが聞き届けられるかは別だ」
「え?! ニャんでニャ?」
「王や教皇ってのぁ何にも左右されない【特別職】って地位にいるからだ、優勝してもなれるのは【上級職】って1ランク下の地位のみだからな」
それはそうだろう、優勝した奴が『王の地位をよこせ』なんて言ってもそれが叶うわけがない。あくまで意見する地位を得るだけだ、王がNOと言ってしまえばそれまで。
要はこの大会は【特別職】とかいう奴等が下々の職業者たちが必死に地位を獲得せんとする様を眺めて遊んでいるだけの余興だ。真剣に相手をするわけない。
「そんな……」
「しかも、だ。喩えばそのお友達が『取るに足らない一般人』であれば処刑を取り消すのも容易だろうが、相手はあの守護貴族。仮に優勝してもその願いを王が叶えるだろう割合は一割もねぇだろう、守護貴族は【特別職】だから当然面子の方を優先させる」
「じゃ……じゃあ大会に出る意味なんかまるでニャいじゃニャいかよぅ……」
「いや、そうでもねぇ。大会の本選は『ストレア王都』の上級区にある闘技場で開かれる、その日だけは勝ち抜いたどんな職業の奴等にも門戸が開かれるのさ」
「成程、狙いはそこなわけか」
「そうさ、だからイシハラ。お前さんは大会に出場して勝ち抜け、大会本選はあらゆる【特別職】が観覧に顔を出す。つまり警護も割かれる、手薄になった牢にいるであろう友達は俺達が助けてやる」
「お前らレジスタンスの目的のついでにか?」
「ばっはっはっ!!! 構わねえだろ? 互いに利用しつつ利用されてやるんだからよ」
まぁ確かに。
つまり俺は囮であり陽動、できるだけ大会を勝ち抜いて目を引いてシューズ救出が為されたら帰っていいわけだ。城に侵入するとか面倒だしそっちの方が楽そうだ。俺が周囲の目を引いていればレジスタンス達の目的も達成しやすくなる、Win-Winなわけだな。
「細かい作戦や役割はこれから練る、大会予選は今から10日後ーー場所は王都隣接のオルベルク地方にある【風天の魔女ビューラーの塔】だ。エントリーは俺らに任せとけ。お前らはここで英気を養っときな」
「10日ですか……確かストレア王都まで普通に行軍すると5日ほど……シューズさんの処刑がいつ実行されてしまうかわからないのが不安ですが……」
「その点については心配いらねぇ、大会日時と被ってりゃあ処刑よりもまず間違いなく大会が優先される。裁判をしている暇もねぇくらいにこのイベントにお偉方は御執心だ、大会が終わってからになるだろうよ」
ふむ、まぁ裁判や処刑にも段取りや人手が必要だからな。ましてや元とはいえ貴族のシューズだ、着いてすぐ処刑なんて事にはならないだろう。どちらにせよ、正面突破が出来ないのならばこの裏道攻略に賭けるしか無さそうだ。
「イシハラさん、お話があります」
「ん?」
色々と考えているとムセンが話しかけてきた、ムセンだけじゃなくーー警備兵一行が全員キリッとした顔をしている。何の用だ?
「私達全員に残り10日間で【職業展開】を使えるように指導してください」
ムセン達は事前に話し合っていたようで全員同じ意見のようだ。
あれが出来るようになれば戦力が大幅にアップするからな、俺も同じ事を考えていた。
仕方あるまい、見込み的には確率0に等しいーーだが、1か8かの賭けは嫌いだが100か0かの賭けは嫌いじゃない。
こいつらが【職業展開】を修得できれば作戦成功率が上がり、できなければ時間が全て無駄になる。
「いいだろう、警備指導を始めよう」




