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真祖赤姫  作者: 龍翠
第四話 赤姫の過去
40/42

04

 村長の言葉に、いえ、と父が首を振った。


「おそらく、それはないでしょう。吸血鬼に噛まれて眷属となった者は、吸血衝動が起きるはずです。どうやらレヴィアには、それがない。つまり……」

「まさか……。真祖、なのか?」

「おそらく。魔力が人よりも多かったのは、このためだったのかもしれません」


 三人の視線がレヴィアへと向く。レヴィアはだんだんと怖くなっていた。吸血鬼は、魔族の中でもかなり特殊な立ち位置だ。強制的に仲間を増やせてしまうのは、吸血鬼のみだと言われている。吸血鬼というだけで、迫害の対象になりかねない。

 このまま死刑か、良くて追放か。不安で胸が苦しくなった。


 だがレヴィアのその心配は、杞憂に終わった。

 今まで通りの生活を送って良いことになったためだ。何があっても人に噛みついてはならないと約束させられたが、そんなことは当然のことなので苦にもならなかった。生きるために血が必要というわけでもないらしく、普段通りの生活だった。

 吸血鬼となって以来、レヴィアの魔力はどんどんと増えていった。当初は赤子なのに大人よりも魔力がある、程度だったのに、今では村中の人間を集めても、レヴィア一人分の魔力に及ばない。誰もが畏怖し、そして。

 期待した。


 レヴィアがいれば、村は安泰だと。誰にも脅かされることなく、平穏に生きていけると。多くの村人が、レヴィアが戦うことを疑っていなかった。

 それを良しとしなかったのは、両親を初め、村長などの年老いた大人たちだ。彼らは、レヴィアの力が戦争に利用されることを怖れた。村を守るだけなら、まだいい。だが、大きな国が、軍が攻めてきた時、レヴィアを守り切れるだろうか。答えは、否だ。

 だから。




 レヴィアは村の西の山に連れてこられていた。草木のない、土塊だけの山だ。その山の頂上に、深い縦穴ができあがっていた。


「レヴィア」


 父が悲しげな顔で言う。母は今にも泣きそうだ。


「お前の力は、強大すぎる。戦争に荷担してしまえば、多くの人間が不幸になるだろう」

「うん……」

「だから……。すまない。俺たちで、守ってやれれば良かったんだが……」

「いいよ。心配してくれたのは、分かってる。恨んでなんかない。でも……」


 ちょっと、寂しいかな。

 淡い笑みを浮かべて、レヴィアが言う。その直後、レヴィアは母に抱きしめられていた。父にも抱きしめられて、自分は愛されているんだなと実感することができた。それだけで、十分だ。


「穴の中に棺がある。魔方陣のある棺だ。それを閉じれば、お前は強制的に眠りにつかされることになる」


 村長の言葉。レヴィアは頷いて穴を見る。底の見えない、深い穴だ。


「どれぐらい眠ることになるの?」

「ちょうど百年だ。自然と目が覚める。百年もあれば、このくだらない戦争も終わっていることだろう」

「うん。そう信じてるよ」


 百年。長い時間だ。間違い無く、両親も、村の人族も死に絶えている。魔族の人なら残っている人もいるかもしれないが、さすがにレヴィアのことなど忘れてしまうだろう。

 穴の前に立つ。最後に、ここに集まっている人々を見る。両親を見る。泣いている二人を見ていると、レヴィアの瞳からも涙がこぼれてきた。


「お世話になりました」


 そうして頭を下げて、レヴィアは穴の中に跳び降りた。

 底にあったのは、棺だけだ。フタには複雑な魔方陣が描かれている。レヴィアは棺の中に入ると、魔力を動かしてフタを閉めた。

 そしてすぐに睡魔がレヴィアを襲い、ゆっくりと微睡みの中に落ちていった。




 目を覚ましたレヴィアは、棺のフタを開けようとして、しかし開けられずに首を傾げた。予想以上に重い。そしてすぐに、その理由に思い至った。あの縦穴はどうやら埋められているらしい。きっと村の人たちが埋め戻したのだろうとは思うが、出る方法に困ってしまう。

 途方に暮れて、もう無理矢理出ようかと考え始めたところで、不意にレヴィアの体が浮かんだ。困惑している間に、あっという間に目の前の光景が歪み、一転して荒野に変じた。


「へ?」


 周囲を見る。どうやらここは、レヴィアが眠った山の頂上らしい。転移魔法、だろうか。古代にあったという伝説の魔法だ。使ったのは、やはりこの人だろうか。

 そう考えながら目の前に立っている女を見る。柔らかな微笑みを浮かべる女で、長い金髪が風に揺れている。レヴィアが視線を鋭くすると、彼女はどこか困ったように眉尻を下げた。


「あなたが目覚めるのを待っていました、レヴィア」

「はあ……。誰ですかあなた。どうして私を知っているんですか?」

「ずっと見ていましたから。眠る時から、いえ、生まれた時から、ずっと」


 意味が分からず首を傾げるレヴィアに、女は言った。


「私の名は……」


 女が口を動かすが、聞き取れない音だった。いや、音は聞き取っている。ただ、何と言っているのか、どう発音していいのか分からない音だ。レヴィアの表情からそれを察したのだろう、女はどこか悲しげに眉尻を下げて首を振った。


「ごめんなさい。人間には認識できないのでした。そうですね、立場で言えば、女神です。この世界の管理をしています」

「はあ……。胡散臭いですね」

「ええ、そうでしょうね。ですから名前を名乗りたかったのですが」


 当然ながら信じられる話ではない。これほど怪しい人間を信用できるはずもない。女は少し考えると、では、と手を振った。


「この子たちを見れば信じられますか?」


 唐突に姿を現したのは、大小様々な生き物だ。いや、生き物の姿を借りた何かだ。それら全てが、体の全てが火や水といった自然界にあるものでできている。それらの存在を、レヴィアは知っていた。

 精霊。この世界を管理する存在。彼らの最上位に位置するのが神だと言われている。神はともかく、精霊たちはずっと昔からその存在が確認されていた。

 精霊たちを従える女。つまり、本当に神様なのだろう。


「えっと……。女神様が私に何の用ですか?」


 女の姿を取っているのでそう呼んでおく。女神は信じてもらえたことに安堵した様子を見せて、そしてすぐに真剣な表情になった。


「あなたが眠り、目覚めるのを待っていました。あなたに、お願いがあります」


 それを聞いて、レヴィアは顔をしかめた。このお願いがろくなものではないことはすぐに分かる。ここから見える景色を見ているだけで、分かるというものだ。

 荒廃が進んでいる。確かにレヴィアが眠る前からこの辺りは荒んでいたが、それでも草木一本生えていないということはなかった。それが今では、草木どころか生命のかけらも感じられない。これが意味するところはつまり、百年も経っているのに戦争は続いているということだ。

 戦争のなくなった未来で生きて欲しい、という両親の願いは、最初から破綻してしまった。レヴィアにはどうすることもできないことだが、とても申し訳なく思ってしまう。


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