02
「さて」
レヴィアの声が耳に届き、アスカが姿勢を正した。レヴィアを見つめる。レヴィアも、目を逸らすことなくアスカを見ている。
「改めて、アスカは何のために私に会いに来たの? 復讐が目的なわけでもないみたいだし」
「うん……。復讐が目的だったらどうするの?」
「ん? んー……」
考えるように空を見て、まあ、うん、と何度か口の中で音を発してから、アスカへと言う。
「アスカになら、いいかな、とも思う」
真っ直ぐに見つめつつの言葉。それが本当だと分かるが、アスカにとっては納得できるものではない。
「ふざけないで」
アスカが睨み付けて言うと、レヴィアは驚いたように目を瞠り、そして肩をすくめた。
「ごめん。でも聞いてきたのはそっちなのに」
そう言えばそうだった。う、とアスカが黙ると、レヴィアは小さく笑ったようだった。
「まあ、いいけど。それで?」
「えっと……。レヴィアのことを、ちゃんと知りたいから。どうしてこんなことを続けているのか、とか。理由、とか?」
「調べてたよね。推測でいいから言ってみて。正解に近ければ、全部正直に話す。遠ければ、ここでさよなら。お互いにもう関わらないようにしよう」
それは少しずるいと思う。ここまで来たのだから、教えてくれてもいいと思うのだが。しかしレヴィアはもう言葉を覆すつもりはないようで、じっとアスカの言葉を待っている。仕方なく、アスカはため息をつきながらも、今までの経験からの推測を口にした。
「レヴィアは人間が憎くて敵対してる、とかじゃない。レヴィアは、この世界を救おうとしてる。世界中に魔力が行き渡るように、魔力不足で滅びないようにしてる」
「ん……。どうしてそう思うの?」
「えっとね……。資料で見たんだけど、昔はもっと世界は荒廃してたんだよね。それが、この千年で緑がたくさん戻ってきて、今までは山奥とかにしかなかった薬草も、たくさん見つかるようになってる」
「因果関係がなくなってる。仮にそうだとして、私が人間を殺す必要性はない」
「うん……」
ここまで話したところ、レヴィアの表情は動いていない。正しいか、間違えているか、それすら分からない。それでもアスカは、続けるしかない。
「千年前の、人族と魔族の関係性の違い」
アスカがそう言うと、初めてレヴィアの表情がわずかに動いた。すぐに無表情に戻っているが、アスカはそれを見逃さなかった。
「今でこそ人族も魔族も互いに協力してるけど、でもそれって結構、薄氷の上だってことは、旅をして気づいたよ。価値観や肉体的な違いから、よく諍いが起こってるから」
「ん……」
「それが曲がりなりにも協力できているのは、共通の敵がいるから。赤姫が、いるから」
「…………」
「赤姫が現れる前は、戦争が続いていたって記録が残ってる。世界中で戦争が起こっていたって。その戦争で使われていた兵器は、魔道具、だったんだよね」
「ん……」
レヴィアが小さく頷いた。やはり、アスカの推測は、間違っていないらしい。
間違いであってほしかったが。
「世界中の戦争で使われていた魔道具が、赤姫個人に向く。当たり前だけど、今までの魔道具全てを同時に使うことなんてなくなるから、自然と魔力の消費量が減る。魔力の消費より供給の方が増えてきて、少しずつ、魔力が満たされてきて……」
その場から周囲を見る。緑に包まれた山。きっとここも、当時は荒れ果てた山だったのだろう。
レヴィアへと向き直り、アスカは言った。
「レヴィアは、世界の敵になることで、兵器が、魔力を大量に使う魔道具が使われる頻度を減らして、魔力を世界に戻した。今もまだ戦うのは、赤姫という恐怖を忘れさせないように、敵意を自分に向けさせて、大きな戦争が起こらないようにするため」
これが、アスカが旅をして考えついた推測だった。
どうだろうか。レヴィアを見る。レヴィアはいつの間にかアスカから視線を逸らし、俯いていた。じっと、彼女の言葉を待つ。しばらくして、少しだけ震えた声で、レヴィアが言った。
「概ね、正しい」
「うん……。そっか……」
アスカは、ゆっくりと、ため息をついた。
アスカの推測が正しい。それはつまり。
この世界を守るために。人間たちを守るために。レヴィアは世界中の憎悪を一身に受け続けているということだ。
とても長い間、たった一人で、救うために殺し続けた。十のために一を犠牲にする。救うために、殺す。その矛盾を抱え続けてきたレヴィアは、どのような想いで今まで戦い続けてきたのだろうか。
「レヴィア……」
アスカが呼びかけると、レヴィアは息を吐き出し、そして無表情の仮面を破った。
どこか、疲れたような、悲しげな笑顔がそこにあった。
「すごい。素直に感心する。まさか、その答えにたどり着くとは思わなかった」
「そう、なのかな。一つずつ考えれば、案外分かりそうなものだけど……」
「無理だよ。だって、多くの人が私への憎悪がある。その答えにたどり着けない。たどり着けたとしても、口封じするしね」
クラウみたいに。
付け加えられたその名前に、アスカが表情を歪める。分かっていても、やはり、クラウを殺した事実を聞くと、胸が締め付けられるように感じてしまう。
お互いに気まずい沈黙が流れる。それを破ったのは、レヴィアだった。
「ん……。十分だね。それで、私の何を知りたいの? 他言しないと誓うなら、何でも教えてあげる」
「そ、そう……? それじゃあ……」
ようやく手に入れた、たどり着いたこの時間。だが、聞きたいことの最たるもの、答え合わせは終えてしまった。あとは、何を聞けばいいのか。
「えっと……。ちなみに、いくつまで?」
念のためにそれを聞いておけば、レヴィアはどこか呆れたような目を向けてきた。
「そんなにたくさん聞きたいことがあるの? 欲張りだ」
「あ、あはは……」
「ん……。いいよ。いくつでも。いつまででも。アスカに付き合う」
「ありがとう。それじゃあ、一つ目だけど……。今もまだ友達だって思っていいんだよね?」
これはアスカにとっては大事なことだ。長い間、レヴィアのことを調べ回っていたという自覚はある。それはやっぱり、気分のいいものではないだろう。だから、レヴィアの真意を知れた以上、彼女が拒絶するなら、不本意ではあるが離れないといけないと思っている。
内心での緊張は表に出さず、静かに返答を待つ。じっと見ているレヴィアの表情は一瞬だけ眉をひそめたものに変わり、そしてすぐに目を逸らした。やはり嫌われたかなと落ち込みかけたところで、
「アスカに、任せる」
短い答えが返ってきた。




