後日談 見守る日々
「奇蹟の少女と運命の相手」の最終回と連動していますので、そちらもご覧ください。
セリィ、お前を喪ってから、もう8年にもなる。
思えば俺ももう64、長生きしたものだ。
お前がいてくれない日々はとても空虚で、俺の人生がお前の存在によって彩られていたことを噛みしめる毎日だ。
マリーを見守るというお前との約束が俺を支えてくれていなかったら、とっくに倒れていただろう。
マリーには驚かされるばかりだ。
お前の仮喪が明けた途端に突然婚約したかと思えば、喪が明けてすぐに結婚してしまった。
待ち望んでいた運命の人だと、えらい喜びようでな。
驚け、相手は、マリーが幼い頃に護身術を教えていた少年なんだ。
公爵家の跡取りが、護衛と結婚したんだぞ。
それを陛下に認めさせたこともすごいが、これまでのんびりと構えていたのが嘘のように、子供を3人も産んでな。
その上、研究所では、揺れない馬車を作ったり、織物の機械を作ったりと、農産物以外のものまで手を伸ばしている。
忙しすぎやしないかと心配にもなるが、たまに顔を見に行くと、とても楽しそうにしている。
領地にいた頃のお前を思い出すよ。ノアが産まれるまでは、お前もあんな風に元気で楽しそうだった。
いや、その後も、楽しそうにしているのは変わらなかったな。
いつも笑ってくれていた。無理して笑っているんじゃないかと不安になったこともあったが、本当に心からの笑顔だったんだと今は信じている。
お前との別れは、今でも夢に見る。
「あなたがいたから、私は幸せに生きられました」…あの言葉があったから、お前は最期まで幸せだったんだと、そう信じられる。俺はお前を幸せにしてやれたんだと胸を張れる。
マリーを見守る。お前との最後の約束だ。
マリーが幸せになったと確信するまで、ちゃんと見守るさ。
大丈夫、お前との約束を果たすまでは俺は死なない。たっぷりと土産話を抱えてお前に会いに行くとも。俺がお前との約束を破ったことがあったか?
俺も、お前のお陰で幸せだった。
思いがけず5人もの曾孫に恵まれたしな。
父上も母上も、曾孫が生まれるまで生きられなかった。
オルガのところの子達には一、二度しか会っていないが、マリーの子供達にはよく会うぞ。
中でも長女のマリーベルは、お前によく似た可愛い子だ。
公爵邸に顔を出すと、寄ってきて俺の膝に乗ってくるんだが、マリーが幼い頃お前の後をついて歩いていた姿を思い出すよ。
まあ、俺はベルに何かを教えてやっているわけでもないんだがな。
「ひいおじいさま」と呼び掛けてくるベルの笑顔は、俺に生きる気力をくれる。
「ひいおじいさま、ベルはリアンさまとこんやくしました!」
満面の笑みで駆け寄ってきたベルは、なんだかとんでもないことを口にした。
婚約? まだ4歳なのに?
「婚約したって、誰と…ああ、いや、“リアン様”というのは、どなただね?」
「王子でんかのリアンさまよ。ベルのうんめいの人なの。ベルはリアンさまの“きさき”になるのよ」
王子!? 「リアン様」ということは、セルリアン殿下か。次期王太子じゃないか。ああ、いや、ベルは公爵家令嬢だから、おかしくはないんだな。
はしゃいでいる様子を見れば、本人も乗り気であることはよくわかる。
セリィ、俺達の曾孫は、王妃になるらしい。
もうじきガーベラス様も勇退してマリーが研究所の所長になるそうだし、マリーは完全に独り立ちしたようだ。
俺は、お前との約束を守れたんだと胸を張っていいかな。
正直、そろそろお前のところに行きたいんだ。
マリーが所長を継いだ翌日の朝。
主を起こしに行った執事は、息を引き取っているのを発見しました。
安らかな死に顔だったそうです。