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グロウ・アップ  作者:
12/14

12話「昔の栄光」

 佳樹の母、美雪。

 彼女の壮絶な人生は、ちょっとした、命までをかけるゲームに奪われた。

 ゲームのシステムからすれば、こんなの一つのプロセスにすぎないのだろうが、佳樹にとってはその死はわけのわからないもの、あるいは人間の法則すら捻じ曲げてしまうもの、と理解した。そうして佳樹は、記憶を取り戻す。生まれたころからなぜか存在する記憶。通常の人間には不可能な、全て見たものを記憶する能力。


 佳樹は自分の脳という膨大なコンピュータの中の感情を司る部分を半分以上消して作られた記憶媒体の中から「佐田美雪」というフォルダを読み込み、脳内で再生した。


 ――――――

 「やっと生まれたよ、私の子供。生まれたのが男の子だったら佳樹って名前にしようって決めてたんだぁ。…どうしたの敏樹としきくん。怒ってるの?」

 佐田敏樹は、佳樹の父親だ。どうやら、佳樹が生まれたことに不満を感じているらしい。

 敏樹は、自らの手を握り締めながらつぶやいた。

 「こいつ、何か嫌な道に進みそうなんだよな。不登校とか、いじめとか。最悪、ニートにはならないようにしないといけないけどな」

 「もうっ、敏樹くん。そんなこと言っちゃだめでしょ。せっかく生まれてきたんだから。でも、まさかかもしれないね。記憶力がものすごかったり、感情がなかったり」


 それから一年がたった。

 「やっと歩けるようになったね、佳樹」

 「ああ、そうだな。でもこの歩行器役に立ったか?」

 「立ってないとは言えないでしょさすがに。結構使ったよ」

 「まあそうだな」

 そんなたわいもない会話を終えた彼らは、まさか、ここに喋る第三者がいるとは思っていなかった。

 「やくに…たってない」

 「ああっ! 佳樹が喋った!」

 「流石に早くないか?」

 「あるけたのは…ぢぶん。ほこうき…あるいてない」

 「しかも片言じゃないよ!」

 「なにかおかしいな」

 「ぢぶん…おかしくない。ぢぶん…にんげん」

 「そうだよねぇ」

 「一度病院に連れて行ったほうがいいのでは」

 そして病院で検査を受けた。佳樹は抵抗しなかった。検査の結果、どこも悪くないと分かった。


 そのとき、美雪は確信した。

 「これは、私の後継者に使えるかな。やっとできたよ、伴子ちゃん」


 二日が過ぎた。

 敏樹は出かけているとのことなので高校時代の旧友、御小西伴子を誘った。

 伴子はすぐにやってきた。

 「やあ美雪。これが君の後継者かい?」

 「そうみたい。もう言葉をしゃべるんだよ」

 「こうけいしゃって、なに?」

 佳樹は御小西に向かって得意技を放った。

 「佳樹君といったね。それは、後継ぎのことさ。簡単にいえば、佳樹君は美雪の後継者だ」

 「でも、わざわざ、おやこなら、こうけいしゃ、いわない」

 「ふふっ。それはね。君の親、即ち美雪が死ぬ時にわかるよ。そのときはね、私が君を助けてあげよう」

 そんな約束は、佳樹も、御小西も覚えていなかった。


 その日の真夜中。

 「今日もポイントためて、いつか一位になるぞぉ!」

 「みゆきさん、ぽいんとって、なに?」

 このころからすでに美雪のことを「みゆきさん」と佳樹は呼んでいた。死ぬときまで、ずっと。

 「このゲームの点数だよ。私が死んだら、君にもいいものを見せてあげるからね」

 このときはまだ、美雪は百五十三位だった。


 二年後。

 佳樹は窓ガラスを割ってしまった。敏樹は今日は許さないという覚悟でいた。なぜならいつも佳樹が生意気なことを言うからである。

 「こらっ佳樹!窓ガラスを割ってはいかん! 反省しなさい!」

 「反省ってなんだろう。そんなことしなくても、善悪を『記憶』すればいいだけじゃないの?」

 いつもこうだった。一回目あたりは、「じゃあ、これはいけないことだ。記憶しなさい」と言っていたが、流石に何回も言われるとカチンとくる。ただ、そういうといっさいそういうことをしなかった。「袋を開けちゃだめだ」と言われ、その後「この袋開けて」と言っても首を横に振っていた。

 三時間続く大論争だった。勝者は佳樹。そして約束通り、窓ガラスを割るというプロセスが悪いことだ、と言う事を記憶した。


 その日の夜。

 「おおっ、これはすごいっ、もうすぐで一桁行きそうだ!」

 「一桁行くと何かいいことがあるの?」

 「すっごく名誉なことなんだよ。一万人ぐらいいる中で十番まで入るんだよ」

 「僕にはわからない。そんな良さ」

 このとき、美雪はまだ十三位だった。


 二年が経過した。

 佳樹の前では離婚の話が繰り広げられていた。

 「もう離婚しよう。お前とはやっていけない」

 「私、君とやっていくなんて言ったかなぁ?」

 「佳樹はどっちのものにするんだ」

 「もちろん私のものだよ」

 「いいや、俺のだ」

 と、そこで本人が意思表示をした。

 「僕は美雪さんについていく」

 「ほらね。交渉成立。さあ、出て行って」

 「チキショー!」

 そして佳樹は、シングルマザー佐田美雪のものになった。


 その日の夜。

 「ほらみて、佳樹。やっと一位になれたんだ」

 「やっぱり、凄いことなんだね、一位って」

 「うん、凄いことなんだよ」

 その時、美雪のポイントはまだ豊富にあった。


 数年が経過した。今は小学三年生。でも、ここからは、その日死んでしまう美雪の話。

 「伴子ちゃん、いままでありがとう」

 「おいっ、どうしたんだよいきなり」

 「私、もう死んじゃう」

 「なんでだよ。死ぬ理由なんかないだろ!?」

 「あるの。今私のポイントね」

 「えっ!?」

 「一しかないの」

 御小西は衝撃を感じずにはいられなかった。

 「じゃあ、私から美雪に最期のアドバイスだ。GROWUPを佳樹君に教えろ。死ぬならそれからにしろ」

 数時間後佳樹は帰ってきた。

 「ただいま」

 「おかえり、佳樹、君にいいものを見せてあげるよ」

 「なに?」

 「このゲーム、君にあげる。説明書はないけど」

 「うん、わかったよ」

 佳樹はPCゲームを起動した。

 そこには「GROWUP」と書かれている。

 「そこにいろんな人がいるから、選んで」

 佳樹は迷わずkillerを選んだ。

 「おもしろいね」

 「そう。これが君のもう一つの世界。よくできた世界だね」


 それを遺言に美雪は夜死んだ。

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