第15話 予想外の変化
普段は鬱屈で学校に行く月曜日も、こうも波乱の週末を終えた後だと、かえって平穏な日常に帰ってきたような感覚になる。悪くない。
それに、今週が終われば念願のゴールデンウィークもやってくる。もちろん部活はあるが毎日では無いし、来週こそは自宅に籠ってチルな休日を満喫するとしよう。
そんな風に先の予定を立てていると、あっという間に高校に到着した。
少し浮いた気分で廊下を歩いている中、思い出されるのは土曜日の一件。
宝生と姫野が実は幼馴染であると言う衝撃の事実が判明したものの、彼らは学校では互いに関わらないようにしているし、俺と水無月に関しては言うまでもない。
つまり、表向きには何も変わることはないはずだ。宝生はいつも通りダル絡みしてくるだろうが、アレをのらりくらりと躱すのにももう大分慣れた。
姫野との絡みを見るに、アイツなりの愛情表現なのだと思えば少し可愛く思えて……いや、可愛くはないな。
うちのクラスのHR教室に辿り着くと、中から聞こえてくる騒めき声がいつもよりも大きいような気がした。
何かあったのだろうか。……気のせいか、少し嫌な予感がする。
「お、藤咲くんだ」
何となく扉の前で立ち止まっていると、後ろからそう名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには最近見慣れた黒髪のポニーテール。
「おはよ」
「え……ああ、おはよう」
ただの挨拶とはいえ、まさか学校で彼女に話しかけられるとは思っておらず、つい言葉がつっかえかける。
まあ、もう初日のことも周囲の記憶からは薄れているだろうし、別に多少話すくらいは問題ない。
問題があるとすれば、彼女の隣にいるもう一人の女子の方。
背中の中ほどまで伸ばしている、絹のように滑らかな黒髪。パッチリと開いた大きな瞳。雪のように白くきめ細やかな肌。
顔立ち自体は童顔だが、すらりとした体型と整った姿勢も相まって、全体としては凛とした印象を受ける。
文字通りの美少女。姫野と水無月に見慣れて目が肥えていてもなお、断言できる。
「……おはようございます。藤咲さん」
「おはよう。えっと……米原、だよな?」
「はい」
米原美月。姫野、水無月とともに、高嶺の花的存在の三人組としてクラスで注目を集めている生徒。
「そっか。二人は面識ないんだっけ?」
「そうですね。……私としてはむしろ、琴里さんと藤咲さんの関係の方が気になるのですが……」
「え? ああ、入学式の日にちょっと助けてもらってさ。そこで少し話した感じ」
「……なるほど。そういうことでしたか」
水無月があっさり答えると、米原は合点がいったような顔になる。その様子だと、水無月は土曜日の一件について彼女には話していないのだろう。
米原美月、彼女に関しては未知数だ。姫野と同じく水無月の友人ではあるものの、姫野ほど考えていることが分かりやすくはないし、水無月から彼女の話を聞いたこともない。
……まあ、品行方正な優等生といった感じなので、宝生ほど厄介な性格をしていることはないと思いたい。
そんな風に思考を巡らせていると、ガヤガヤとした教室内の喧騒が一段と大きくなった。
「なんだか、今日はにぎやかですね」
「ね。月曜日なのに。今日って何かあったっけ?」
「いや、特に何もないはずだが……」
一限から六限まで、至って普通の座学が詰め込まれているだけで、休み時間や放課後に何かあるわけでもない。
……やはり嫌な予感がする。
とはいえ、このまま廊下で立ち止まっているわけにもいかないので、恐る恐る教室前方のドアを開ける。
教室内の様子は、一見すると普段と相違なかった。入学からもうすぐ一ヶ月が経とうとしている中、大半の生徒がそれぞれ築いたグループで輪になって談笑している。
しかし普段と違うのは、彼らの視線が皆ある一点に集中していること。それを認識すると、彼らの談笑が途端にひそひそ話に見えてくる。
そして、その視線の向かう先というのが……教室の廊下側後方……俺の席があるエリアだ。
頭の中で危機感知センサーがビンビン鳴っているものの、自分の席に向かわないわけにはいかないため、諦めてそちらに視線をやる。
もしこれで「お前の席ねえから」状態だったらどうしよう、なんて懸念が当たることはなく、俺の席はいつもと変わらない様子でそこに佇んでいた。
異常があったのはその一つ前の席の方。
そこには、その席の住人である宝生結斗と──彼の机に肘をつきながら談笑している幼馴染の姿があった。
……おいおい、話が違くないか。
たまらず背後を振り返ると、後から教室に入ってきた水無月と米原も目が点になっている。……だよな。何も聞いてないよな。
「お、藤咲来たね」
「あ、ホントだ! てか、ことりんとみっちゃんもいるじゃん。おはよっ!」
姫野がブンブンとこちらに手を振りながら、元気な声で俺たちを呼ぶ。
分かってはいたが、流石にこの状況でスルーは無理そうだ。
なぜ? このタイミングで急に?
……いや、思い返せばきっかけはあった。
『ふーん。じゃあ、夕奈も僕と付き合ってるって噂されても気にしないってこと?』
『まあね。不覚ではあるけど、噂は噂だし』
『……へぇ』
……あれ、その場限りでの意地の張り合いじゃなかったのかよ……!
俺と、恐らく同じように土曜日のことを思い返しているであろう水無月がフリーズしている中で、沈黙を破るのは——
「これまた見ない組み合わせですね」
当然、何も知らないもう一人。米原美月しかいないわけで。
「そうかもね。聞いて驚くかもしれないけど、私達実は幼馴染なんだ!」
「幼馴染というと、小学校や幼稚園以前から仲ということでしょうか。それなら、なぜ今まで……」
「それはなんか、私達がいつも三人でいるから、結斗も声掛けにくかったみたいでさ~」
予め回答を用意しておいたかのように、米原が疑問の口にし終える前に姫野が食い気味でそう答えた。
いつもなら違うと否定しそうな宝生も、今は控えめな笑みを浮かべながら大人しくしている。
「なるほど……それなら、これからは私達に気を遣わなくてもいいですよ。ね? 琴里さん」
「え?」
突然のキラーパスに、水無月はビクリと肩を震わせる。
事情を知らない米原からすれば当たり前のことを言っただけなのだろうが、姫野の話が嘘だと分かっている水無月は返答に困るだろう。
あの水無月から分かりやすい動揺を引き出すとは……米原美月、恐るべし。
「あー……うん、そうだね」
当然否定なんてできるわけがなく、水無月は遠い目をしながらも首を縦に振るのだった。




