第13話 意外な一面
今回見る映画は、全編が主観視点で作られているそうだ。俗にPOV形式と言うのだと、宝生がしたり顔で説明していた。
運よく四人並んだ席を確保することができていたようで、席順は、左から宝生、姫野、水無月、俺。チケットを配ったのは宝生だが、意図的に選んだのかどうかは分からない。
まあ、気にしても仕方ない。ひとまず、人生初のホラー映画を楽しむとしよう。
薄暗い廃墟の一本道を恐る恐るといった具合で進んでいく主人公が、カサカサという物音に反応して咄嗟に後ろを振り返った。
しかし、そこには何の異変も無く、ただ自分の歩いてきた道だけが視界に映っている。
あ、これはダメなヤツだ。背後に何もいなかったと油断させておいて、前に向き直った瞬間に出てくるパターン。
以前少し見たホラーゲームの配信を思い出しながら、そんなことを考える。
案の定、主人公が安堵の息を漏らして前へ向き直ると、口が耳元まで裂けた女の顔が眼前に待ち構えていた。
「ひゃあああああーーーっ!!」
シアター内が絶叫に包まれる中、一際大きな叫び声が俺の隣の水無月……ではなく、その隣の姫野から発された。
ああ、貴方もホラー苦手なのね。いや、性格的に苦手そうではあるけども、宝生に連れ回されてるっぽいし、てっきり耐性があるのかと。
そして肝心の水無月はというと、これ以上ないほどに真顔。眉一つ動かさない。
一見すると動じていなさそうだが、先ほど聞いた話を踏まえると、必死に驚きを隠そうとしているようにも見える。普段なら、絶叫した姫野にツッコミの一つくらいは入れているだろう。
その証拠に、先程まで肘置きにおいていた彼女の手は僅かに浮いていた。
これまた見慣れないというか、珍しい姿だなぁなどと思いながら横目で見ていると、我に返った水無月と目が合った。
俺の視線に滲むものに気が付いたのか、彼女はジトっとした目でこちらを睨んでくる。そして、しっ、と言わんばかりに人差し指を口に当てた。
余計なことは言うな、そんな具合だ。瘦せ我慢がバレると、水無月琴里のパブリックイメージに関わる、といったところだろうか。
分かった、という意を込めて、こちらも真似するように人差し指を立てて口元に寄せると、水無月は安堵したように息を吐いてからスクリーンに視線を戻した。苦手なら目を反らすなりすればいいのに、そこは真面目に見ようとするあたり、彼女らしいというかなんというか。
でも、宝生の表情から察するに、多分これまだ序の口だぞ。本当に大丈夫か?
そんな心配を口に出せるわけもなく、その後も映像は容赦なく続いていくのだった。
あれから上映が終わり、映画館を後にした俺たちは、ひとまず商業施設内のファミレスへと移動することにした。
「ふぅー、疲れたぁ……!」
四人掛けのテーブル席に座るなり、姫野がぐでーっとテーブルに突っ伏した。
「そりゃあ、あれだけ叫んでればね」
呆れたようにそうツッコんだ宝生は、姫野とは対照的にピンピンしている。
姫野の絶叫具合は、それはもう凄かった。最初のアレ以降どころか、終盤のホラーシーンでも毎回叫びをあげていたし、ホラー耐性よりも喉の心配の方が先に来るレベル。
むしろ、一周回ってホラーの方は平気なのではないかとすら思えてくる。もし本当に嫌いならば、毎回宝生と一緒に見に行ったりしないだろうし。
「そっちの二人は全然平気そうだったね」
「それ、お前が言う?」
「僕は見慣れてるもん。藤咲なんてホラー映画すら初めてだったんでしょ? ずっと落ち着いてたけど、ちゃんと楽しめた?」
「俺は全然楽しめたぞ。シンプルにストーリーの完成度が高かったし」
「だよね。普通に映画として面白かった」
「ふーん、なら良かったよ」
俺の感想にしれっと便乗した水無月だが、ちゃんとストーリーを覚えているかすら怪しいところだ。
あれ以降もホラーシーンの度に身体をこわばらせていたし、クライマックスで俺の服の袖を摘まんできたときは、「コイツ、心臓に悪いのが苦手とか言いつつ普通にビビってないか?」と内心ツッコまざるを得なかった。
とはいえ、ポーカーフェイスだけは常に維持していたため、常に絶叫していた姫野や席の離れた宝生にはなんとかバレていないだろう。
色々と言いたいことはあるが、この場では黙っておく。
「二人とも凄いなぁ。あたしは話の流れとかもう覚えてないや」
「夕奈はいい加減慣れなよ。もう何回も見てるんだから」
「アレは慣れる慣れないの問題じゃないって、毎回言ってるんだけどなぁ。断らず付き合ってあげてるだけ感謝してほしいよ」
「別に嫌なら断ればいいのに、いつも付いてくる時点でそういうことだよねぇ」
「……カッチーン」
カッチーンて口に出すタイプの人間って実在したのか……。
俺がそんな感慨に浸っている間にも、宝生と姫野の間では喧嘩という名のじゃれ合いがエスカレートしていく。これ、いつもこんな感じなんだろうなぁ……。
あの宝生相手に真正面から言い合いをする姫野が凄いと言うべきか、あの姫野をここまで沸騰させる宝生が凄いと言うべきか……。
すっかり蚊帳の外に追いやられてしまったので、とりあえず水無月に目線を送る。
彼女は俺の視線に気づくと、グッと親指を立てた。ホラー映画の前では珍しく余裕が無かったが、やはりこういう時の水無月は頼もしい。
「そういえばさ、二人って学校では全然話してないよね? そんなに仲良いのに」
水無月がそう話を振ると、二人は同時に口論を止めてこちらを向く。
お、良いんじゃないか? 二人の意識を惹き付けつつ自然に話題を変えたぞ。
「あー、それは変な噂とかされないためにわざとそうしてるんだよ。ほら、結斗ってば無駄に顔だけは良いから」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「お?」
そうして、再び言い合いが始まる。
ダメじゃねぇか、と視線を送ると、返ってきたのは困り顔だった。いやこれ私のせいなの? といった表情。決してそんなことはないが、失敗は失敗だ。
まあ、女子相手に無遠慮に煽る宝生はレアだし、見ていて面白くはある。
「幼馴染でもそういう噂とか気にするものなんだな」
俺がなんとなく思ったことをそのまま呟くと、二人は言い合いを止め、ポカンとした顔になる。
「いや、僕は別に気にしないけどね。そもそも、この話を最初に提案してきたのは夕奈の方だし」
「へぇ、そういうこと言うんだ。あたしとしては、女子におモテになる結斗さんに気を遣ったつもりだったけどなぁ。そっかそっか、余計なお世話だったかぁ」
「ふーん。じゃあ、夕奈も僕と付き合ってるって噂されても気にしないってこと?」
「まあね。不覚ではあるけど、噂は噂だし」
「……へぇ」
うーん……この二人、何か複雑な事情があるのかと思いきや、お互いに意地を張り合った結果拗れているだけなのでは?
隣の水無月も同じことを思ったのか、その顔には苦笑が滲んでいた。
噂がどうだとか、そういう面倒事に巻き込まれるのは御免だが、外から見ている分には面白いな、こいつら。




