捜索
私は資料を探していた。
町にある広いたくさんの本がある図書館の資料室で、あれでもないこれでもないとページを手繰る。
中身を改めた資料はまた棚に戻し、その隣を手に取る。その繰り返し。
あの日。あのとき。あの日付。
アレがあった日の呼び方は私にとって何でも良くて、私がまだ小学生で四手に住んでいた頃の新聞記事を探していた。
『あった』
年度の始めから梅雨に、夏に差しかかったタイミングでそれは唐突に、何の脈絡もなく現れた。
【四手男児一名行方不明】
地方の新聞記事の一面を飾ったその記事はざっくりと曖昧に、あの日起きたことを伝えていた。
内容は実際に体験した身からすると、肝心なところが抜け落ちているように思えたが、情報が不完全なことに怒りはない。
ただ、純粋に何人かの証言を集めて食い違うところを取り除いた結果、そうなっているように感じた。
まあ、当時はゴタゴタしていて、間違った情報も多分に含まれているが、その矛盾が今となっては愛おしかった。
あの日についてまとめているメモを引っ張り出す。
体裁の整った字で表題の書かれたそれが何代目かは忘れてしまったけれど、必要な情報はこれ一つに収まっているので、他は必要なかった。
矛盾点や一致点、特筆すべきことを適宜まとめる。
情報が自分の元に来てしまえば、その記事をいつまでも開いている必要はないので、元あった棚に厚めのファイルを戻す。
祖母からもらった腕時計を見る。
遅い朝に収まっていた時間が昼を過ぎていた。
収穫とこの後に控えていることを思い出して、資料室を出る。
冷房の効きが悪い資料室からごく普通の図書室へ。公共の場所だからか、ここの雰囲気はどこも変わらず、そこに埋もれていた司書に一礼する。
司書はそれを感謝と受け取って、含蓄のある笑顔を返す。安定した長い時間が生み出す笑顔だった。
扉に手を掛け、体重を載せるようにして外へ開く。
『暑い』
外は真上から照りつける太陽と、しつこいくらいの蝉の声、街行く人々で溢れていた。
日差しはそこまで眩しくはなく、水平線に重たげな入道雲が浮かび、降らせる時期を窺っていた。
目的地はそう遠くない場所なので、人並みを避け日影の端を縫うように歩いていく。
ドタドタとした足音が近づいてきて、顔を上げる。私の横を幼い子どもたちが駆けて行く。
いつもの煩わしい記憶が過りかけたが、それすらも夏の猛威に溶けた。
公営の図書館から最寄りの駅を抜け、あるビルに向かう。ビルと言っても綺麗で立派なビルではなくて、雑多で汚ならしい雑居ビルだ。
線路から遠ざかり、駅からの人並みも減った辺りにそれは建っていた。
正面に見える入り口の看板には株式会社や有限会社が名を連ねていて、いかがわしいお店や飲食店なんかもあった。
地下にもペナントの名前が載っていて、本当に用心深いなあと思う。
ビルの裏手に向かうと、そこには花屋と地下に続く扉がある。入り口の側に置かれたボードには店名【root】と今日のおすすめメニューがあった。
前見たときからメニューがいくつか変わっている。そんなところだけ妙に普通のお店らしい。
『依頼か』
地下に降りていく。
水中に潜ったときのような異質な潜る感覚がある。息は出来る分、異物感はマシだが、空気とそれが交換されるような感じがした。いつものことだ。
階段の底で【closed】が掛けられた扉を開く。
「いらっしゃい」
カウンター越しに店員が私を迎える。
締めたネクタイとは裏腹に、伸ばした金髪を後ろでまとめたその人は【神室】さんと言う。
金字のネームプレートがマスターというよりはキャストで、店長にはとても見えない陽気な、裏のある人だった。
クロスで磨かれたグラスがカウンターに置かれる。
「どこでも座りなよ」
何席かのテーブルとカウンターのある店内には、私とマスターの他に誰もいなかった。
それもそのはずで依頼の多い繁忙期にもこのお店で他のお客さんとは会ったことも見たこともない。
カウンターとテーブルの間を抜けて、一番奥のカウンターに腰掛ける。神室さんがお冷やを置いて、私が座っているカウンター席から離れる。
いつものメニューを頼む前に、他にどれくらい人が来ているのか灰皿を見る。そこにはそれなりの量の灰が小さな山を作っていた。
「注文は?」
離れていたマスターが戻ってきて尋ねる。私はいつもと同じように紅茶を一杯だけ頼んだ。まだ学生の私に他のメニューは手が出せない。
「少々お待ちください」
そこだけ思い出したかのように敬語になると神室さんは紅茶を出すために遠ざかっていった。
灼熱の外から安心とは言えないけれど涼しい室内で人心地つく。異質な雰囲気も危険な香りも慣れてしまえば、日常と変わらなかった。
時間をそれほど置かずにカウンターに紅茶が置かれる。
それといつの間にか出してきたケーキと葉書くらいの大きさの封書がいくつかカウンターのテーブルに置かれる。
注文外の品が届くときは厄介な依頼を押しつけられることが大半で、それなりの危険もある。
真意を確かめるために神室さんの方を見てみたが、薄い加虐性のある笑みを浮かべるだけで情報は得られなかった。
さすがに運ばれてきたものに手をつける訳にもいかず、全ての封書を開け、一つひとつの依頼を見ていく。
何てことのない依頼が続く中、一つの依頼書で手が止まった。
『いる』
その封書の中身を手に取ったとき、重みを感じた。別に紙の枚数や厚みは変わらないのにも関わらず、ずっしりと腕の先に圧し掛かる何かがそこにはあった。
「成海さんは本当にお目が高い」
内容を吟味しているうちに私の方へ寄っていたマスターが声をかける。どうにも私にケーキを出してまで受けさせたい依頼はこれらしい。
「今日はこれで」
中身を見ずに依頼を決める。受けるべき依頼があるのなら、中身の確認は今でなくとも良かった。
「他の依頼は?」
「他に回してください」
神室さんは私の返事を聞くと「了解」と言って、他の封書とその中身を集める。そして、自分が手に持ったまま、懐から出したライターで火をつける。
火はみるみる広がり、そのままマスターに燃え移るように見えたが、スッと全てが消えた。灰も何もかもがなくなった自らの手を神室さんは徐に下ろした。
「それではごゆっくり」
それだけ言い残して私の席から離れる。ケーキと紅茶と依頼書が残され、私はケーキから手をつけた。
貰えるものは貰わなくては。それがどこかで痛い目を見るとしても、私はそう進んできた。それにケーキに罪はないのだから。
お皿に添えられた小さなフォークでマスカットのケーキを切り分ける。
切り分けたものを口に運ぶと想像以上に甘く、思っていたよりも良いマスカットを使っているのだと考えを改める。
ケーキと紅茶は刻一刻と減り、ほぼ同時になくなった。もうここに用はない。
紙ナプキンで口周りを拭き、ケーキのお皿に載せる。無茶振りをされたのだから、これくらいの無礼は許されるだろう。
『行こ?』
私は代金ピッタリの小銭をテーブルに置いて立つ。自分にはお金が必要で、依頼はこなさなくてはならない。
カウンターから立ち上がり、真っ直ぐにテーブル席との間を抜けて、出入口へ向かう。
扉に手を掛けたとき、思い出したように
「ごちそうさまでした」
と、言った。私にも厚意への感謝くらいはできるらしい。
カウンターから神室さんが「相棒によろしく」と言った。本当に胡散臭い人だと思った。
店を出て、階段を上る。
外の空気はどんなに厚くとも、思考を冷静にした。
依頼はこなさなくてはならない。
近日中に達成する手はずを頭の中で整えながら、雑多な街へと踏み出した。
この話で『現存風景』は完結です。
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
この作品を面白いと思ってくださった方は是非とも高評価、ブックマーク等をしてくださると幸いです。
次回更新は2026年10月第3週の火曜日になるかと思います。
ジャンルは同じホラーを予定しております。
では、またお会いするその日まで。
最後に、この作品を知ろうとしてくださったあなたに感謝を込めて。




