エピローグ「薬草」
数十年が過ぎた。
成長したトーマスは、町で医師になっていた。診療所の奥には、乾かした薬草の束がいくつも吊るされている。棚には、小さな骨がいくつか並んでいた。若い頃、彼自身が拾い集めたものだった。
ある日、若い弟子が、熱を出した患者の対応に困っていた。
「先生。この熱には、何を」
トーマスは、棚から一つの束を取り、弟子に手渡した。
「これを使う」
柳の樹皮だった。
「濃く煮すぎないこと。冷ましてから、少しずつ飲ませる」
弟子は、その手つきに迷いがないことに気づいた。
「先生は、これを誰から教わったんです?」
「昔、村にいた女の人だよ」
「医者だったんですか?」
トーマスは、少し考えた。
「いや。魔女だった」
弟子は、驚いた顔をした。
「魔女?」
トーマスは、手の中の柳の樹皮に、目を落とした。
「そう呼ばれていた」
それ以上は、何も言わなかった。弟子も、それ以上は聞かなかった。
窓辺には、乾燥させた薬草が、静かに吊るされていた。
その一つ一つに、誰かの熱を下げ、誰かの傷を癒してきた歴史が、名前も残さぬまま積み重なっている。
魔女という名前は、村の記録に残った。
だが、本当に残ったのは、名前ではなかった。
柳の樹皮で、熱が下がるということ。
布を替え、体温を保ち、力むべき時を見極めるということ。
そして、目の前で苦しんでいる誰かを、見捨てないということ。
それらは、名前をつけられることも、裁かれることもなく、ただ静かに、人から人へと渡っていった。
――完――




