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10話・臆病な男

 

 安藤の自転車の後ろを二人乗りの原付バイクが追い掛け、駅裏に広がる住宅街に到着した。土曜の昼前ということもあり、ちらほらと行き交う人の姿が見える。


「あら武蔵(むさし)くん。お友だち?」

「は、はい。そうなんです」


 家の前で、安藤は近所の住人らしき老婆から声を掛けられた。どうやら大学の友人を招いたと思われているらしい。今の凛は派手目な私服姿で高校生には見えないし、嵐は安藤とあまり年齢が変わらない。年寄りから見れば一律若者という括りに入る。話を合わせるように、凛も笑顔で挨拶をした。すると、お裾分けだと言って和菓子を一パックくれた。お礼を言ってから自転車と原付バイクを塀の内側に止める。


 その際、凛は表札を見て足を止めた。

 表札には『野井(のい)』と刻まれている。自殺をしたという前の住人の名字だ。最近どこかで見たか聞いたような気がしたが思い出せない。凛は首を傾げながら、先に家に入っていった二人を追いかける。


「ご近所さんと仲良いんですね」

「何かと気に掛けてくれて。野菜とか煮物とかお裾分けしてくれるんですよ」


 古くからある住宅街だ。周辺には新しい建物はほぼ無い。昔ながらのご近所付き合いが続いている地域なのだろう。


 安堂宅の玄関周りは片付いており、塵ひとつ落ちていない。男の一人暮らしなどさぞ悲惨なものだろうと予想していただけに少し感心した。


「きれいにしてますね」

「休みの日は掃除してるんです。あと、おばけは荒れた場所を好むっていうから綺麗にしてれば寄りつかないかなって思って」


 特にきれい好きというわけではなく、幽霊への対処として掃除をするようになったという。


「幽霊って汚いところにしか出ないの?」

「そう決まってるわけじゃねえが、荒れた場所よりきれいな場所のほうが多少マシって程度だな」

「ふうん」


 小声で凛が問うと、嵐は肩をすくめながら答えた。気休め程度にしかならないが、掃除自体は良いことだ。安藤がそう信じているのなら水を差すつもりはないらしい。


 廊下を通り、奥の部屋へと通された。昼間にも関わらず、居間の窓は厚いカーテンが閉められたままだった。前回嵐が訪れた時は夜だったから気にはならなかったが、昼間からこの状態では流石に我慢ならなかった。


「暗いほうが不健康だろうが!」

「だ、だってぇ」

「どうせオマエにゃ見えねーんだから昼間くらい普通にカーテン開けとけ! 窓も開けろ! 掃除より太陽光のほうが効くわ!」


 嫌がる安藤を蹴飛ばしながら、嵐はカーテンを引いて窓を開け放った。途端に太陽の光が室内に差し込み、三人の目が眩む。先ほどまでは電気をつけていても薄暗かったが、今は明るく照らされている。春の陽射しがあたたかい。


「洗濯物も外に干したらいいのに」


 掃き出し窓から見える狭い庭には物干し台があるのに、居間の片隅には服が掛けられた物干しラックが鎮座していた。


「だ、だって、庭に出るの怖くて」


 引っ越したばかりの頃は安藤も外に洗濯物を干していた。しかし、呻き声を聞いた時、ここが事故物件で庭が自殺の現場なのだと思い出してしまった。それ以来、庭には一度も出ていないという。


「その呻き声って近所の人は聞いてないの? お隣さんなら庭木も近いし、聞こえそうだけど」

「分かりません。僕からそんなこと聞けないし、皆さんお年寄りばかりですから」


 先ほど話しかけてきた老婆を思い出し、凛は妙に納得する。この辺りは古くからの住宅街で住んでいるのは老人ばかりなのだ。ここに着くまでの間も、週末だというのに若い人の姿をほとんど見掛けなかった。自殺したこの家の前の住人も老人だ。


「お年寄りだから耳が遠いだろうし、みんな朝が早い代わりに夜は早く寝ちゃいますから、夜中まで起きてるの僕くらいですよ」

「ふうん」


 凛が話をしている最中、嵐は勝手に冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎ、老婆がくれた和菓子をもりもり食べていた。


「塀の向こうはなに?」

「レンタル倉庫らしい」


 開け放たれた窓から見えるのは、ブロック塀より少し背の高いコンテナ。空き地に設置した大小のコンテナを倉庫として貸し出しているのだ。コレクションや季節外れの衣服などを保管するための場所だ。この近辺は古い家屋が多く、住人が退去して取り壊した跡地を利用してこういった商売を始めたのだろう。


「この辺一戸建てばっかなのに、わざわざ倉庫借りる人なんているのかな」

「趣味のものを保管したり、バイクのガレージ代わりに借りる奴もいるぞ」

「へえ、そういう使い方もできるんだ」


 居間のちゃぶ台を囲み、外を眺めながらとりとめのない話をする。問題の庭木は窓際に寄らねば見えないくらい端に植えられているが、塀の向こうのコンテナは嫌でも視界に入ってくる。


「最近出来たのかな。コンテナ割と新しいし」

「さあ。僕が引っ越してきた時はもうありましたよ。たまに誰かが出入りしてます」


 古い住宅街のど真ん中にある真新しいレンタル倉庫が微妙に浮いて見えた。


 昼前に帰ろうとする二人を引き止めるため、安藤は玄関に通じる狭い廊下に立ちはだかるが、嵐によって強制的に排除された。


「一人にしないでくださいよぉお!」

「知るか」


 すがりつく安藤を置き去りにして、嵐と凛は原付バイクに乗って駅方面へと走り去った。


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