11話・元ヤクザの不動産屋
駅前のコンビニで昼食用の弁当を買ってから事務所に戻ると、施錠されているはずの扉の鍵が開いていた。鍵を所持しているのは嵐と凛以外にもう一人だけ。二人はすぐに誰が来ているのかを悟った。
「来てたんすか、嘉島社長」
「おう」
室内には四十代半ばの男性がいた。
黒いスーツとサングラス、後ろに撫で付けられた黒髪、光る金の指輪と高級腕時計。どう見てもカタギには見えない彼の名は嘉島真二郎。この事務所のオーナーで、ヤクザ上がりの不動産屋である。
「今日は集金に?」
「そ。さっきユレンとこにも寄ってきた」
ユレンとは、階下で営業しているアジアン雑貨店の店主である。この雑居ビルは丸々嘉島が経営する不動産屋の持ち物件であり、月末が近くなるとこうして家賃を回収しに直接やってくるのだ。
合皮のソファーにどっかりと座り、嘉島はタバコをふかしている。室内に漂い始めた煙に凛は眉をしかめた。すぐに窓を開け、ついでに給湯室の換気扇もつける。そして、普段ならば事務所に入ったら外す伊達眼鏡をかけたまま、向かいのソファーに腰を下ろした。
「こっちのほうはどうだ、堂峰」
「ボチボチっす」
「ま、たいした稼ぎにゃならんわな。基本料金上げたらどうだ」
依頼料は相談内容の難易度に関わらず一件につき一万円プラス経費。数をこなさなければ儲けは出ない。
だが、嵐は即座に否定した。
「俺らにゃ妥当な金額っすよ」
年上が相手のため下手な敬語を使ってはいるが、へりくだっているわけではない。言いたいことは言う。そして、嘉島もそれを許している。
依頼料は、興味本位で出すには高いが無理なく払える程度の額として設定されている。理由はクレーム予防。払った金額の大きさと結果への期待値は比例する。もし法外な金額をふっかけるのであれば、それなりに成果を上げなくてはならないし、それらしい振る舞いをせねばならない。一万円は興味本位で出すにはやや高いが、もし駄目だった時は泣き寝入りできる金額だ。
稼ぐために依頼を受けているわけではない。
必要とされたい。
居場所が欲しい。
たったそれだけ。
「今月分っす」
「おう」
嵐から三枚の万札を受け取り、嘉島は胸ポケットと突っ込んだ。今日訪ねてきた理由は事務所の家賃回収のため。あとは、単に暇つぶしだろう。嘉島は空き缶でタバコの火を揉み消し、にこやかに話し始めた。
「こないだ安藤っていう若いのが相談に来ただろう。うまくいったか」
「や。まだ様子見で」
「あの辺一帯は数年以内にウチが全部買い上げる。なるべく悪評が出回らないようにしてくれや」
「はあ」
安藤を紹介したのは嘉島だ。
将来マンション等を建てる計画があるのだろう。恐らく家の裏手にあるレンタル倉庫の運営も嘉島が手掛けている。空き地にコンテナを置くだけの商売だ。いずれマンションを建てるつもりなら他の建物を作るわけにはいかないが、空き地を寝かせていたら勿体無いからだ。
安藤宅周辺には老人しか住んでいない。適当に言いくるめて家を手放させ、というと地上げ屋みたいだが、嘉島は至って穏便に商談を進める派であり、きちんと評価額ぶんは支払っている。
「野井のじいさんもなぁ、なにもウチが買い上げてすぐに自殺しなくても良かったのに。いい迷惑だぜ」
「それ、安藤さんちのことですか」
「そうそう。他に身寄りもないし、死んじまったら文句も言えねえしな」
「社長、もしかして」
凛はそっと嘉島を睨みつけた。
無理やり自宅を売らされたことを苦にした老人が命を絶ったのではないかと思ったからだ。疑いの眼差しを向けられ、嘉島は慌てて弁解する。
「ち、違うぞ! オレは賠償金の捻出に困っているじいさんの相談に乗っただけだ!」
「賠償金?」
「ああ、車で死亡事故を起こしちまってな。幸い早くに示談がまとまったんだが、無職の年寄りにゃ簡単に用意できねえ金額だった。だから自宅の売却を持ちかけたんだよ。駅から近いし、売りゃあそこそこの金になるから」
この話に、凛は何か引っ掛かるものを感じた。嵐も同じだったようで、二人で顔を見合わせる。
「もしかして、一年くらい前に小学生が死んだ事故のことっすか」
「野井のじいさんの霊から聞いたのか? そう、それだよ。もうすぐ事故から一年になるな」
単なる偶然のいたずらだろうか。同時期に舞い込んだ二件の依頼は思わぬところで繋がっていた。凛が『野井』という名前に覚えがあったのは安藤が借りている事故物件の表札を見たからではなく、錦田智代子に触れた際に読み取った情報の一つだったからだ。嵐は今日見てきたばかりの事故現場と安藤宅の老人の霊から情報を得ていた。
驚く二人をよそに、嘉島は更に話を続ける。
「オマエらの能力も、もうちっと使い勝手が良けりゃあな」
凛は人の心が読める。
嵐は霊の姿が見える。
それだけで全ての問題が解決できるほど世の中は単純ではないし、能力の強さも半端としか言いようがない。二人を組ませたのは互いの足りないところを補えるようにという嘉島の気遣いなのだが、今のところあまり効果は出ていない。
「凛ちゃん、堂峰と組んでて大丈夫か? 別の奴を紹介しようか」
「い、今のままでお願いします」
急に話を向けられ、凛は緊張した面持ちで答えた。
嵐以外の人間と組むなど考えたくもない。そもそも、元ヤクザの人脈など怖くて関わりたくなかった。
「堂峰一人じゃ客を怖がらせちまうし、凛ちゃん一人じゃ男の客を回せねえもんな。やっぱオマエらはこのままでいいか」
嘉島の出した結論は現状維持。
毎月家賃の取り立てと共に行われる面談は、内容次第でこれからの活動が左右される可能性がある。いつもと同じ結論に、二人は肩の力を抜いた。
「安藤の依頼、くれぐれも頼むぞ」
そう言い残して嘉島は帰っていった。




