スペルツリー【銀世界】
討伐隊がウィンタリアに戻ってきたのは、ちょうど日が完全に昇り、空が明るくなった頃だった。
澄んだ空気と陽の光が眩しい、なんとも爽やかな朝の下。
そこで――。
「うい、お疲れーい!」
「今日は浴びるだけ呑むぜェ? 昼までいや、夜まで行っちゃおうかなァ!!」
「オレ……酒を飲むために、生まれてきた…………!」
飲み会が行われていた。朝っぱらから。
場所は、出発の前に集まっていた広場の前だ。まばらに椅子やテーブルが用意されているが、どっからか持ってきた酒樽に尻を置いている人も多い。
ちなみに、俺が造った氷細工のミカンの樹は倒壊の気配もなく、しっかりと自立している。
さっきこっそり、俺が追加の氷魔術で補強しておいたからだ。本物の樹のように氷の根を張り巡らせておいたから、ちょっとやそっとじゃびくともしないだろう。
討伐隊のおっちゃんたちの『綺麗だからしばらく飾ろうや』というリクエストに応えた形だが……。
こういった魔術も、《《真相》》を理解した今の俺ならできてしまう。
「おっと、おいおいフロスト、グラスが空じゃねーか」
隅っこのテーブルでちびちびやってると、酔っ払ったおっちゃんが一人、俺の方にやって来た。顔は真っ赤。できあがんのがめちゃくちゃ早いな。
「酒が足んねえなら、代わりにもってきてやるよ……ゴラァ! ここにおわすは宮廷魔術師サマだぞ、一番高えのもってこいや!」
「ああ? 良いぜわかったからちょっと待っとけ、この馬鹿野郎!!」
輩のやり取りすぎる。
「ぜんぜん、ほんとお構いなく」
「いーや構うね。なんたってアンタは、別に来なくてもいいダイアウルフ討伐に参加しやがったからな。都会から来た宮廷魔術師なんかどうせ調子こいたヤツだろうと思ってたが……フロスト、テメーはなかなか見所がある男だ!」
おお……ちょっとじんわり来てしまった。
出発前はあんなにもアウェーだったけども、同じ雪道を歩き、同じ目的を共有したからこそ、この人は俺を、ほんの少しだけでも認めてくれたんだろう。
「そこまで仰るのであれば、いただきま……でっっっっっか!」
そういうトレーニング用品かと思うくらいデカいジョッキが、俺の前にずがんと置かれた。しかもなみなみ注がれた酒は淡いゴールド色で、しゅわしゅわ弾けている。
「あの、こういうお酒はグラスで、ゆったりと楽しむものなのでは」
「え、そうなのか? 適当に高えヤツ持ってこさせたから、よくわかんねえけど……まあいいだろ。つーかよぉ、俺の酒が飲めねえってーのかっ」
「今の宮廷でそういうこと言うと処分されますよ。アルハラというやつです」
「なーにをわけのわかんねーこと……よ、ヨルカ?」
えっ。
後ろを振り向くと、無性に笑顔のヨルカが立っていた。俺と違って、身体に飛んだスライムを洗い流してきたからかもしれない。ふんわり花の匂いもする。
彼女は、酒を勧めてきたおっちゃんの前へずかずか歩み寄り……。
「いつも言ってるよね? もう呑ませるとか、そういう時代じゃないの」
「あ、あれ、そうだっけか、がはは……」
「がはは、じゃなくて。今から私がフロストと話すからどっか行って」
「は、はい……すみません…………」
シュンとしたおっちゃんは、とぼとぼ他の仲間のところへ合流していった。
で、入れ替わりにやってきたヨルカが、俺の傍に陣取る。
ついでに、手に持っていた皿を差し出してきた。
「これが『オ・デン』。ウィンタリアの煮込み料理で根菜とか練り物とか、そういうのをしみしみになるまで煮込むやつ。黄色いのはスパイス。付けた方が美味しいよ」
「食べて良いのか」
「そのために取ってきたからね」
なら、ありがたく。湯気が立っていたダイコン(たぶん。違うなら、カブ?)を半分に割って、黄色いスパイスを少しだけ口に運ぶ。
…………う、美味い!!
「凄いおいしいよ。後たぶん、これは寒いときだと余計、美味くなりそうだ」
「そそ。今日みたいな日にはぴったりってわけ……お疲れ様、ほんと」
ヨルカは置かれたままの俺のジョッキに、自分のグラスをかちんと当ててきた。
「私の命の恩人さん。協力してくれて、ありがとね」
「それを言うなら、そっちも俺の命の恩人だよ」
「じゃ、これで貸し借りナシってことにしよっか……ところで」
彼女の目が、それまでよりも少しキリッとしたものに変わる。
何を訊かれるのか、なんとなく察しが付いた。
「スライムから私を助けてくれたとき――氷魔術を使ったよね。あれって、もともと使えたやつ? それとも、急に使えるようになったやつ?」
「急に。それも意識的に『氷の刃を飛ばしてスライムのコアを斬ろう』って決意してやったものだ」
「そっか……うん。じゃあ、やっぱり努力が実を結んだってことじゃない?」
「いいや、そうじゃない。それに、どうしてそれができたのかもわかったんだ」
おもむろに、何より丁寧に、俺は手元に魔力を集めていった。
それらはとても自然に、何より俺に懐くように依り集まってくる。
「魔術師は魔力を使って魔術を行使する。そして、その土地の魔力というものにいくばくか、左右されることもある。暖かい土地の魔力は炎属性魔術を行使するうえで向いていて、逆に寒い土地の冷たい魔力は、氷属性魔術にはうってつけの魔力だ」
「……もしかして」
「ああ。俺はどうも、土地の魔力をめっぽう受けてしまう体質らしいんだ。おかげで、ことウィンタリアでだったら、《《こんなこと》》もできてしまう」
集めた魔力を俺は、細長い形の氷のグラスへと変えた。
ジョッキのお酒をそれに少しだけ注いで、ヨルカに渡す。
一人で飲むには、このお酒はちょっと豪華すぎた。
「寒いのは苦手で、遠出するってなってもあったかいとこにしか行ってこなかったんだけど……まさか、自分にそういう適性があったなんて」
ヨルカは黙って、グラスを受け取ってくれて。
酔いが回り始めたのか少し饒舌になった俺は、まだ話し続ける。
「ま、本当に才能のある魔術師なら、土地の魔力がどうのこうのって関係ないんだけどさ。現に俺の家族は暑い土地でもバリバリ水魔術使えるし、土地によってのムラも無いし。たまたまウィンタリアが、俺のことを受け入れてくれてるってだけだ」
「……」
「ただ、そのぶんお返しはしていきたい。宮廷魔術師として派遣されてるわけだし、これからはきっちり、魔術師としての力を発揮していこう、と、も……?」
ふと、手に温かいものを感じた。
ヨルカが俺の手を、握ってきたからだ。
「ど、どうしたんだ、急に」
「才能なら、あるよ。君にはきっと、かけがえのない才能がある――《《魔術で人を、助けたいって思える才能》》が」
「………………」
ああ。
なんか、ずっと欲しかった言葉を、その全部を彼女はくれる。
俺は魔術師として名を遺したいとか、出世したいとか、そういうことはあまり考えてこなかった。いや、もちろん家族からは認められたかったし、凄い魔術を使って周りからちやほやされたいって気持ちも、ちょっとくらいあったかもしれないけど。
ただ。唯一あったのは、魔術を還元したいって感情だ。
どうせなら、良いことに使いたい。周りの人の役に立ちたい。
反対に、それができないから無能だなって思うし、自分の価値を感じられない。
でも、ここでなら、本当にしたかったことができるかもしれない。
自分の魔術で、誰かを助けること。
少なくとも、単に宮廷のお荷物でいるよりかは確実に、何かできる予感がした。
「ありがとう。それで、ヨルカがそう言ってくれるなら……これからも、頑張っていこうと思う」
「んーん、そんな気負わなくていいって。もっとこう、スローライフでもするみたいな気軽さで。フロストみたいに真面目だと、それくらいでちょうどいいでしょ」
「じゃあ、頑張って気負わないように、スローライフを心掛けるよ」
「結局頑張るんじゃん、あはは……。………………」
? 小さく笑ったヨルカは、急に黙って、目線を下の方にしてくる。
どうかしたんだろうか。俺は不思議に思って、同じところを見る。
俺と彼女の手が、当然のように重なっている。
どころか、なんか、いつの間にか指まで絡まっていたくらい。
彼女は指まで綺麗で、あれだけ強いのに傷一つない美しさで。
……やばい、酒の良くないところが出ている!
人をいつもより大雑把にして、なんか、馴れ馴れしくもしてしまう!!
「す、すまん。恋人でもないのに、こんなんして」
「い、いや、私のほうこそ、どうしてこんな積極的なこと……!」
「……待った、大丈夫か? なんか、酒で赤くなってるにしてはあまりにも赤いというか、やっぱりスライムのせいで体調でも悪いんじゃないか?」
介抱が必要なら早いほうが良いと、彼女の手から離れ、逆に身体ごと寄る。
「ち、ち、近、い……っ!!」
でも、それが逆効果だったらしくて、更に頬が染まる。彼女は全体的に白く淡い印象だからこそ、余計にその対照的さが際立つ――今考えることじゃないが、ほんと、絵画の世界から飛び出てきたみたいな人だなぁ。
「……水、取ってくるっっっ!!!」
で。ずばんと立ち上がったヨルカは、そう言ってしゅたたと、俺のテーブルから離れていってしまった。
水が欲しいなら、そう言ってくれればいいのに。
俺は手元にもう一つ氷のグラスを造った、そのなかに更に氷を生成した。
加えて、中に入った四角い氷を、一瞬で水まで溶かし戻してしまう。どんなモノにも魔力が宿っていて、氷にだってある。それを操作するとこういうことができる。
……これが一生できなくて、学院でうっかり泣いてしまったことがあった。
それがこんな簡単にできる日が来るんだから、人生ってわからないな。
☃ ☃ ☃
飲み会は夕方頃、討伐隊の家族たち(とくに奥様方)が「とっとと帰って来いや!」と乗り込んできて、ようやく解散になった。
ふらつく足取りで家まで戻ってきて、着替える余裕すら持てず、二階のベッドに倒れ込んでしまう。久しぶりに、こんな呑んだな……うっぷ。
「……というか、名前を考えないと」
ぽんやりした気持ちで天井を眺めつつ、思考は《《それ》》に向かった。
魔術的系統樹について――ウィンタリアではいっぱしの魔術が使えるとわかったからには、俺も魔術師として記録していかなくちゃならない。
手始めに、魔術的系統樹への名付けから始まるが……なかなか思い浮かばない。子どもの頃は、自分ならこう名付けるとか考えてたのに。あまりにも無能ライフがながかったせいで悲しい事に、全部忘れてしまった。
起きてから、また考えようかな。
そうして瞼を閉じると、ウィンタリアに足を踏み入れた瞬間の記憶が蘇る。
三角屋根の家々。樹に降り積もる雪。オレンジ色の街灯の下の露店。
ここに生きる人々。俺が無能だったからこそ、目にすることができた光景。
人の営みのなかの、《《銀世界》》――。
これしかないなと安心した俺は、微睡みのなかに落ちていった。
☃ ☃ ☃
その日、短い夢を見た。
ウィンタリアで過ごしている俺の姿を、何故だか俯瞰している。
宮廷にいた頃よりも、生き生きとした表情を浮かべる俺。
ここへ来て良かったなと、素直に思っているのだろう――。
起きて、すぐ。
そればっかりは夢じゃないな、とも思った。
俺の居場所は、ウィンタリアなのかもしれない。
それを確信に変えられる日が来るまで。
さあ、今日も頑張ろう。
……氷魔術だって、前よりはマシになったことだしさ。
☃ ☃ ☃
一週間後。
宮廷魔術師であるグローリア・リフルスティリアの執務室へ、報告書が届いた。
差出人は、フロスト・バーン・ブッシュドメビウス。
彼からの報告書は二枚あり、片方はウィンタリアへ着任したこと、並びにダイアウルフ討伐の業務を行ったことなどが記載されている。
そして、もう一枚。
こちらについては、個人的な話が主だった。
魔術的系統樹の登録。
それを、相談したいとのことで――。
魔術師名:
フロスト・バーン・ブッシュドメビウス
魔術的系統樹名:
銀世界
適性魔術属性:
氷
使用魔術:
火事場の樹氷【フロスト・バーン】
概要⇒身を守るために咄嗟に出した氷属性魔術
反射的なものなので、制御が難しい
氷の刃【アイシクル・エッジ】
概要⇒氷で作られた鋭利な刃を飛ばす遠距離攻撃魔術
制球力がより上がれば効果的な攻撃魔術となる
誰かのための氷細工【ディアウィンタリア・アイスクラフト】
概要⇒氷でイメージした造形物を作る魔術
強度については、魔術の重ねがけによって向上させられる
ザッと目を通したグローリアは、疑念を持ちつつも最終的に、天井を仰いだ。
「まあ奴も、スペルツリーを偽る程の愚か者じゃあないだろうからな……」
彼女は報告書に、ペンと魔力印で自身の推薦を書き著す。
フロスト・バーン・ブッシュドメビウス。
彼が始めて、宮廷の書物に名を残した瞬間だった。




