魔獣の巣穴
ダイアウルフの巣までの道中は徒歩で、列を為しての移動だった。
それでも、あまり寒さが気にならなかった理由は、たぶん半々。
単純にヨルカさんが貸してくれた防寒着が暖かかったのが一つ。
もう一つは――そんな彼女の誤解を解くのに、必死だったから。
「だから本当、落ちこぼれだったんですって。魔術学院の成績は最下位で、宮廷魔術師になれたのも親のコネ。あんな器用で大規模な魔術なんかも、使えた試しがなかったんです」
「じゃあ、どうやってあんなことできたのさ」
「それは……なんかこう、イメージがぱっと思い浮かんで」
「天才じゃん」
「俺とは真反対の言葉ですよそれはっ」
ぎゅむぎゅむ雪を踏みしめる音に、俺の必死の弁明が混ざった。
「こんな嘘なんてつきませんって。お願いです、信じてください」
ジト目のヨルカさん。
ただ、それなりには納得してくれたようで。
「良いケド、ため口じゃなくなってる。信じる代わりに、もっと気安く喋ってよ。フロストは宮廷魔術師で、しかもたぶん私より年上でしょ? 何歳?」
「二十二だから、そっちとそんな変わらない気が……わかりましたよ、じゃない、わかった。これでいいか、ヨルカさん」
「ぶぶー。さんもいらない、やり直し」
「もう許してくれヨルカっ」
満足げな彼女は、けれど笑顔を浮かべてくれた。
ほっと一安心しつつ、話題はまた、俺の氷属性魔術の話に戻る。
「でもさ。てことは、自分でもわからないうちに魔術の才能が覚醒しちゃったってことになるわけでしょ? 私は魔術なんて使えないからわかんないんだけど、そんなの有り得るの?」
「可能性としては、なくはない。ただ、眠ってた才能が発揮されるのは幼少の子どもによくあることで、俺みたいに魔術学院卒業した後に今さら目覚める、ってのは考えづらいです……いや、考えづらいよ」
ため口が本当に慣れないなぁ、とか思いつつ。
彼女が解せないのと同様に、俺も自分のことがよくわからなくなってくる。
「前向きに捉えるならさ。ずっと勉強してきたフロストの努力が、ようやく実を結んだってことじゃない?」
「そうなら良いが、ただ、なんかそんな感じもしないんだよな。《《俺が凄くなった》》ってよりかは、《《凄いところに俺が来た》》って感覚の方が正しいような気がする」
「ふふん。ようこそ、寒くて雪まみれの私たちの故郷、ウィンタリアへ」
「俺も来る前は大変そうって思ってたけど、今はけっこう、前向きに捉えてるよ。何より、ヨルカがこうやって歓迎してくれてるし。本当にありがとう」
顔を見ながら本気で言うと、彼女はたじろいだ。
「……じょ、冗談だって。本気で返されると、その、うん…………」
寒さもあってか頬を赤く染めた彼女は、ずざざと急に、歩を早めてしまう。
「そ、そろそろ巣だと思うから、しっかり気を引き締めなくちゃダメだよ」
ヨルカは俺から離れて、あっという間に先頭集団へ合流していった。
……当然のようにヨルカが討伐隊にいることについては、出発前、俺は手前にいた眼光鋭めのおっちゃんにそれとなく訪ねた。
『娘さんが討伐に出ることを、ギンスケさんは知っているんでしょうか』
『知ってるよ、そりゃ……後おめー、ヨルカちゃんがあぶねーとこ行くのダメだろとか、どーせそういうこと考えてんだろ。ったく、わかってねーな』
『そ、そうですね、昨日来たばかりなので』
『安心しろ、ヨルカちゃんはおめーが気を回さなくてもつえーし、何より引き際を弁えてる。信頼できるリーダーだよ、あの子は』
とのこと。危ないとこ助けてもらってるわけだし、これは杞憂だったか。
ま、俺の魔術がどうして急に覚醒したのかも、追って解明すればいい。
今はヨルカと、それから討伐隊の皆さん全員とで、またウィンタリアに帰ることだけを考えておこう。
☃ ☃ ☃
ダイアウルフの巣穴は、自然の洞穴でもあった。
自分らで土を掘るタイプの巣もあるそうだが、こうした手近な拠点を見繕って居座るケースも往々にしてあるらしい。今回は、後者というわけだ。
林道のなかを少し外れた洞穴の前に到着した俺たちは、各々が持参したバックパックなどを入口付近に置き、装備品だけを手にした戦闘態勢になった。
「……じゃあ、手はず通りに。何度でも言うけど、無理はしちゃダメだから」
巣穴のなかの連中に気付かれないよう小声で伝えたヨルカさんへ、俺含めた討伐隊は各々が頷きを返す。
やがてヨルカは、巣穴の中に小さめの球体を投げ込んだ。
時間差でそれは炸裂し、バチンバチンと凄まじい音を洞穴のなかに反響させる。
……奥の方から遠吠えと、四足歩行の激しい足音が、こちらへ聞こえてきた。
来る。
「がるるるるるっっっ!!」
「わりいが、オレらにも生活があんだ、よっ!!」
「ぎゃんっ!! ぐる、るる……」
ダイアウルフとの戦闘が始まった――ただ、俯瞰している限りだと上々の滑り出しというか、魔獣との戦闘としては悪くないものに見える。必ず一匹に対しては複数人で対応して、数的有利を作ることで致命傷を与える。セーフティーな戦い方だ。
「がうっ――」「ぎゃおん!」「ぐがああ!!」
それと。
事前に強いとは聞いてたけど、本当にヨルカは凄かった。
最初は先行してきたダイアウルフを弓矢で正確に射貫きつつ、全体を見て苦戦してそうな人たちを見るとそこへ割って入り、自分の剣でトドメを刺す。
個人の討伐数を数えるなら、たぶん彼女が一番だろう。
十五分くらい経過した頃には雪の上に、ダイアウルフの血と死骸が散乱していた。
「……魔獣とはいえ命は命。汝らの魂、安らかなるよう」
一段落ついた辺りでマスクマンは跪き、祈りめいたことを始める。
「アイツ、日中は教会で働いてんだよ」
「えっ。まさか来る前みたいな、上半身裸で?」
「いや普通に司祭みてーな格好で。普段からあんなんだったら罰当たりだろ」
俺はまたしても彼のギャップに驚かされた。抑圧された何かを解放する時間が必要なのだとして、彼にとっては今が、そのときに当たるのだろうか……。
「つかフロストよぉ。お前宮廷魔術師なら、魔術で戦えよ。なんで普通に剣使ってんだよ。あんなん(氷結でミカンの木を造る)できんなら、魔獣なんか一網打尽にできんだろーが」
「ま、まあ、色々と事情があるんですよ」
「事情だぁ? ったく……ちょっとつえーのも意味わからんしよ」
「せいぜい狩ったの、一匹二匹ですって」
指摘の通りで俺もこの場では魔術ではなく物理で対抗していた。
ただ、再現性の無い魔術をうっかり使ったことで、皆さんを危険に晒す可能性だってあるわけだ。今のところは緊急手段として、捉えておく方がいいと思った。
「……んー、おかしいな」
とまあ、まったりしてたのも束の間。
顎に手を当てていたヨルカが気になった俺は、控えめな声量で声をかける。
「もしかして、巣穴にいたダイアウルフの数が少なすぎる、とかか?」
「おお、よくわかったね。フロストって物知り?」
「魔術書は苦手だったけど、本を読むの自体は好きだったんだ」
聞いた彼女はこくりと頷いてきて、考えを共有してくれる。
「この巣穴を発見したのは、とある行商隊の人だったんだけどさ。その人が言うには、もっとわらわらいたらしいんだ。それこそ、五〇匹とか」
「今討伐したのはせいぜい、半分いくかいかないかくらいだな」
「うん。でも、巣穴の中に残ってる雰囲気もない。恐いくらい静かな雰囲気で、それに……ちょっとだけ、こっち来てくれる?」
ヨルカに引き連れられて、一匹のダイアウルフの死骸の前まで移動する。
目を閉じ横たわったそいつの腹を、ヨルカはぐいっと持ち上げて……。
驚いた。
なぜだかその個体の腹部は、でろでろに溶けた風になっている。
「ヨルカの矢に、毒とか塗ってたのか?」
「いや違う。このダイアウルフは元々、私たちと戦う前からこの傷を負ってた」
「え。だとしたら、何でこうなったんだろう」
「わからないけど、洞穴のなかで負ったことだけはなんとなく、わかる」
「うーん……」
「《《何か》》がいるんだろうね、きっと」
いつの間にか、ヨルカは視線を、洞穴へと向けていた。
……なんか、良くないことを言い出しそうな予感がする。
「皆にはいったん、休憩って伝えておいてくれる? 私、ちょっと調べてくる」
「ま、待ってくれ。そんな危ないこと、聞いたからには」
「五分だけ。危ないと思ったらすぐに引き返すし、どうせ誰か斥候やらないとダメなら私がやる。入る前に危険な魔力が充満してないかは充分にチェックするから、じゃ、そういうことで!」
「ああ、ちょっと……!!」
予想されるすべてへの反論を置いた後、ヨルカはしゅばばと誰にも気付かれないようにこっそり、洞穴に入っていってしまった。
俺と比べてヨルカは、この土地のことを熟知しているのだろう。危なかったら引き返すクレバーさだってあるだろうし、これもまた、杞憂なのかもしれない。
だけど。
「……はい皆さん、ちょっと聞いてください」
パンパンと俺は両手を鳴らして、討伐隊全員の注意を集めた。
お節介だったら後で怒られようと思いながら、それでも俺は告げる。
「突然ですが、ヨルカは単独で、洞穴の中に行ってしまいました」
「おい、何を馴れ馴れしく呼び捨てしや……な、な、なんだと!?」
「あいつ、安全第一とか行ってたくせにっ」
「だったら全員で行こうぜ、とっとと追いつかねえと!」
「待った。それで全員が遭難でもして亡くなってしまったら、歴史書に載るレベルの悲劇です。本人も五分で戻ってくると言っていますし、皆さんは待機してください」
「てめぇ、何を呑気なこと……」
「彼女のことは、俺が追います」
ぴしゃりと言うと、場は途端に静まった。
俺には過ぎた肩書きは、今この時のためにあったのかもしれない。
「《《宮廷魔術師》》である俺が、無事に連れ戻しますから」




