第11話 フローラ。
「…ああ、奥様…」
「具合はどう?フローラ」
フローラの目が覚めたのは、翌日になってからだった。侍女が呼びに来てくれたので、ラーラちゃんを夫に預けて、そっとフローラがいる客間に入って、ベッドのわきの椅子に腰かけた。
「起きなくてもいいわ。ラーラちゃんは元気に遊んでいるから心配しないで」
「…申し訳ございません」
「しばらくうちで預かると婦長さんに言ってきたから、元気になるまで遠慮しないでくつろいでいて頂戴。疲れが出たんでしょう?」
「……」
起き上ろうとしたフローラが、もう一度枕に頭をつけた。
「…私…ラーラは…奥様がいらしてくれなかったら…ご飯も食べれずに泣いて…」
そう言って泣き出した。
「私…もっと早くにどこかに身を寄せるべきでした。誰かに…助けを求めるべきでした。大変なことになるところでした」
「…そうね…何もかも、一人で何とかしようとしたのはなぜなの?」
フローラはぽつりぽつりと話し始めた。
結婚するのだと思って付き合っていた男の人に、奥さんがいたこと。病院で働き出してしばらくして、子供ができていたことに気が付いたこと。親に言ったら、子供を取り上げられてしまうと思ったこと…。
この先…娘が私生児で苦労するんじゃないかという不安。
「…それでも…ラウラを手放すという選択はできませんでした」
「大丈夫よ」
そう言いながら、フローラの頭を撫でる。
「うちに来たらいいわ。ね?」
「…はい。お願いします。もっと早く、そうするべきでした。ラウラが病気になったら、は考えても、自分が寝込むなんて…考えませんでした」
そう言ってフローラが、静かに泣いてる。
「そう。早く決心できなかったのは、やはり勉強したかったのね?あと一年で正看護師の試験が受けれるって張り切っていたものね」
「そればかりじゃないんです…私…浅ましいことに…ラウラの父親に一度だけ手紙を出したんです。一度だけ…王立病院で働いている、と」
「……」
「いつか…いつかひょっとしたら…」
「……」
「会いに来てくれるんじゃないかと…」
フローラが掛けた薄い毛布を引き寄せて泣いている。
「…私は母親失格です」
ユリアーネは…自分のしでかしたことがあまりにも取り返しのつかないことだったと…後悔と申し訳なさで身の置き所がなかった。
「わ、私なんて、もうすぐ50歳にもなるのに…母親失格よ?長男は好きになった女と駆け落ちしちゃうし。長男の話をまともに聞かなかったから…平民なんてって反対したから」
「……」
「次男坊は結婚したいって人がいたのに、やっぱり反対してしまって。いまだに独身よ」
「……」
「でもね、でもね…いつも息子たちの幸せを祈っていたわ。それは本当なの。上手くいかなかったけど。失敗ばっかりだったけど。もっとちゃんと話を聞いてあげればよかったわ」
「…奥様…」
「30年も母親をやってきたって上手くいかないことだらけよ!フローラはこれからでしょう?そんなに簡単に諦めちゃわないでよ。ラウラちゃんはちゃんといい子に育っているわよ?ね?」
しばらくフローラの頭を撫でていた。
いつの間にか眠ってしまったようだ。
ユリアーネは、そっと部屋を出て、侍女に替わってもらうと、鼻を真っ赤にしてべそをかきながら夫の執務室に向かった。
「これはなあに?おじいちゃま」
「ん?」
驚いたことに夫は自分の膝にラウラちゃんを乗せて、どうも質問攻めにあっているようだ。
二人の陽にとけそうな薄い金髪が眩しくて、我慢していた涙がこぼれてしまった。




