第1話 噂話。
エグモント伯爵家の奥方、ユリアーネはお茶会でお隣のテーブルの会話に、ふと聞き耳を立てた。気になる単語が聞こえた気がした。
「…まあ、それでは奥様は入院してその膝の治療をしながら、ダイエットも成功したんですね?」
「そうなのよー。うふふっ。主治医にも痩せろ痩せろと言われてたんだけどね、そうそう痩せれなかったんですけどね…」
ユリアーネが座っているテーブルでは嫁の自慢話や愚痴が先ほどから延々と続いている。いつもなら身を乗り出して会話に入っているところだが…。
(その前よ。なんて言ってた?)
ダイエット話の前にこのご婦人が言っていた名前。
入院中担当してくれてたのが、王立病院の看護助手の…フローラ、フローラって言ってた?
耳を後ろに全集中して、お茶を飲む。
「それでね、私を担当してくれた子がすごくいい子で、うちの末息子にどうかしらと思って、調べてみたのよ」
「ええ?だって奥様、看護師など平民がなる職業ではないんですか?」
「あら。貴族の患者さんに付くのは皆さん貴族のお嬢さんよ?男爵位とか子爵位の娘さんが多いみたいですけどね。その子は子爵家の三女だったのよ」
(ああ、じゃあ、違う人ね)
ユリアーネは神経質になっている自分にあきれてしまった。フローラなんて名前、この国には履いて捨てるほどいる。
こちらのテーブルでは、話題は王太子妃に誰が選ばれるか、に変わっていた。
「やはり公爵家のマルグリット様で決まりなのじゃないかしら?」
「あらまあ、ほら、伯爵家のクリスティン嬢もなかなか優秀ですわよ?舞踏会で見ましたわ。可愛らしい方で」
「もう一方は?ルイーザ嬢でしたっけ、あの方は?」
「だって…あの方は…ねえ?」
(そりゃ、殿下の嫁探しも大事だけど、うちの息子の嫁も大事よネ。はああ…)
「…あらまあ、じゃあ、社会勉強なのかしら?そんなに問題はないのでは?」
「それがねえ……」
一つため息をついて、焼き菓子に手を伸ばしたユリアーネは、もう興味のなくなった隣のテーブルの会話を聞くとは無しに聞いてしまった。
「それがねえ、調べてみたら、そのお嬢さん、4年前に結婚を約束した男に捨てられて一人でその男の子供を育てているのよ。私生児、って言うのかしら?良い子でも、嫁には無理よネ」
「…あら、まあ…それではね。ご子息には……」
ゴホッゴホッ、と焼き菓子を口にしていたユリアーネが咳き込む。
「あらまあ、奥様、大丈夫ですか?」
「え?ああ、すみません。おほほほほっ」
冷めかかったお茶を飲み込んで、ユリアーネはなんてことはない表情を取り繕ったが、内心はドキドキしていた。
(4年前に?結婚を約束していた男に捨てられた?フローラ??)
帰りしなにダイエットに成功した奥様を捕まえて、興味津々です!の態で声をかけた。確かにこのご婦人はたっぷりとした体型だったが、随分とすっきりした。
「あら、ユリアーネ様はダイエットなんか必要じゃありませんでしょう?」
確かに…ユリアーネは標準的な体型。もう少し太ってもいいくらいだ。
「いえ、ほら、夫が最近…もうとんでもなく太ってしまって」
「まあ、エグモント卿が?それはご心配ですわよね?」
そのご婦人の話だと、方々でその話をしているので、実際にダイエットのために入院したいと王立病院に問い合わせした方もいたらしい。
「ほら、私の場合は膝が悪かったでしょう?だから入院できましたけど、ダイエット目当てでは入院させてもらえないらしいですよ?」
ほんの少し申し訳なさそうにそう言われた。
「そうですわよねえ。おほほほほっ」
とりあえず、笑ってごまかしておいた。
「では、その、奥様の担当になられたお嬢さんは…いえ、ね、いい子がいたら私付きの侍女にしようかと思っていたものですから。お幾つぐらいの子なんですか?」
聞かれてもいないのに言い訳も添えておいた。
「フローラですか?19歳でしたわ。でもね、3歳になる子供さんがいるのよ。侍女にするにはねぇ…難しいかもしれませんよ?」
「まあ、そうなんですか」
礼を言ってその奥様と別れたユリアーネはほっとしていた。
(19歳ならやはり、たまたま、同じ名前だっただけね)
跡取りになった次男坊が探し続けている飲み屋の女は……もう22歳くらいなはず。
それだってサバを読んでいたかもしれない。女の年なんか化粧でどうとでもなるもの。もっとすごく年上で…女に免疫のない息子がころりと騙されたに決まっている。
行方不明になったその女を探して…もう25歳になる次男坊のことを考えて、ユリアーネはまたため息をつく。




