第4話:暗殺者ギルドを解体せよ! 奥様が提案する『最強のホワイト運送業(宅配便)』
前日の襲撃騒動(と、それに伴う壁の修繕費用の計算)から一夜明けた、オブシディアン城の執務室。
私は今、信じられないものを見る目で、領地の「収入内訳」が記された帳簿を睨みつけていた。
「……執事さん。私の目が突然おかしくなってしまったか、この世界の言語を忘れてしまったのかもしれません。ちょっと、この項目の読み方を教えてもらえませんか?」
「はい、奥様。上から順に『暗殺請負報酬』『非合法カジノのみかじめ料』『密輸ルートの護衛費』『危険魔獣の密猟による素材売却益』でございますね」
眼帯の老執事が、流れるような美声でとんでもない単語を連呼した。
「やっぱり全部犯罪じゃないですかーーっ!!!」
私はバンッ! とデスクを叩いて立ち上がった。
「どどど、どういうことですか!? オブシディアン辺境伯領といえば、帝国でも有数の広さを誇る由緒正しき領地のはず! なのに、どうして主要産業が『裏社会のシノギ』みたいになってるんですか!」
私が頭を抱えて叫ぶと、執務室のソファで優雅にコーヒーを飲んでいたヴィルヘルム様が、不思議そうに首を傾げた。
「何か問題があるか、キャロル。俺の領地は国境沿いの荒野だ。農作物は育たず、まともな産業もない。だから、流れ着いたゴロツキや裏社会の連中を俺が『力』で束ね、手っ取り早く金を稼がせているだけだが」
「問題しかありませんよ! それ、領主じゃなくて完全にマフィアのボスです!」
そう。このオブシディアン領が「最凶」と呼ばれているのは、領主であるヴィルヘルム様自身の武力がバケモノじみているからだけではない。
国境沿いの無法地帯に集まった、暗殺者、傭兵、盗賊、ゴロツキといった『社会の裏側で生きる者たち』を、ヴィルヘルム様が圧倒的な暴力で屈服させ、配下として使役しているからなのだ。
「いいですか、ヴィルヘルム様。こんな不安定で非合法な収入源に頼っていては、いつか必ず領地の財政は破綻します! それに、領民たちが怯えて暮らすような環境は、為政者として絶対に見過ごせません!」
「……なるほど。君の言う通りだ」
「えっ」
私が熱弁を振るうと、ヴィルヘルム様はあっさりと頷いた。
「君がその美しい眉をひそめるような金は、今日限りで全て破棄しよう。違法な仕事は全て打ち切りだ。俺の愛する妻に、汚れた金で買ったドレスを着せるわけにはいかないからな」
「あ、ありがとうございます……?(話が早くて助かるけど、理由が重い!)」
「だが、キャロル。一つ問題がある」
ヴィルヘルム様は真剣な表情で、真紅の瞳を私に向けた。
「現在、俺の配下として働いている暗殺者やゴロツキは、総勢で五百人ほどいる。非合法な仕事を打ち切れば、奴らは失業し、間違いなく暴動を起こすか、他領へ散って盗賊になるだろう。俺が全員斬り捨ててしまっても構わないが、それでは領地の人口が減ってしまう」
「絶対に斬り捨てないでください! 物理的なリストラは犯罪です!」
私は深く深呼吸をした。
五百人の、血の気の多い暗殺者や傭兵たち。
彼らから『非合法な仕事』を奪う代わりに、何か別の『合法で、かつ彼らのスキルを活かせる仕事』を与えなければならない。
(農作業や事務仕事なんて、絶対に無理よね……。彼らの特技……足が速い、気配を消せる、重い武器を持てる、夜目が利く……)
私は帳簿と領地地図を交互に見比べ、数分間、猛烈な勢いで思考を回転させた。
そして、ピコーン! と頭の中に一つの『完璧なアイデア』が閃いた。
「……ヴィルヘルム様。その五百人の従業員(暗殺者)たちを、中庭に集めてもらえますか? 全員、私が再就職させてみせます!」
◆
一時間後。
修繕途中のボロボロの中庭には、凄まじい殺気と不穏な空気が渦巻いていた。
集められた五百人の男たちは、顔に傷があったり、異様な筋肉をしていたり、全身に暗器を仕込んでいたりする、絵に描いたような『裏社会の住人』たちだった。
「おい、急に仕事を全部キャンセルして呼び出すなんて、旦那様は何を考えてるんだ?」
「なんでも、新しく来た『奥様』って女の差し金らしいぜ。俺たちのシノギを奪う気なら、いくら旦那様の女でもただじゃおかねぇぞ……」
ギリギリと武器に手をかけ、一触即発の空気を放つ男たち。
その前に、私はヴィルヘルム様を伴って進み出た。
「あー、コホン。皆さま、初めまして。キャロル・ヴァン・アスタリアと申します」
私が笑顔で挨拶をすると、最前列にいた、熊のように巨大な男(傭兵団のリーダー格らしい)が一歩前に出た。
「お嬢ちゃん。俺たちゃ遊びでこの領地にいるわけじゃねぇ。あんたの気まぐれで仕事を奪われるなら、俺たちにも考えがあるぜ」
「ええ、分かっています。ですから皆様には、今日から『新しいお仕事』をしていただきます」
「新しい仕事だと? 俺たちは人殺しと護衛しかできねぇぞ。畑でも耕せって言うのか?」
男が鼻で笑うと、周囲のゴロツキたちもドッと嘲笑の声を上げた。
しかし、その笑い声は、私の隣に立つヴィルヘルム様が『ギロォッ……』と一瞥した瞬間に、氷点下の静寂へと変わった。
(ヴィルヘルム様、無言のプレッシャーが強すぎます……っ)
私は咳払いをして、本題に入った。
「単刀直入に言います。皆様には今日から、『超速・配達ネットワーク(宅配便)』の配達員として働いていただきます!」
「「「……は?」」」
五百人の男たちが、見事に声を揃えて間抜けな音を漏らした。
「配達員……? 俺たちが……?」
「そうです。私は皆様のスキルを高く評価しています。例えば、そこの傭兵の方。その巨大な戦斧を軽々と振り回せる筋力があれば、重い荷物も一度に大量に運べますよね?」
「えっ? あ、ああ……まぁ、米俵十個くらいなら余裕だが……」
「そちらの、身軽そうな暗殺者の方。貴方の特技は何ですか?」
「俺か? 俺は気配を消して、屋根から屋根へ飛び移りながら、ターゲットの寝首を音もなく掻き切ることができるが」
「素晴らしい! 街の渋滞や人混みを無視して屋根の上をショートカットできるなんて、最高の『配達ルート開拓スキル』です! しかも足音を立てないなら、深夜の配達でも住民の迷惑になりません!」
「なっ……!?」
暗殺者が、自分の殺人スキルを褒められたのか貶されたのか分からず、困惑した顔をする。
「さらに、そこのナイフ使いの方! 貴方の投擲スキルは?」
「ひ、百メートル先のリンゴを正確に射抜けるぜ……」
「完璧です! 配達先の家のポストへ、遠距離から正確に手紙や小荷物を投げ込める(※良い子は真似しないでね)なんて、超・時間短縮になります!」
私は次々と、彼らの『非合法スキル』を『運送業の特技』へと変換して褒めちぎっていった。
「領地が広大であるにも関わらず、この周辺にはまともな流通網が存在していません。商人たちは魔獣に襲われるのを恐れて寄り付かず、物価は高騰しています。
ですが! 魔獣よりも遥かに強くて恐ろしい皆様が『絶対に荷物を守り抜く配達員』として機能すれば、この領地は大陸で最も安全かつ迅速な流通拠点へと生まれ変わるのです!」
私の熱弁に、男たちはポカンと口を開けている。
まだ、自分たちが『真っ当な仕事』をするという実感が湧かないのだろう。
「バ、バカ言うな! 俺たちは血の匂いが染み付いた裏の人間だ! 今さら真っ当な商人ごっこなんてできるか! それに、稼ぎはどうなるんだ!? 暗殺の報酬に比べたら、荷物運びの金なんてスズメの涙だろ!」
熊のような傭兵が、再び声を荒げた。
(来たわね。ここからが『ホワイト企業化』の真骨頂よ!)
私はフフッと笑い、懐から一枚の書類(羊皮紙)を取り出した。
「もちろん、ただで働けとは言いません。皆様には、オブシディアン家直属の『正規雇用職員』として契約していただきます」
「せ、正規雇用……?」
「はい。まず、基本給として毎月銀貨三十枚(※一般的な平民の倍の収入)を保証します。さらに、配達件数に応じた『歩合給』を支給。怪我をした場合の治療費は全額領主負担とする『労災保険』も完備。そして……」
私は言葉を区切り、最も強力なカードを切った。
「一週間のうち、必ず二日はお休みを取れる『週休二日制』を導入します! もちろん、有給休暇も年間二十日付与します!」
シィィィィィィィン……。
中庭が、魔法にかけられたように静まり返った。
「しゅう、きゅう、ふつか……?」
「有給……休暇……? 休んでいる間も、給料がもらえる……だと……?」
裏社会で生きる彼らにとって、労働基準法など存在しない。
依頼があれば三日三晩不眠不休で戦い、怪我をすれば使い捨てられ、休めばその日の飯にありつけない。そんな『超ブラック』な環境が当たり前だったのだ。
一人の年老いた暗殺者が、震える手で私を指差した。
「お、奥様……。それは、つまり……俺たちは、もう『いつ野垂れ死ぬか分からない明日』に怯えなくていい、ということですか……?」
「当然です。貴方たちは今日から、ヴィルヘルム様と私の大切な領民であり、部下なのですから。命を粗末にするような働き方は、私が絶対に許しません!」
私が断言した瞬間。
五百人の屈強な男たちの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「うおおおおおおおおっ!!」
「週休二日……! 労災保険……! なんて甘美な響きだ……っ!!」
「俺、田舎のオフクロに仕送りできる! まっとうな仕事で稼いだ金だって胸を張れるぞ!」
「一生ついていきます、奥様ァァァァァッ!!」
ズザザザザァァッ!!
五百人の暗殺者やゴロツキたちが、一斉に地面に額を擦り付ける勢いで、私に向かって平伏した。
その光景は、もはや宗教の教祖に対する狂信的なそれであった。
「(よ、よしっ……! これで領地の治安維持と流通ネットワークの構築、同時にクリアね!)」
私は内心でガッツポーズをした。
◆
その日の午後。
オブシディアン領の城下町は、かつてない激震に見舞われていた。
「おい、見たか!? さっき、あの『血みどろの牙』って恐れられてる暗殺者が、満面の笑みでお婆ちゃんの荷物を運んでたぞ!?」
「あっちでは、狂戦士のガリウスが『お荷物のお届けでーす! サインお願いしまーす!』って言いながら、飛竜の速さで屋根の上を駆け抜けていったぞ!」
彼らの仕事ぶりは、私の予想を遥かに超えていた。
暗殺の歩法(縮地)を使って、町から町への配達を数分で終わらせる者。
襲ってきた魔獣を返り討ちにし、その肉を「新鮮なチルド便です!」と笑顔で納品する傭兵。
受け取りサインをもらう際、かつて人を殺めるために使っていた愛用のダガーを、丁寧にペン代わりに差し出す者までいる。(※町民は少し怯えていたが)
結果として、オブシディアン領の流通網は、たった一日で劇的な進化を遂げた。
「頼んだ荷物が、瞬きする間に届く」「絶対に荷物が傷つかない(落とす前に空中でキャッチするから)」という噂は、瞬く間に隣町へと広がり、商人たちがこぞってこの領地を流通の拠点として使い始めたのだ。
「……素晴らしい」
執務室の窓から、活気に満ちた町の様子を見下ろしながら、ヴィルヘルム様が深く息を吐いた。
「たった一日だ。俺が暴力で押さえつけるしかできなかったこの荒んだ領地を、君はたった一日で、誰もが笑顔で働く豊かな街へと変えてしまった」
「ふふっ。皆さんが元々持っていた才能の使い道を変えただけですよ。これで、財政難もすぐに解決しますね」
私が得意げに笑うと、ヴィルヘルム様は静かに私に近づき、その大きな手で私の頬をそっと包み込んだ。
相変わらず、彼の真紅の瞳は私への熱すぎる感情でドロドロに溶けている。
「キャロル。君は俺の想像を遥かに超える、美しく、賢く、そして恐ろしい女神だ」
「め、女神はともかく、恐ろしいは余計ですよ……っ」
「いや、俺の五百人の精鋭たちを、いとも容易く洗脳……いや、心服させてしまったのだからな。今やあいつらは、俺の命令よりも君の『有給休暇』という言葉に忠誠を誓っている」
冗談めかして言う彼の顔は、どこか嬉しそうだった。
「キャロル、目を閉じてくれ」
「え?」
言われるがままに目を閉じると、私の左手の薬指に、ひんやりとした金属の感触が滑り込んできた。
目を開けると、そこには、血のように赤く、星のように輝く巨大な宝石があしらわれた指輪があった。
「ヴィルヘルム様、これは……?」
「『竜の心臓』と呼ばれる特級魔力石で作らせた指輪だ。いかなる猛毒も浄化し、王級の攻撃魔術すら弾き返す絶対防御の結界が張られている」
「(結婚指輪のチョイスまで物理防御特化型なのね……!)」
「俺が傍にいられない時でも、これが君を必ず守る。……俺の妻になってくれて、本当にありがとう、キャロル」
不器用で、サイコパスで、恐ろしい処刑人様。
けれど、指輪を嵌めてくれたその手は震えるほど優しく、彼の言葉には一点の嘘もなかった。
「……はい。私こそ、拾っていただいてありがとうございます、ヴィルヘルム様」
私が彼を見上げて微笑むと、ヴィルヘルム様は「ッッッ!!」とまたしても顔を真っ赤にして口元を覆い、膝から崩れ落ちそうになっていた。
(本当に、見た目と中身のギャップが激しい人だわ……)
こうして、暗殺者だらけの最凶領地は、私――処刑人の妻のプロデュースにより、大陸最強の『超・ホワイト運送企業』として産声を上げたのである。
しかし、この異常なまでの流通の発展が、やがて隣国の巨大帝国をも巻き込む『国家規模の大騒動』へと繋がっていくことを、私たちはまだ知る由もなかった。




