境界
――彼女が俺を見ていた。
紅の双眸に俺の姿が映し出されている。
そこには懐かしき少年時代の自身――木場拓未の姿があった。
いまよりも年若く華奢な体つきをしていて顔にも幼さが残っている。
こうして、彼女の瞳に映る過去の自身を見るのは何度目になるだろうか。
その姿を見るたびに嫌悪と後悔と無力感を俺は抱かずにはいられない。
闇黒に満ちた空間にいるのは俺と彼女の二人だけ。
「……確か、『境界』だったか」
それは父の言葉だったはず。
人と獣が対峙する精神の境界。
そんな意味だったはずだ。
姉さんは確か話し合いの場と言っていて、苦手だったあの野蛮人はどちらが偉いか雌雄を決する場だと言っていた。
両極端な言葉にどちらが正しいのか悩んだが、いまだ答えは得られていない。
他の二人とは『境界』について話し合ったことはなかったが、やはりそれぞれの見解があるのだろう。
「俺にとって、ここはなんだろうな……」
この場について思う自身の見解を口にしようとするが、言葉が続かない。
――だって、ここでは何も起きやしないのだから。
目の前にいる彼女――漆黒の毛並みを持つ黒妖犬はただこちらを見つめるだけだ。
過去、何度も話し掛けはしたが芳しい反応は一度として無い。
人語を理解していないのかもしれないし、理解していても語る言葉など無いのかもしれない。
無理矢理に人と混ぜられたのだ。
それも当然だろう。
「…………」
彼女は黙したまま紅の双眸を俺に向けてくるのみだ。
自らを実験体とした男の息子へと、
「……怒っているよな」
「…………」
答えはない。
「……俺を、殺したいか?」
「…………」
答えはない。
「……聞くまでもない。か、」
「…………」
顔と顔を突き合わせて対峙していた彼女が背を向けた。
それと同時に闇黒の空間が端から白く煙り始める。
「顔を見るのも嫌、か」
闇黒の空間の奥へと消えていく彼女の背中を見送った。
彼女の姿が見えなくなると空間には白の色合いが増してくる。
それはこの『境界』からの目覚めを意味している。
まるで、夢から覚めるように何事もなく俺は現実に回帰する。
今回も何の収穫も得られず、姉さんの言っていた話し合いも実行に移す気はさらさら無かったが雌雄を決するということも出来なかった。
「……真の力、か」
俺以外の改造人間が手にした力。
それを得るための場『境界』。
白光に染まりいく空間を目にしながら俺の意識は現実に戻っていった。




