宝物庫
海賊船フールズコフィン号。戦列艦に分類される巨大な船のとある一室に船長たるデイヴィッド・ソコルはいた。
そこは宝物庫。
世界各地を巡って手に入れた秘宝や敵船より奪った金銀財宝で溢れる部屋だ。
そんなきらびやかで眼にも眩しい部屋には似つかわしくない古びた木製の丸テーブルと椅子が二脚ある。
デイヴィッドはその椅子に腰掛けテーブルの上に並べられた秘宝に分類される過去に己が命懸けで手にした品を眺める。
古代の貨幣に宝石。
魔力を帯びる刀剣や防具。
厳重に封のされた巻物や描かれた人物が動く不気味な絵画。
どれも普通ではない代物だ。
それらを手にするまでにあった冒険の数々を思いだしデイヴィッドは僅かに感傷に浸りそうになる。
しかし、宝物庫に現れた来訪者によってそんな時は失われる。
無遠慮に宝物庫の扉が開け放たれ、その人物はデイヴィッドの対面の椅子に腰を下ろした。
「……飼い犬の躾は済んだのか?」
「あぁ、そこそこに手を焼かされたが所詮は獣だ。力で屈伏させてやれば従うのが道理。過去にも一度あったこと、特に問題はない」
「それにしちゃ、随分と……酷ぇ有り様だ」
デイヴィッドは対面の人物――金髪の吸血鬼、カテナの姿に苦言を呈する。
漆黒のドレスはボロボロで金糸のように美しかった髪は返り血で斑に彩られ右腕の肘から先が欠損していた。
とても問題ないようには見えなかった。
「言ったろう。そこそこ手を焼かされたとな。そして、問題はない」
言葉を言い切ると同時にカテナの姿は平常時のそれに変わった。
欠損していた腕が生え漆黒のドレスも美しい髪も何もかも元通り。
怪我など元より無かったかのようだ。
「大した不死性だ。あの魚どもにとっちゃ、まさに御馳走だろう」
「あまり褒められてる気はせんな。しかし、こうして回復するには少なからず魔力を消費する。そのせいで小腹が減るのが難点だ……」
カテナはテーブルの上に置かれた一つの指輪に手を伸ばす。
その指輪には決して美しいとは言えない宝石が嵌まっていた。
暗く淀んだ青色をした鈍い輝きを放つ宝石。
しかし、見ていると何故だか無性に惹き付けられる引力を持っていた。
俗に言う呪いの指輪とされる代物である。
数々の人間の手を渡り歩き持ち主を不幸に追い込んできた曰く付きの品。
入手した細かい経緯はデイヴィッドも覚えていないが、決して装着してはならないとだけ聞いた記憶の残る品。
カテナはその呪いの指輪を手に取り――口に放り込んだ。
「質の悪い呪いだな……しかし、込められた魔力はなかなかだ」
まるで飴玉でも噛み砕くかのように宝石が咀嚼される。
ガリガリボリボリと咀嚼音が響き宝石は瞬く間に嚥下された。
そうしてカテナはテーブルの上に並ぶ品を幾つか喰らっていく。
デイヴィッドはその様子をただ黙って見ていた。
自身と船員達が命懸けで収集した宝が消えていくのをただ黙って。
「やはり約定とはいえ、自身の財が消え行く様を見るというのは面白くないか?」
「……別に構わねえ。未練がましく持っていたところで使えるもんでも無ぇからな。この骨の身じゃ酒も女も楽しめねえ。だったら、それを元手に博打を打ったほうがマシってもんよ」
「博打、か。私が協力してやろうというのだ。勝利は約束されたようなものだろう?」
「アンタの実力。アンタの飼い犬の実力。充分に見させてもらったつもりだが、それらが加わっても勝率は薄い。博打に変わりねえ」
「――人魚。アレがそれほどの脅威とは私には思えんが」
「尖兵の群体はな。あんなもんはただの数が多いだけの雑魚だ。アレだけならオレ達だけでも問題無え。アンタと契約を結んだのは大元をぶっ潰す為だ……」
骨の顔が苦々しく歪む――ということはなかったが明らかにデイヴィッドの声音が変質した。
それはカテナにも感じ取れた。
「……貴様の懸念は分かった。ひとまずは契約の確認といこう。私と駄犬の力を一時貸し与える。代わりに貴様は」
「所有する宝の中からアンタの『食糧』となる物品の全てを譲渡する。それで異論は無ぇな?」
「あぁ、私は異論無い。久方ぶりにまともな食事にありつけ、力も充分に発揮出来るほどに回復できたからな。まぁ、目覚めた時に騒ぐ阿呆はいるだろうが……どうとでもなる」
「決まりだ。細かいところは追々詰めるとしよう。塒に着いた後にでもな」
デイヴィッドは席を立った。
三角帽子を被り直してサーベルに片腕を落ち着ける。
そして、カテナに向き直った。
「――船の墓場に進路を取る」




