招雷
――木石の弾雨がキョンシーを襲った。
「ァ゛う゛」
突如として飛来してきた脅威にキョンシーは反応した。
先端を尖らせた二メートルを軽く越える丸太が、人の頭程もある硬く重い石塊が、深夜の街道を進んでいたキョンシーに襲いかかった。
どれも恐ろしい速度と正確さでキョンシーに放たれていく。
時速は百キロを優に越えていた。
まともに当たれば硬質な肉体を持つキョンシーといえど無傷ではいられない質量と速度の攻撃。
「ァ゛」
だが、それら木石の弾雨はキョンシーによって防がれた。
滑らかな動きだった。
まるで流水を思わせる優美な動作でキョンシーは木石の弾雨をその身体に受けてから自身の後方に流した。
――化勁。
相手の攻撃を受けた直後に自身の勁によって受けた力の方向性を操作し無効化する技術。
これもまた村地延允が修めていた技術だ。
日本においては合気道などに代表される柔の技の集大成。
キョンシーはその技術を使用し木石の弾雨を防いだのだ。
――その身体は着実に馴染んできていた。
数時間前までは片足を引きずっていたが、いまでは両足でしっかりと歩けている。
肉体に記憶されている体術は得意なものであれば使用出来るし、道術だって法具の必要な物以外は大抵操れた。
「……うわ、アレを防ぐのかよ」
木場拓未が遠間から呆れたような声を漏らした。
「良いアイディアだと、思ったんだけどな……」
接近戦が駄目ならば遠距離戦。
とても単純な考え方で作戦を立案した拓未。
黒妖犬の鋭敏な嗅覚でキロ単位という遠距離からキョンシーの位置と進行方向を確認すると作戦の準備に奔走した。
キョンシーの行く手に先回りし陣取った。
手近にある木を蹴り折った。
道端に転がる石を拾い集めた。
斯くして武器の調達は完了し、キョンシーの接近を確認するや投擲した次第である。
百メートルを越える遠間から投擲された木石の弾雨。
距離があったとはいえ威力は充分だった。
それなのにその攻撃はキョンシーが見せた化勁という新たな技術に敗北してしまう。……かに、見えた。
「……ン?」
拓未の鼻がソレを嗅ぎとった。
「ァ゛、う゛」
キョンシーの腕の一部が抉れていた。
化勁によって受け流していた攻撃だったが、その全てを防げていた訳では無かったのである。
偶然ではあったが、拓未が取った戦法は正解だったのだ。
結局のところ、キョンシーは動く屍に過ぎない。
感覚器官の殆どは機能しておらず、痛みも感じなければ、暑さも寒さも感じはしない。
そして、唯一働きを取り戻している嗅覚。
それが感じるのは生物が発する血――生気の匂いただ一つ。
キョンシーは拓未が放った殺気に反応したに過ぎなかったのだ。
感覚器官から生み出される訳ではない第六感。
いわゆる、勘や本能というものでキョンシーは拓未の遠距離攻撃を防いだのである。
だが、それも完璧ではなかった。
化勁にも限界がある。
人が生み出した技術であり無限に防げる万能性を持ってはいない。
許容量を越えて飛来した幾つかの木石は化勁の影響から逃れてキョンシーの身体に損傷を与えていた。
石塊が肉を潰し、木槍が肉を抉った。
抉られた傷口から血が流れる。
拓未の鼻はその血の臭いを嗅ぎとったのだ。
「イけるッ!」
自らが取った作戦は間違っていなかった。
キョンシーの損傷に気付くや拓未は確信する。
そうとなれば取るべき行動は決まっていた。
「ドォッリャアッ!!」
再び木石の弾雨を見舞うのみだ。
手応えを得た拓未は先に倍する力と量でキョンシーに投擲した。
「ァ゛ァ゛あ」
キョンシーは化勁にてそれを受け流しに掛かる。
肌に触れた瞬間に勁を発して力の方向性を変えて弾き飛ばす。
だが、矢継ぎ早に放たれる弾雨の全ては防げない。
脚の一部を木槍が抉った。
指先を石塊が潰した。
腹部を、肩を、と弾雨がキョンシーの肉体を削っていく。
端から見たならば、このまま遠間からの遠距離攻撃によってキョンシーとの戦いは簡単に決着すると思うことだろう。
しかし、それは違う。
拓未の方は未だ決定打に欠けているのだ。
確かに木石の弾雨はキョンシーの肉体を削っていっている。
普通の人間ならばとっくに行動不能なほどに。
「早く、倒れろっつの!」
だが、相手はキョンシーなのだ。
痛みを感じず肉体がどれ程損傷しようとも変わらずに動き続ける不死者。
拓未が相手にしているのはそんな化物なのだ。
拓未は焦る。
早く決着を着けなければならなかった。
不死者であるキョンシーに疲労や怪我による行動不能はあり得ない。
拓未が勝利を納めるには遠距離攻撃でキョンシーの四肢を潰すなり、胴体を切り離すなりして自身の優位性を高めてから接近戦に持ち込む必要があった。
あくまで目的はキョンシーの牙。
真理を治すことの出来る解毒薬の材料の入手。
そのために拓未は弱点と分かっていながらもキョンシーの頭部に狙いを定められなかった。
殆ど全ての不死者に共通している弱点である頭部。
思考を司る脳髄を破壊すれば大抵の不死者は行動を停止するのだ。
しかし、今回はそれが出来ない。
頭部を狙い、もし粉々に牙ごと破壊しては真理を救うことが出来なくなるからだ。
だから、拓未は頭部を狙わず首から下を狙ったのである。
「あ゛ァ゛」
キョンシーが石塊を受け流した。
「……クソッ」
それが最後の持ち弾であった。
用意していた木石がとうとう底を尽いた。
拓未が焦り決着を急いだのは残弾に限りがあったからだ。
キョンシーには無尽蔵の体力があるが拓未は違う。
既に疲弊している上に用意出来た木石にも限りがあった。
「……あーあ、予想してたより負傷は軽いみたいだな」
拓未は遠目にキョンシーを見やる。
首から下に虫食いのような欠損が見受けられたが、問題なくこちらに歩いてきていた。
「しゃあない、こっからは気合いで勝負だな」
もう手持ちの残弾は無く周囲には小石くらいしか転がっていない。
遠距離戦はこれで終わりだ。
ここからは接近戦になる。
「よっと、」
拓未は巨大な丸太を肩に担いだ。
自身の身の丈を遥かに越えた巨大な丸太だ。
普通に掴むことも用意ではなく、鋭い爪を突き立てて無理矢理に手にしていた。
キョンシーを迎え撃つ際に発見した巨木から拵えた丸太である。
投擲するには難しい大きさだったが、拓未はその丸太を最初から接近戦での武器に使おうと決めていた。
寸勁に浸透勁と先の戦闘で痛い目を見ている拓未。
無闇に相手の身体に触れればそれら功夫の脅威に曝されてしまう。
それを考慮して用意した無骨ながら立派な武器だ。
力任せに戦うしか能の無い拓未には打ってつけといえる。
「……さて、行くか!」
拓未が駆ける。
丸太の重みなど無いかのように疾風の如く。
「ッらあ!!」
勢いそのままに丸太を振るう。
改造人間の膂力によって大質量の丸太は兵器のような威力を伴ってキョンシーに迫った。
「あ゛」
トン、と軽くキョンシーの手が触れた。
瞬間、
「うおぁッ!?」
巨大な丸太は爆発四散した。
まさに木っ端微塵。
キョンシーの手から勁が流し込まれ丸太を破壊したのだ。
「痛ぅ〰!」
ビリビリと痺れる腕を振りながら拓未は構えた。
まさか、こんな形でこんなにも早く武器を奪われるとは思ってもみなかった。
「一撃で決めるしかねえかな」
こうなればそれしかないと再び気合いを入れる。
一撃のもとに首を落とす。
拓未はそう決める。
もとより戦闘技術で劣る拓未に残されているのはそれだけだ。
右手の五指を束ね爪を立てた。
左手は固く握られギシギシと音を立てた。
握った左拳で殴り掛かり、右手の五指で首を切断するという腹だ。
最初に放つ左拳が防がれるのは目に見えていたが、右手さえ届けばそれで良い。
「…………ッ!」
拓未が動く。
キョンシーに接近し左拳を叩き込む。
予想通り、片手で簡単に防がれた。
左手を熱感が襲った。
浸透勁によるものだ。
「いまッ!」
熱感が襲ったと同時に束ねられた五指が閃く。
キョンシーの首に狙いを定めて振るわれた。
高速で閃く五指にキョンシーは反応出来ていない。
片手は拓未の左拳を防いだまま、もう片方の手も垂れ下がったままだ。
(――獲った!!)
拓未の右手は邪魔されることなくキョンシーの首に届く。
その五指は肌に触れ――
「う゛?」
「そん、な……」
――へし折られた。
「ァぐぅっ!?」
まるで鋼鉄の塊にでも拳を叩きつけたかのような異質な感触だった。
黒妖犬に変身した拓未であればキョンシーの硬質な肌すら切り裂く攻撃力を持っている。
それなのに拓未の五指はキョンシーの肌に触れた瞬間、へし折られた。
「う゛ァあ」
――硬功夫。
肉体を硬質化させる功夫である。
達人になればカノン砲の直撃にすら耐える域に達するが、村地延允はあまり得意ではなかった。
一応、会得していた程度の功夫だ。
そのため持続させられる時間も短く木石の弾雨の際には使っていなかった。
通常時ですら硬質なキョンシーの肉体。
それが硬功夫によって更に硬質化された。
そのせいで、拓未の五指はへし折られてしまったのだ。
「クソッ……」
両腕が使用不能になってしまった拓未。
距離を取ったが、それもただの悪あがきだ。
もう、拓未に残されてる手は無かった。
「ァ゛、ぐ」
キョンシーが拓未に迫った。
「――雷よ!!」
突如として雷が降り注ぎキョンシーを襲った。
自然現象としての雷ではなかった。
天候は一切崩れていない。
「……鈴、」
拓未はその雷を発生させた人間の名を呼ぶ。
――そこには鈴が立っていた。




