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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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別れ

「――り゛ン゛」


 雷にその身を焦がされながらキョンシーはその名を口にした。


「ぁ、鈴ッ!!」


 拓未もその名を叫んだ。

 先の戦いで鈴はキョンシーに名を呼ばれたことで戦意を喪失してしまった。

 そのことを思い出して拓未は鈴の名を口にした。


「…………シッ!」


 だが、そんな心配は無用であったと思い知らされる。

 短い呼気と共に鈴はキョンシーの懐に飛び込んだ。

 間合いはほとんどゼロ距離。

 僅かに身体を動かせば相手に触れられるほどの超至近距離に鈴はその身を滑り込ませた。

 そして、大地を強く踏み締める。

 踏み込んだ右足は地面を陥没させて大地を震わせた。

 その踏み込みによって発生した莫大な力を伴って鈴はキョンシーに肘撃(ちゅうげき)を喰らわせる。


「グ、ァ!」


 鈴の肘がキョンシーの胸部に深く埋没する。

 肉を潰し、骨を砕き、臓器を抉った。

 化勁も硬気功も意味はなかった。

 雷に打たれた影響で使えはしなかったが、使えたとしても結果が変わることはない。

 鈴の一撃に込められた威力は相当なもので、化勁ではいなしきれず、硬気功すら打ち破る程。

 キョンシーは肘撃の衝撃を受けて吹き飛ばされた。


「……り゛ん゛」


 胸部を陥没させたキョンシーは再びその名を口にした。

 濁った声音で、淀んだ瞳で、その名を口にした。


「…………」


 鈴は何も喋らない。

 ただ、キョンシーを見つめていた。


「り゛ん」


 キョンシーが動く。

 吹き飛ばされて開いた間合いを埋めようと走って襲い掛かってくる。


「……師匠なら、そんな間合い一息で埋める」


 鈴は走り来るキョンシーの姿に短い呟きをこぼした。

 キョンシーが鈴に迫る。

 先の鈴と同様に踏み込みからの肘撃を見舞おうと近距離に詰めてきた。


「……そんなもの、震脚(しんきゃく)じゃない」


 鈴も同様に肘撃の態勢に移行する。

 だが、その踏み込みはキョンシーの比ではない。


『――鈴! もっと強く踏み込め!! そんなものでは震脚と呼べないぞ!』


 記憶が呼び起こされる。

 かつて師匠から受けたツラく厳しい修行の記憶だ。


「……うん。わかってるよ」


 肘撃と肘撃がぶつかった。


「ガ、っ!?」


 キョンシーが吹き飛んだ。

 同じ肘撃であったが鈴の方が精度も威力も上であった。 

 よろよろと起き上がったキョンシーは別の攻撃手段に打って出る。

 大口を開けて口中から黒い(もや)のようなものを吐き出した。

 靄は無数の蝙蝠のような形に落ち着くとキョンシーの周囲に滞空した。

 それは村地延允が修めた技ではない。

 キョンシーが編み出した技だ。

 カテナが使い魔を影より産み出していたのをキョンシーは見ていた。

 それを真似て自らの気を練り上げて造り出したのである。

 それはつまりキョンシーに自我が芽生えつつある証拠でもあった。

 肉体に刻まれる技術のみに頼るのでなく、自らが思考してより優れた存在に至らんとする過程。

 残された時間は少なかった。


「い゛、け」


 キョンシーが蝙蝠達に命令を下す。

 蝙蝠達は一斉に飛び立ち拓未と鈴に襲い掛かろうとした。

 鈴は蝙蝠達が動くと銭剣(ぜにけん)を取り出した。

 古銭を纏め縛っている紐を緩めると銭剣を蝙蝠達に向かって振る。

 紐が緩められていたせいで、繋ぎ止められていた古銭が蝙蝠達に向かって射出された。


『――やるじゃないか鈴。銭剣の扱いに関しては俺を越えたんじゃないか?』


 古銭が茜色の燐光を帯びる。

 鈴が霊力を注ぎ込んだのだ。

 古銭は闇夜に茜色の軌跡を描き蝙蝠達を射ぬいていく。

 百以上はいたであろう蝙蝠達は一分と掛からずに掃討された。


「……当たり前だよ。師匠は銭剣の扱いド下手だったし」


 銭剣の扱いを教えてやると言って、明後日の方向に飛ばして失くしてしまっていたのは誰だったかと鈴は笑う。

 古銭は蝙蝠達を射ぬくとそのままキョンシーに向かった。

 高速で飛翔する古銭は一枚残らずキョンシーに着弾する。


「……あ゛ァ゛」


 身体中を穴だらけにされキョンシーは呻いた。

 通常の生物であれば、もう活動すら不可能な損傷を負っている。


「これが、鈴の本当の力なのか……」


 拓未は呆然と戦闘を見ていた。

 両腕の負傷は回復しておらず見ていることしか出来なかった拓未。

 その瞳に写った光景は未だに信じられない。

 改造人間の自分でも勝ち目が無かった強敵を鈴は一方的というまでに圧倒してみせたのだ。

 信じられないのも無理はない。


「……リ゛ン゛」


 キョンシーがその名を呼ぶ。

 だが、その言葉にもう意味はない。

 鈴はようやく覚悟を決めたのだ。

 揺らいで、揺らいで、揺らいで揺らいで揺らいで、何度も揺らいだ結果に固まった本当の覚悟。

 それが鈍り揺らぐ事はもう決してない。


『――鈴、』

「……わかってるよ。師匠」


 鈴は背に掛けた桃木剣(とうぼくけん)を引き抜いた。

 そして、キョンシーに切りかかる。


「り゛ん゛」


 キョンシーが名を呼びながら応戦してくる。

 鈴は右腕を切り飛ばした。


「……リン゛」


 その濁った声音はどこか命乞いをするかのようだった。

 鈴は左足を切り飛ばした。


「リン」


 一本足で器用に立ったキョンシーは濁ることない声音で鈴の名を口にした。

 相対する鈴の顔を見つめてはっきりとだ。


「リン、たスケて」


 それはもう記憶にある言葉の再生ではなかった。

 発した言葉の意味を理解している。

 明確な命乞いだ。


「…………師匠、」


 鈴は桃木剣を強く握る。


『――……鈴、俺はもうすぐ死ぬ』


 桃木剣の刀身が茜色の燐光に包まれる。


『――……お前には自分で思ってる以上に厳しく接し鍛えてきたと思う。お前は俺を恨んでいい』


 鈴は桃木剣を振るって残った片足を両断する。


『――というか、恨め。憎しみが生み出す力だってある。俺を恨むことで得られる力があるなら、それも利用して生きてくれ。俺よりもずっと、ずうっと長くだ』


 キョンシーの左腕が宙を飛んだ。

 頭部と胴体しか無い身体で芋虫のようにキョンシーが地面を這いずる。


『――……こんなクソッタレな世界でも生き抜いて欲しくて、長くお前のことを弟子として接して来た。だけどな、』


 もう這いずることしか出来ないキョンシーに引導を渡すべく鈴は桃木剣を振るう。

 しかし、その剣撃は受け止められた。

 キョンシーに生えた新たな腕によって。


『――……例えば、こんな地獄じゃなくて平和な世の中だったとしたら、』


 鈴が切り裂いたはずの傷口からは新たな手足が生えて来ていた。

 青白く生気の無い手足が。

 鈴の剣撃はそれらによって阻まれた。

 鈴は懐から黄色いお札を取り出した。

 手にしたお札は念じることで発火し、鈴はそれらをキョンシーの手足に飛ばして貼り付かせた。

 手足のみが炎に包まれる。胴体と頭部に炎は拡がらす、鈴は燃え盛る手足を桃木剣で切りながら無傷な頭部を切り落とさんと走る。


『――……そして、そこでお前を拾っていたなら、』


 キョンシーとの攻防のなか、とうとう桃木剣が首に狙いを定めて振るわれる。

 両の手足は再び切り落とされキョンシーに抗う術はない。

 はずだった。

 今度は傷口からではなく、鈴の肘撃によって陥没した胸部から腕が発生した。

 もう鈴は剣撃の態勢にあり、回避行動はとれない。

 胸部から発生した腕が鈴を害さんと蠢き迫った。


『――俺は、お前を』


 その腕に拓未が喰らいついた。

 両腕の自由を奪われた拓未が残されていた(アギト)にて鈴の窮地を救った。


「行けぇ、鈴ッ!!」

「うぁぁぁああああアア!!」


 茜色に輝いていた桃木剣の煌めきが更に強まる。

 その輝きはまるで朝焼けの色のようで、


『――自慢の娘として接したかったんだ』


 桃木剣に宿っていた光が夜闇のなかに霧散していく。

 まるで蛍の群れのように周囲に散らばった光の粒。

 それは鈴と拓未を淡く照らした。


「……さよなら、父さん」


 村地延允は最愛の娘に看取られて、この世から去ったのだった。

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