表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
51/83

決戦場

 自らの師匠を討つ。

 その覚悟を決めた鈴の行動は迅速であった。

 黒犬の血により回復したとはいえ、真理に残された時間は多くなかったからだ。

 鈴の目算では保って二日。

 その短い期限の間にキョンシーを捕らえ、その牙を確保しなければ真理は完全なキョンシー化を果たしてしまう。

 それを理解しているからこそ鈴は急いだ。


 手始めに真理を隔離した。

 真理を廃屋内に寝かせて場を清めて、清浄な空間を造り出した。

 少しでもキョンシー化を遅らせるための処置である。

 続いて、決戦場の作成に移った。

 キョンシーはいま山中の暗がりに潜み姿を見せてはいない。

 しかし、夜になれば山中の獣を襲い生気を喰らいに掛かる。

 その機を狙って山狩りするのを拓未は提案したが、鈴は非効率的で危険性も高いとこれを却下した。

 それに代わる案がこの決戦場の作成である。


「鈴、これでいいのか?」


 拓未は鈴の指示通りに垂れ幕を設置した。


「うん、それで大丈夫」


 鈴は設置された垂れ幕を確認し満足げに頷いた。

 決戦場は廃屋近くの路上に作られることになった。

 真理は絶対安静が必須であり何かあったときのために近くから離れることも出来ない。

 つまり、作成出来るのが廃屋近くしか無かったというのが正確だ。

 路上には何本もの木製の杭が打たれ、そこに達筆で読むのも困難な漢字が刻まれた色とりどりの垂れ幕が掛けられた。

 その規則的に並んだ垂れ幕の奥。

 鈴は祭壇を築き精神を研ぎ澄ませていた。

 祭壇上には香炉や蝋燭、お札に宝剣と様々な道具が並べられ決戦の準備は着々と進められている。

 まもなく陽が沈む。

 その時にこそ、この決戦場は真価を発揮する。


「……ここにキョンシーを呼び出して誅伏(ちょうぶく)する。か、」


 拓未は鈴に説明された作戦を口にしたが、いまだに実感がわかない。


「本当に、キョンシーはやってくるのか?」


 鈴が言うには生前もっとも(えにし)を繋いだ自分だから出来る芸当だという。

 火の点いた線香を手にし鈴は祭壇で瞑目していた。


「信用していいわよ。歴とした術の一つなんだから」


 どうやら拓未の独り言は鈴に聞こえていたらしく、口を尖らせながらの抗議が返ってきた。


「あ、はい……」


 考えてみれば門外漢の自身に出来ることなど何もない。

 いまは鈴の指示に従うしかないと思い拓未は口を閉じた。

 辺りは茜色に染まっていき、遠くの空は闇に包まれていた。

 日没まで後十分ほど。

 陽が沈んでからしかキョンシーは活動しないという。

 鈴の呼び出す術がどれほどの時間でキョンシーをこの決戦場に誘きだすかも知れなかった拓未は何とはなしに彼方に視線を振った。


 ――人影がそこにはあった。


 赤い夕陽を背にした黒い人影だ。

 幽鬼のように佇む不気味な存在に拓未は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「――鈴ッ!!」


 反射的に鈴へと叫ぶ。


「え、なに!?」


 瞑目し精神統一の最中にあった鈴は突然の拓未の咆哮に目を開き、何事かと周囲を見やった。


「う、嘘……」


 鈴はその人影を捉えた。


「……師匠、」


 夕陽を背にし佇んでいたのは鈴の師匠だった。

 だが、それは有り得ないことだった。


「まだ、太陽は出てるのになんで!?」


 夕暮れ時とはいえ、未だ太陽は存在し世界を照らしている。

 陽の力が溢れるこの空間でキョンシーが活動できるはずはないのだ。

 なのに、目の前にはその有り得ない光景があった。

 日陰で陽光を遮ってるわけでも、遮光性のある布で全身を覆っている訳でもない。

 キョンシーはただ陽光の下で佇んでいた。


「……鈴、どうする」


 鈴の動揺は見てとれたが、拓未は今後の行動をどうすべきか問い掛けた。

 予想外の事態が発生したのは理解したので、対処法を求めたのだ。


「……はっきり言って不味いわ」


 鈴の顔を汗が数滴伝った。


「まだ準備が完璧じゃない……」


 決戦場を作成し祭壇も準備した。

 だが、まだ足らないのだ。

 戦う下準備は確かに完成している。

 それでも、捕縛の準備が整っていなかった。

 今回の目的はキョンシーの牙の入手。

 キョンシーを僅かの間でいいから捕縛し、その間に牙を抜く。

 討伐はその後でなければならなかった。


「本当なら、師匠を呼び出してる間に捕縛系の術を練り上げるはずだった。でも、この距離じゃ……」


 キョンシーとの距離は百メートルも無い。

 これでは近すぎて術を構築してる間に接近を許してしまう。


「……幸い、いまは動いてないけど、時間が足りないわ」


 術を構築するために霊力を練れば確実に襲ってくると鈴は確信した。


「なら、俺が時間を稼ぐ。――変身、」


 拓未はその身を獣に変じさせた。


「俺にはキョンシーの毒も効かないはずだ。俺が戦って止めてる間に術を頼む」

「……拓未」


 真理を助ける。

 拓未はそのために自身が出来ることをしようと変身した。

 鈴にもその気持ちは伝わり、危険だからと止めることなど出来なかった。


「……五分でいい。五分でいいから師匠を止めておいて」


 鈴は拓未に頼んだ。

 五分の間に必ず術を完成させると。


「……あぁ、任せたぞ」


 黒妖犬(ブラックドッグ)が駆け出した。

 それに呼応するかのように、キョンシーも動き出す。


「とりあえずは攪乱だな……」


 拓未は一度キョンシーと戦っている。

 山門での戦いの経験から警戒はしていたが、敗北の心配は無いと確信していた。

 確かにキョンシーは強い。

 下手な刀剣や銃器では歯が立たない硬質な肉体。

 その硬質な肉体を以て繰り出される攻撃は常人にとっては文字通りの一撃必殺となる。

 そう、常人ならばだ。

 拓未は改造人間なのだ。

 人間の状態では確かに苦戦したが、いま拓未はその真の力を発揮出来る獣人形態にある。

 その力は人間状態とは比較にもならないほどだ。

 そんな状態の拓未にしてみれば鈍重な動きのキョンシーなど恐るるに足らなかった。

 むしろ、殺してしまわぬように注意せねばならないほど。

 だから、拓未は俊敏な動きで攪乱しながら足止めしようとしたのだ。

 その考えが慢心であることになど気づかずに、


「ガァッ!」


 短く吼えながら拓未はキョンシーに最初の一撃を見舞わんと拳を突き出した。

 改造された肉体によって繰り出される高速の拳打。

 それはキョンシーの顔面を叩かんと走り、


「ア゛」


 青白い腕によりいなされた。


「んなっ!?」


 キョンシーが拳打をいなしたのだ。

 拓未は驚愕により硬直してしまう。

 腕による反射的な防御という行動なら理解できた。

 だが、キョンシーは自らの拳打をいなした(・・・・)のだ。

 それはつまり、本能による防御行動なんかではなく意識的な……


「う゛ぁ」


 硬直した拓未の腹部に、いつの間にかキョンシーの拳が据えられていた。


「ッ!? しまっ、」

「ガ、う゛」


 次の瞬間、衝撃が発生した。

 キョンシーの片足が大地へと踏み込まれた直後の事だ。

 完全に密着した状態であったはずなのに、拳からは極大の衝撃が放たれ拓未を吹き飛ばした。


「まさか、いまの寸剄(すんけい)!?」


 鈴にも拓未の戦闘は見えていた。

 そして、使われた技の正体も。

 功夫(クンフー)の技の一つである寸剄。

 生前、師匠――村地延允が得意としていた技の一つである。


「……な、なんで、キョンシーのはずの師匠が功夫を使えるの?」


 鈴は術を練り上げることも忘れて、目の前で起きた有り得ない事象を見入ってしまう。

 キョンシーは片足を引きずりながらではあるが歩いていた。

 もう跳んではいない。

 確かにキョンシーは進化していけば、普通の人間と同様に動いたり会話するまでに進化する。

 しかし、本来キョンシーがその領域まで進化するには数年は掛かるはずなのだ。

 だからこそ、一夜にして起きたこの変化は鈴を驚愕させるに充分だった。


「……いったい、何が起きたん、だ」


 拓未は未だ立ち上がれず地面に伏したままだった。

 寸剄によるダメージは身体の内側を狙ったもので、内的損傷のせいで呻き声を上げるしか出来ない。


「そ、そうだ、拓未が……」


 拓未の呻き声によって、ようやく現状の事態を思い出した鈴。

 すぐさま対処しようと動こうとした。

 だが、


「――リ゛ん゛」

「え?」


 その言葉に動きを止められた。


「リ゛ン゛」


 キョンシーが濁った声音で自身の名を口にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ