村地延允
――村地延允。
彼にとって自身の力は疎みこそすれ、感謝や自慢など出来るものではなかった。
幼少の時から、彼には普通の人間には見ることの叶わない霊的存在が見えていた。
その力の源は彼の祖父に由来した。
延允の祖父は大陸の出身者で、満州国で知り合った祖母と共に終戦間際、祖母の祖国である日本へと移り住んだ。
福島県に居を構えた二人はそこに定住し、中華料理店を開き、子供を産み育てて、孫である延允が産まれた。
傍から見れば、ただの中華料理屋の老店主に過ぎなかった祖父。
だが、その祖父には由緒正しい道士の血が流れていた。
延允が七つの頃、不用意に穢れた存在に触れてしまい霊障を負うと、祖父は今まで見せなかった道士としての顔を見せた。
自身の血を色濃く継いだ孫が霊障を負ったことで、己の知識と技を伝授する必要性を感じたのだ。
こうして、村地延允は幼い時点から道士として必要な技術を学び、十代後半にはいっぱしの道士と名乗れる実力を手に入れた。
だが、彼はその技術を封印し故郷を飛び出した。
まだ十代の延允にとって、祖父より学んだ道士としての技術は古臭く、この現代社会で役立つ代物ではなかった。
そんなものにすがり、研鑽を積むよりも、都会に出て青春を謳歌したい。
そう思った延允を誰が責められよう。
延允はこうして故郷を離れ、都会に出た。
しかし、いざ飛び出してみると都会に出たからといって何が変わり芽生えるわけもなく、いたずらに時間だけが過ぎていった。
そうして故郷に戻る機会を逃した延允は、道士の技術と共に鍛え上げられた中華料理の技術を頼りに数年の時を横浜の地で過ごすことになる。
そして、その日が訪れる。
一九九九年。
新たな世紀の訪れを迎えることなく、ヒトの世界に終焉の時が訪れた。
『死』が街を蹂躙した。
延允の住む地域は観光地として有名だったためにその被害は尋常ではなかった。
屍者、感染者が人々を襲い、襲われた者達が死んでは蘇る。
延々と繰り返される死の連鎖。
その地域にいたほとんどの人間が不死者の仲間入りを果たした。
だが、そのなかに延允の姿は無い。
彼はその時初めて自身の力と祖父から学んだ技術に感謝した。
延允は道士としての能力を十全に発揮し窮地を脱したのだ。
自宅に帰りついた延允はすぐさま行動を開始した。
故郷を離れる際、祖父が持たせてくれた道士にとっての必需品。
法具や古書を押し入れから引っ張りだして鞄に積めていく。
持てるだけの生活用品も携えて延允は街を後にした。
延允はなるべく人口密集地から離れると、周囲に畑しかない農地にその身を落ち着かせた。
土地を耕し、作物を育て、錆び付いていた肉体と技術を取り戻していく日々。
時折、近隣の住民だったと思しき不死者が現れたが無数の法具を手にした延允の敵では無かった。
そして、そんな生活を続けていたある日、
延允はその赤ん坊を見つけた。
日用品を得るために廃墟と化した市街地に足を踏み入れ、帰ろうとした時のこと。
路上に無造作に転がされた赤ん坊を延允は発見したのだ。
乳飲み子といって良い時分の赤ん坊。
まだ生きていることから、捨てられて時間はそれほど経っていないのが窺えた。
だが、もう泣く力も残されておらず不規則で消え入りそうな呼吸音を漏らすばかり。
そんな赤ん坊を見捨てられるほど、延允は人間性を失ってはいなかった。
延允は赤ん坊を連れ帰り育てることにした。
もちろん、独身だった延允に子育ての経験などあるはずもなく、苦難の連続だった。
昼夜をとわずに泣く赤ん坊のせいで不死者が集まってきたのは数知れず。
抱き抱え、背負って、戦ったのは延允にとって良くも悪くも忘れ得ない思い出となった。
そして、その子に鈴と名付けた延允は自身の持つ知識と技術を叩き込んだ。
普通の親子になることも出来たのだろうが、延允は自身を師匠と呼ばせ厳しく鍛えた。
そうしなければ、この世界を生き抜くことは出来ないと思ったからだ。
普通の親子として、畑を耕し、少ない実りを分けあって日々を生きていく。
それも悪くはない。
だが、鈴を守る存在である自身が消えればどうなるか。
年長者である自分が鈴より先に死ぬのは自明の理。
鈴のことを真に考えるなら、憎まれるのを覚悟で鍛え上げ一人でも生きていけるようにしてあげること。
それこそが真の愛ではないのか?
そう考えての行動であった。
それは奇しくも、延允の祖父が抱いたのと同じ結論だった。
こうして鈴は延允に鍛え上げられ道士への道を歩んでいった。
――そして、別れは思いの外早くやってきた。
癌であった。
日に日に体力は衰え、床に伏すことが多くなった延允。
鈴はそんな彼を必死に介抱した。
教わった知識通りに体力の回復を促す湯薬を作った。
針灸による治療も試みた。
だが、それらは全て効かなかった。
無理もないことである。
病巣は身体の奥深くに存在し、然るべき医療機関における精密検査であっても悪性化するまでは見逃すほどのレベル。
それを鈴が発見し治療するなど不可能だった。
自身の死を悟り、延允は鈴に自らが死した後の指針を示した。
ここに留まるが最良の選択であるが、もし困ったら福島にいる自身の祖父を頼れと。
祖父は年季の入った熟練の道士であり、まだ死んではいないと思っての助言。
だが、鈴は涙を流してその言葉を拒絶した。
何をしてでも師匠を助ける。
その一点張りで延允の言葉に耳を貸さなかった。
仕方の無いことかと延允は残る僅かな時間を鈴に預けた。
鈴が新たに調合してきた不味い霊薬を飲んだり、病人には厳しかったが滋養がつくからと野鳥や獣肉も喰った。
だが、回復はしなかった。
もう起き上がる体力も無く、一日のほとんどを自室の天井に這わせながら延允は思考した。
――まぁ、それなりに頑張った人生だったかな。
鈴は諦めずに策を探した。
――後悔が無いといえば嘘になるが……鈴なら生き抜いていけるだろう。
延允は目線だけを鈴に飛ばす。
――俺が死ねば、あの娘は傷つくのだろうな。
鈴は古書を手にし、血眼になって記述に目を通していく。
――念のために反魂の法、観洛音の術、殭屍の作成法を記した古書は身体が動くうちに処分しておいた。あの娘が禁術や外法に触れることは無いだろう……
それらは全て、死者を現世に関わらせる禁断の術。
死した自身を鈴が蘇らせたりしないようにした延允の最後の親心。
だが、
――お前は俺なんかさっさと忘れて幸せに生きろ、鈴。俺はそれだけを願ってるぞ。
破棄されたのはそれだけだったのだ。
延允が焼却したのは死者に関わる術法を記した書物のみ。
逆に言えば、
――……生きろよ。鈴、
生者を対象とした書物は鈴の手元に残されていたのである。
「――リ゛、ん゛」




