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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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解毒薬

 翌朝。拓未は酷い倦怠感に苛まれながら目を覚ました。

 幸いにも今日の天気は晴れだった。

 キラキラと太陽が眩しく、その光が起き抜けの拓未を照らす。


「……ぅう、」


 身体が酷く重く気分は最悪。

 太陽の光が恨めしかった。

 成人前に世界が終わってしまった拓未に飲酒経験は無かったが、二日酔いってこんな感じなのかな。

 と、薄ぼんやりした意識のなかで思いながら身体を起こした。


「あ、拓未。目覚めたみたいね」


 まだ陽が昇って一時間と経たない早朝であったが、鈴は焚き火の前で鍋の番をしていた。


「ちょうど良かった。いま完成したとこだから、ハイ飲んで」


 目覚めた拓未に鈴は鍋の中のどどめ色をした液体をカップに入れて差し出す。


「……えーと、コレは?」


 人一倍感覚が鋭い拓未は手渡された液体を怪訝な表情で見つめる。

 見た目、絵本なんかで魔女が大鍋で煮る薬みたいな色合いで匂いも強烈。

 液体ではあるがドロドロとしていて繊維質な物も混じっていた。

 簡単に飲めと言われても、さすがに抵抗があった。


「アタシが作った湯薬(とうやく)。昨日、血を大量に抜かせて貰ったでしょ。だから、増血作用と強壮効果を高めて作ったの。分かったら飲む」


 数種類の薬草に霊薬、その他飲む側の精神衛生を保つために言えない材料を用いて作られた湯薬。

 拓未はそれを無理矢理に流し込んだ。


「……不味い」


 起き抜けの肉体には厳しすぎる味わいだった。

 身体には良さそうだったが、気分は落ち込んでしまう。


「それじゃ、アタシは真理ちゃんに飲ませるわ」


 拓未が飲んだことを確認すると、鈴は吸い飲みに薄めた湯薬を入れ始める。

 水で薄められ濃度と温度が軽減されたとはいえ、決して美味しいとは言えない湯薬。

 眠りから起こされた真理は衰弱し意識も朦朧としていた。

 そんな状態で吸い飲みから口にした湯薬が喉を通る訳もない。

 口に含んだ全てを吐き出してしまった。


「……ゴメンね真理ちゃん。ツラいだろうけど、飲んでくれないかな……」


 これが飲み難く不味い湯薬ではなく、普通の水であったとしても真理は吐き出していただろう。

 それほどに真理は衰弱していた。

 キョンシーの毒に侵された肉体には力がほとんど入らず嚥下することすら苦痛を伴った。

 鈴にもそのことは分かっていたが湯薬を飲んで貰わなければ、真理の身が危ない。

 拓未同様、その身体からは多くの血が失われていた。

 何もせず放っておいては死を招く。

 それが分かっていたから鈴は真理に厳しい言葉を吐いた。

 そうなった原因が自分にあるのを悔やみながら、


「……はぃ」


 消え入りそうな声で真理が答える。

 吸い込みに自ら口を運び、無理矢理に中身を飲み干した。

 そして、再び眠りについた。


「……頑張ったね」


 鈴は真理の努力と己の力なさにその目を潤ませた。

 だが、それも一瞬。

 すぐに普段の自身に切り替える。


「さすが黒犬の生き血ね。師匠に教わった通り効果抜群。一晩でこれだけ回復するなんて思わなかったわ」


 拓未に向き直ると鈴は礼を言った。


「……ありがとう。拓未がいなかったら真理ちゃんを助けられなかった」

「ぁ、そのこと、なんだが……」


 ――黒妖犬(ブラックドッグ)

 その姿を鈴に見せてしまった。

 真理の危機を救うためだったとはいえ、異形の身を晒してしまった事実は拭えない。

 拓未はそれをどのように説明するか――釈明、弁解するかを悩んだ。

 過去、拓未はその姿を晒したことで幾度となく迫害を受けた。

 今回のように、人を救うために、その身を異形に変えたはずなのに、

 その過去の記憶が目の前にいる鈴の顔を見ることを躊躇わせた。

 礼を言ってくれたとはいえ、その顔は恐怖やそれに類する負の感情に彩られてるのではと恐れた。


「あの、黒い犬の、姿は――」


 言葉が続かなかった。

 二週間以上前、真理を救った時も拓未は今のような状態だった。

 自身の異形を見せつけてしまった真理に合わせる顔も、伝える言葉も見つけられず、地下施設の下層に一人でいた。

 それほどに拓未が負った過去の傷は深い。

 話したところで、理解も許容も得られず、否定と拒絶をされるのではないか。

 その恐怖が口を塞いだ。

 だが、


「あぁ、別に喋らなくていいから」


 拓未の言葉より先にきっぱりと鈴が告げた。

 短く言い切られたその言葉に拓未は心を冷やしたが、言葉は続く。


「犀犬、天犬、狡。犬の化生の伝承は数多く師匠から聞いてるわ。だから、別に拓未がどんなもんだって気にしないわよ」

「え?」


 その言葉に負の感情などなかった。


「人間から仮生に身を変えるなんて、珍しくもないって言ってんのよ。あんたが人間から仮生に変わる奴でも、仮生が人間に化けてるだけでも、なんだって構わない。そう言ってんのよ」


 拓未の正体など気にもしない。

 そんな風を鈴は装った。

 拓未が話しづらそうに言葉を窮した時点で、そうしようと鈴は決めて実行した。


「だから、アンタの身の上話はまた今度聞いてあげる。いまはそれより話したいことがあるんだから」


 有無を言わせず、拓未の話を打ち切る鈴。

 拓未はそれに内心安堵したが、もうしわけない気持ちが沸き上がる。


「……すまない」

「謝んなくてもいいわよ。こっから、話が山ほどあるんだから」


 それから、鈴は拓未に謝罪も反論も言わせぬままに今後の話を進める。

 自身の師を――キョンシーを葬る算段を、


「……本当にいいのか?」


 拓未は鈴が選択したそれを再度確認する。

 鈴の目的は師匠を故郷にて丁重に葬ることだったはずだ。

 それをこの場で葬る。

 それがどんな意味か解っているのかと問うた。


「えぇ、覚悟は昨日の晩に固めたわ。師匠はこの手で葬る……」


 鈴が見せた覚悟に、拓未はもう口を出そうとはしなかった。

 代わりにキョンシーを葬るための算段を確認する。


「今回、カテナは使えない。この理由は?」


 作戦とはキョンシーを誘い出して拓未と鈴の二人のみで倒すというものだった。

 キョンシーの誘い出しには鈴の道術が使用される点、誘い出した場所に数々の罠を仕掛けるところまでは理解できたが、カテナを作戦に関わらせない点には納得がいかなかった。

 キョンシーは大抵の不死者同様夜行性であり、昼間は姿を見せず洞穴などに身を潜めているという。

 日中は暗がりの奥深くに身を潜めるため、引きずり出すのも探し出すのも困難で作戦の決行は自ずと夜になる。


「夜ならカテナも動けるはずじゃないか?」


 カテナに使い魔を放ってもらえば索敵も誘導も楽になる。

 最終的にはカテナにキョンシーを葬ってもらうのが一番安全だ。

 そう考えての拓未の発言だ。

 もし、これが鈴の私的な感情によるカテナの除外であれば拓未とて、黙っていられなかった。


「……第一の理由に、今回あの女の使い魔は役に立たないの」

「役に立たない?」

「拓未、あの使い魔ってのが何で出来てるか知ってる?」


 ――影。

 拓未の頭の中にその単語が浮かんだ。

 蝙蝠、蜘蛛、蜥蜴。その姿は様々だが、カテナの使い魔という奴は皆一様に影によって編まれている。

 拓未はそのまま口にした。


「合ってるけど、不正解。あの影みたいなもの、あれは陰の気で出来てるわ」

「いんのき?」

「簡単に言うと、世界には陰と陽。光と闇。+と-みたいに相反する力が存在するの。そして、あの女は陰の気の固まりみたいなもの。それから作られる使い魔も陰の気で出来てるの」


 鈴は淡々と語っていく。


「そして、師匠――キョンシーも陰の気を利用して生まれた不死者。あの女の使い魔はそんなキョンシーにとっては格好の餌になる」

「使い魔が食われるのか?」

「食われるというか、吸収に近いかもしれない。使い魔は単純な命令を実行する純然たる気の固まり。支配権も命令権もあの女にあるかもしれないけど探知できる至近距離に近づいたら、補食という過程も踏まず自然にキョンシーに吸収される。高い確率でね、」


 鈴の説明は拓未が理解できるように優しく噛み砕かれたもの。

 拓未はそのおかげで概ね理解し納得した。


「じゃあ、二つ目の理由ね。それは、強すぎるから」

「強すぎるから?」


 拓未は首を傾げた。 


「さっきも言ったけど、あの女は陰の気の固まり。キョンシーに近付くだけでもその進化を促すわ」


 それは使い魔の比では無いという、凶暴化し抑えが効かなくなったキョンシーはカテナが近付くだけで無意識に垂れ流される陰の気を吸い進化してしまう。


「それでも、カテナなら倒せると思うんだが、」


 カテナの馬鹿げた実力を知る拓未は食い下がる。

 いくら進化したとしてもキョンシーがカテナに勝てるとは思えなかった。


「アタシもそれは分かってる。あの女なら伝説にしか語られない位階にまで達した殭屍とも戦える。それは分かってるの」


 それは昨晩、カテナにも聞いた事実だった。


「……でも、そこまで変質してしまったら、もう真理ちゃんは助けられないの」

「真理が、助からない?」


 拓未はその言葉の意味を測りかねた。


「……待った。真理は助かったんじゃないのか? 俺の血で真理は、」

「あのときアタシは言ったわ。黒犬の生き血があれば完治は無理でも安全な状態には出来るって、確かに安全な状態には回復させたけどいまだに毒は真理ちゃんを蝕んでる。このままだと数日でキョンシーに変わるわ」

「そん、な……」


 拓未は言葉を失った。


「だから、キョンシーの牙を手に入れるのよ拓未」

「キョンシーの牙?」


 それこそが真に真理を救う事が出来る代物。


「えぇ。キョンシーの牙を煎じて解毒薬をアタシが作るわ。そうすれば、真理ちゃんは助かる。キョンシーにはならないわ。そのためにはあの女の力を借りずにアタシ達だけで戦わなきゃならない」


 それはとても厳しい戦いになると鈴には予想出来た。

 凶暴化したことでその力は以前とは比べ物にならないだろう。

 拓未と初めて出会ったあの山中の戦いを再現することになるがより困難なものとなる。

 それでも、


「だから、アタシにあんたの力を貸してほしい」


 今回は鈴も全力を尽くすと決めていた。

 もう捕縛や捕獲を前提とした術を使う気はない。

 殺傷能力の高い術を全力で振るうと誓った。

 だが、それで勝てるとは思っていなかった。

 勝つには拓未の協力が不可欠だった。

 だから、鈴は拓未に頼む。

 自身も大量の血を抜かれ、休息を必要とする拓未に頭を下げる。

 目の前にいるお人好しがどう答えるかなんて分かっていて頭を下げる。

 そうするしか出来なかった自分に腹を立てながら、


「…………あぁ、」


 拓未が答える。


「二人で真理を助けよう」

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