三人で
「……わたくしめが全ての元凶と仰いますか」
男――鏑木仁乃は、一切の物怖じも見せることなくカテナと言葉を交わす。
「そうだ。貴様がヒトの世界を滅ぼした」
「それは心外です。わたしはあなた様から頂戴した血を使い、俗に言う感染者を作り上げはしました。しかし、わたしが作り上げた感染者だけが世界を滅ぼした訳ではありません」
確かに、感染者は多くの被害を人類にもたらした。
ただ、彼等だけの力ではヒトの世界を滅ぼすことなど出来なかった。
「後に『終末の日』と呼ばれることになったあの日。世界を蹂躙したのは無数の『死』にございます」
鏑木仁乃が作り出した感染者。
とある隕石により飛来した共生者。
とある宗教組織が生み出した屍体。
他にも、様々な『死』が世界を滅ぼす要因となったのだ。
「……だというのに、それをわたし一人のせいなどと」
「黙れ、たとえ世界を滅ぼしたのが無数の『死』であったとしても、偶然その日に同時多発的に不死者が暴れ出したのは何故だ?」
「……それこそ、あなた様がいま仰ったではありませんか。全ては偶然にございますとも」
「貴様……」
人を小馬鹿にしたような態度にカテナは苛立ちを覚える。
「あぁ、そういえば彼もまた世界を滅ぼした要因の一つですな」
その視線が炎上する建物に向けられた。
ホームセンター二階の窓を内側から押し破り、地上に着地する黒い塊がカテナの目に留まる。
それは白い少女を抱えた黒き獣であった。
「――獣化改造体第四号。でしたかな、世界の救済を夢見た木場くんの忘れ形見の名は。彼等、改造人間が十全な働きをみせていれば、世界が滅びることはなかったはずです」
「その名でアレを呼ぶことは私が許さん。次にその名を口にすれば、分かっているだろうな?」
「……おや、これは申し訳ありません」
その言葉に心からの謝意はなかった。
「……さて、わたくしめはそろそろ」
「待て」
その場から立ち去ろうとするのを許すカテナではなかった。
「私が世間話をするために貴様の前に現れたとでも思っていたか?」
「おや、違ったのですかな?」
「あぁ、違うとも。私は……」
カテナの周囲に冷気が生じる。
「不の連鎖を断ち切る為に来たのだ!!」
力任せにカテナの腕が振るわれた。
ただただ純粋な力による一撃。
人間など掠めただけで死に至る暴力が襲い掛かる。
「おや、これは怖い」
だというのに、その顔はいまだ薄い笑みを浮かべていた。
襲い掛かってきた一撃を鏑木仁乃は焦ることもなく避けてみせる。
「ッ!?」
カテナは避けられた事に驚きながらも、動き出した身体を止めることはなかった。
しかし、続けて放たれた重く鋭く速いカテナの攻撃も一つとして当たりはしない。
「……貴様、まさか」
「……申し訳ありませんが、時間です。わたしの目的は済みましたので、これにて失礼させて頂きます」
「目的だと?」
カテナの連撃を以てしても傷ひとつ受けなかった鏑木仁乃。
これ以上はカテナに構っていられないと退散を宣言した。
「はい。これにございます」
赤い液体の入った小瓶がその手に握られていた。
「……出来れば本体の入手が望ましかったのですが、これで良しとします。代わりに、面白いサンプルも手に出来ましたし」
小瓶を懐に納めると、鏑木仁乃は恭しくお辞儀をしてみせた。
「それでは、わたくしめはこれにて。機会がございましたら、いずれまたお会い致しましょう」
「待て! 私がそれを許すと思ってい――」
カテナが言葉を言い切る前に、鏑木仁乃の半身が黒い霧状に変化した。
「……この、感覚は、いまだ、慣れません、ねぇ……」
途切れ途切れに言葉を発して言い切る頃には全身を黒い霧に変化させ、鏑木仁乃はカテナの前から姿を消した。
「……やはり、人間で在ることを捨てていたか若造」
自身の攻撃を避けられた時点でその可能性を予想していたカテナだったが、逃げられたことでその予想は確信に変わった。
黒い霧に変わり逃亡を図った鏑木仁乃。
カテナは無駄とは思いつつその気配を探ってみるが、やはり気配は感じられない。
カテナの目と鼻の先といえる近場に今日まで潜伏し続けていた鏑木仁乃である。
なんらかの方法によりカテナの探知を妨害してるのは明らかであった。
「カテナ!」
鏑木仁乃が去ったその場に二人の男女が駆けつける。
「駄犬と小娘か」
「カテナさん、何があったんですか?」
「ここで何があったんだ?」
炎上するホームセンターから脱出した二人は近くの廃ビルから響く轟音を耳にした。
真理には何が起こっているか見えない距離だったが、拓未は屋上で何者かと交戦しているカテナを視認する。
こうして、二人はこの場にやってきたのだった。
「目障りな虫がいた。ただ、それだけだ」
「お前、それだけって……」
屋上は酷い有り様である。
カテナが自らの力を振るったことで、幾つもの大穴が開いている。
その余波で廃ビル壁面には亀裂が入り半壊といっても過言ではない状態だ。
「それだけだと言った。それ以上でも、以下でもない。わかったな駄犬」
「……あぁ、わかったよ」
カテナが苛立っていることを察した拓未はそれ以上の追求をやめる。
(……だけど、この匂いは)
カテナが刻んだ破壊の爪痕。
そこには確かにカテナ以外の匂いが残っていた。
(昔、どこかで……)
拓未はその匂いを一度嗅いだことがあった。
頭の片隅に埋もれた古い記憶の中に残る匂い。
拓未はその匂いの正体を思い出そうとする。
「そうだ、木場さん! アカリちゃんとアキラくん!」
しかし、拓未が過去の記憶を辿ることは叶わなかった。
隣にいた真理が出した大きな声のせいで、思考が中断されたからだ。
「円治さんに頼まれたじゃないですか。二人のこと……」
ホームセンターを飛び出した直後に耳にしたカテナの轟音により、優先順位が変わってしまったのを真理は思い出した。
「もう夜ですし、早く助けてあげないと」
円治との約束。
アカリとアキラの保護。真理はそれを必ず果たすと約束している。
轟音の正体を知ったいま、一刻も早くその約束を果たさねばならなかった。
「そうだな。あの双子を早く探そう」
拓未も円治との約束を再度思い出し、自慢の嗅覚を使い捜索を開始する。
二人は廃ビルを後にし、双子達を探しに出た。
「…………面白いサンプル、か」
カテナも二人の後を静かに追った。
「……木場さん、ここで合ってるんですよね?」
「あぁ、そのはずだ……」
拓未は双子の匂いを辿り、その場に至った。
瀬田達を閉じ込めていた隔離小屋だ。
拓未の鼻は双子達の一番新しく濃い残り香を感じ取り隔離小屋に導いた。
だというのに、
「誰もいないですね……」
隔離小屋のなかには誰一人としていなかった。
「もしかして、二人とも外に出ちゃったんじゃ?」
「いや、それはない」
拓未の鼻がそうだと告げている。
黒妖犬の姿となった拓未の嗅覚は非常に鋭敏だ。
それは例えるならば匂いというものを視覚的に捉えていると言ってもよい。
拓未には隔離小屋の中に残る匂いが色分けされたかのように感じられていた。
古い匂いは色褪せて薄く、新しい匂いは色鮮やかに濃く。
拓未の感じる双子達の匂いはかなり濃い。
だが、
「……なんで、途切れてる」
匂いは途中で寸断されていた。
匂いは色濃く残っているのにアカリとアキラの姿がそこにはない。
隔離小屋の外に出たならば匂いは外に繋がっているはず。
それなのに、そんな様子も見られない。
これではまるで、ただ忽然と姿を消したようだ。
「連れ去られたのだろうよ」
カテナが言葉を発した。
「……連れ去られただと?」
拓未はカテナの言葉に動揺する。
「あの地下施設と同様だろうな。覚えているか? あの地下施設には大勢の死体が転がっていた。だが、そのなかに居なかった者達がいた」
地下施設の最深部までカテナは潜っている。
そのカテナも一人として彼等を見てはいない。
「……紅瞳」
か細い声で真理が呟いた。
「……わたし、ただ見つけられなかっただけだと思ってました。でも、そんな……」
地下施設で子供達の死体が見当たらない事はただ自分が見落としていただけだと思っていた真理。
事実を知ったことで、その紅い瞳が潤んでいく。
「カテナ、その連れ去った奴ってのを知ってるな?」
「……まぁ、な」
「……そうか」
先程、カテナが半壊させた廃ビル。その屋上でカテナと争っていた人物。
それが、犯人なのだろうと拓未は睨んだ。
屋上に死体が無かったことと、カテナが苛立っていたことから犯人は逃走に成功したと拓未は踏んでいた。
カテナと争い、なおかつ逃げおおせるような規格外の人物。
想像しただけで相当な脅威だ。
関われば、ろくなことにならないのも目に見えている。
「そいつを追おう」
拓未はそのリスクを承知しながらすぐに決断した。
「……駄犬、それでいいのだな?」
カテナは拓未の決断を再度確認した。
その選択をするということは、『戦う』ということなのだ。
それをカテナは確かめたかった。
その選択をすれば、廃ビルに住み着き日々を平和に過ごす木場拓未という人間からは遠ざかってしまう。
『死』を狩る黒き獣。
忘れたかったはずの過去と嫌でも対峙しなければならなくなる。
本当にそれでいいのかと、カテナは確認した。
「あぁ、それでいいさ」
拓未もカテナの言葉に込められた思いを理解していた。
それでも、答えは変わらない。
「……そうか、ならば好きにしろ。私もそれならば退屈せずにすみそうだ」
カテナは微笑を浮かべながら同行することを伝えた。
「わ、わたしも行きます!」
真理も挙手をして、同行を願った。
「君塚さんとの約束もありますし、施設の子たちが生きてる可能性が少しでもあるなら、わたし行きたいです!」
「……そうか」
もとより拓未に真理を置いていくなんて選択肢はない。
というか、出来ない。
地下施設とホームセンターという居住地は崩壊し、真理一人を残して行くなど考えられなかった。
危険な道になるだろうが、真理のことを必ず守ると拓未は誓っている。
「それじゃあ、行くか。また三人で!」
今度の旅は目的地すら決まっていないものとなる。
どんな危険が待ち受けるかも分からぬ、それこそ冒険と言えた。
「足だけは引っ張るなよ駄犬」
「頑張りましょうね、木場さん」
三人は未だ見ぬ未知へと一歩を踏み出す。
「……さぁ、行こう」
――彼等の旅がいま、始まる。




