表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
36/83

最後の頼み

「これじゃあ、もう……」


 真理の口から諦めの言葉が漏れた。

 大火に包まれるホームセンター。

 建物のほとんどが炎に飲み込まれていて、中から逃げることも外から助けに入ることも出来ない。

 その惨状を見てしまえば、誰でもそんな言葉を漏らしてしまう。


「……変身ヘンシン


 しかし、拓未は違った。

 拓未は真の力を解放するための言葉を発し黒妖犬ブラックドッグの姿に変身する。

 黒き獣の姿に変わったことで拓未の感覚器官はヒトの姿の時とは比較にならないほど強化された。

 拓未は強化された視覚、聴覚、嗅覚を使い生存者を探す。


 炎のなかで倒れ伏す多くの者の中から生存者を探した。

 燃え崩れていく様々な音の中から、生存者の息遣いや助けの声を探した。

 人や物が燃やされ出来た悪臭の中から、生存者の汗や血の匂いを探した。


「見つけた」


 強化された拓未の感覚は、普通では感じ取れない生存者の気配を察知した。

 場所は建物二階。

 火災の熱により割れた窓から漏れる音と匂いを拓未は感じ取った。

 か細い息遣いに濃い血の匂い。


「……真理」


 真理に右手を差し出す拓未。

 それは、共にその場へ行こうと言う誘い。

 拓未は匂いを嗅ぎ取ったことで生存者が誰であるか判別している。

 漂ってくる血の匂いはとても濃く、真理をそこに連れていけば酷い記憶を残すかもしれなかった。

 建物の内部は炎熱地獄と化しているだろうし、精神的だけでなく肉体的にも危険が伴う。

 それでも、拓未は真理を連れていこうと思った。

 どんなことでも知りたいと言った真理。

 自分の過去に向き合い、拓未の過去にも触れた真理。

 彼女にはそれを見て知る権利があるからだ。


「はい。わかってます」


 真理は差し出された拓未の手を握る。


「じゃあ、行くぞ。舌を噛むなよ」

「はい!」


 拓未は真理を抱えて地面を強く蹴った。

 恐るべき身体能力により凄まじい跳躍を見せる拓未。

 目指す場所はホームセンター二階の窓である。

 直上に跳べば軽く十メートルは越えるであろう脚力を持って、斜め上に向かって自身と真理を射出した拓未。

 狙いは正確で一秒と少しの間を持って窓は突き破られた。

 真理を守るために身体を捻り、背中で窓枠を破壊した拓未である。


「真理、怪我はないか?」

「大丈夫です。怪我もしてません」


 二人は無事、ホームセンターの二階へと侵入する。

 やはり、内部は酷い有り様だった。

 物が多いせいで当たり一面が火の海になっている。


「こっちだ」


 拓未は鼻を動かし匂いを探る。

 初めて訪れた場所で、それも炎上している最中とあれば本来動くべきではない。

 炎と煙が行く手を塞ぐからだ。

 闇雲な探索は簡単に死を招く。

 しかし、拓未には何の問題もなかった。

 拓未の鼻は空気の流れを読み比較的安全な道筋を捉え、炎も煙も大した障害とはならない。


「ゴホッ、ゴホッ! は、はい」


 ただし、真理は違う。

 拓未に抱かれた状態とはいえ、この環境は人間にとって最悪だ。

 炎と熱が肌と喉を焼き、建物内には燃焼により発生した一酸化炭素等の有毒ガスが充満している。

 長く留まれば命に関わってしまう。

 拓未はなるべく毛皮の内へと真理を沈め炎と熱から遠ざけようとする。

 真理にも鼻と口を着ている服で覆い隠すように指示し出来る限りの対策をとった。

 後は突き進むのみ。

 優れた嗅覚により導きだした経路を拓未は進む。

 炎の壁によって形成された迷路を抜けた先に、その男はいた。


「……木場の、旦那」


 君塚円治がそこにいた。

 円治は黒き獣の姿である拓未を目にしても、大した反応を見せずにその名を呼んでみせた。

 円治は座った状態でその腕に一人の女を抱いている。


「円治、それがお前の」

「……はい。妻の紗綾です」


 円治の腕に抱かれる紗綾の首には大きな傷があり、着ている服の半分以上を血が染めていた。

 紗綾の手には一振りの小刀が握られている。


「……自殺、か」


 拓未はその小刀を見て、紗綾の死因を口にした。


「……ハハっ、旦那にゃ敵わねえな。どうして解ったんですか?」


 拓未が紗綾の死因を言い当てたのは偶然ではない。


もう見てる(・・・・・)からだよ」


 治療された感染者の末路を拓未が見るのはこれが二度目。

 拓未は既にあの地下施設の中で遺体の死因を特定していた。

 それらの死因はいずれも自殺。

 首や胸などに外傷とは明確に異なる自傷した痕を拓未は確認している。

 このことから拓未は治療された感染者は、自ら命を断っていたと気付いたのだ。


「旦那が何を言ってるか分からないですけど、旦那の言う通りですよ。紗綾のやつ、自分で首を切ったんです」


 日下雅人の研究により誕生した治療薬。

 それは感染者を人間に戻すことが出来る奇跡の新薬。

 だが、それを投与され人間に戻った者の全てが自殺した。

 その理由は、


「『私は人間を食べた』紗綾はそう言ってました……」


 治療薬は完全な効力を発揮し、肉体と精神を人間へと戻す。

 その際、感染者であった時の記憶は失われない(・・・・・)


「……オレ、やっぱバカです。紗綾が人間に戻れば、また楽しく暮らせると思ってました」


 感染者であった時の記憶。

 忘れ去り、捨て去ってしまうべきだった記憶は人間の精神を容易に蝕む。

 感染者はヒトを喰らう怪物だ。

 その一員であったならば、禁忌に触れる機会は数多かったに違いない。

 人間の精神を取り戻したとき、犯してしまった罪の重さにどれだけの人間が正常でいられるだろうか。


「紗綾は何度も何度も謝ったり、泣いたり、怒ったりした。人間に戻したオレに殴りかかってきたりもしました……そんで」


 君塚紗綾は不安定になった精神状態で暴れまわった。

 その際、その場にいたはずの一人の男が消える。

 そして、偶然・・その場には可燃性の高い物質や薬品が無造作に置かれており、些細な衝撃で発火するような代物が放置されていた。


「後は、ご覧の有り様っすよ……」


 二階のこの場所を起点に発火したホームセンターは見る見るうちに炎に包まれた。

 紗綾は自身が引き起こした惨状を目の当たりにし、これまた偶然・・であったのか手近にあった小刀を使い命を断ってしまう。


「木場の旦那。皆は無事ですか?」

「…………あぁ」


 拓未は嘘を吐いた。

 いま、このホームセンター内で生き残っているのは君塚円治ただ一人。

 何故か発火地点であるはずのこの場所が一番火の手が薄いのだ。

 それはまるで、何者かが意図してそうしたかのように。


「……旦那は嘘が下手っすね」

「悪いな……」


 拓未の言葉を聞くまでもなく円治は理解していた。

 紗綾が起こしてしまった火災で――自分のせいで皆は死んでしまったのだ。

 そう、理解していた。


「……木場の旦那。一つ頼みを聞いて貰えませんか?」


 そんなことを言えた義理ではないのは分かっていた。

 拓未を裏切り、真理を傷付け、自身の仲間も死なせてしまった最低の男。

 そんな人間がこの期に及んで口にしていい言葉ではないと分かっていても円治は拓未に頼むしかなかった。


「……あぁ、言ってみろ」


 拓未はその頼みを受け入れる。


「ありがとうございます。旦那……」


 円治は安堵の表情を浮かべた。

 自身の最後・・の頼みが聞き届けられた安心感からの笑顔だ。

 紗綾を抱いているため傍目には見えないが、円治の腹には穴が開いている。

 それも小さな穴ではなく、確実な致命傷となる程のものが。

 拓未は円治から伝わってくる血の流れる音と匂いからその傷を目視せずとも把握し、最後の頼みを聞くことにしたのだ。


「アカリとアキラはまだ生きてるんすよ……」


 拓未から逃げる際に円治はアカリとアキラを隔離小屋へと避難させていた。

 子供二人を連れての逃走は難しいと判断し、翌朝までには迎えに行くという約束をした円治。

 その咄嗟の判断が双子を火災から救ってみせたのだ。


「……だから、旦那。アイツ等を」


 次第に遠退いていく意識を奮い立たせ、円治は最後の頼みを拓未に伝えようと手を伸ばす。


「はい! 必ず助けます!!」


 その手を取ったのは真理だった。


「必ず、アカリちゃんとアキラくんをわたしと木場さんが迎えにいきます!」


 自身が傷付けたはずの少女にそう言われ、円治は笑いを隠せなかった。


「……すまねえ、頼むわ。嬢ちゃん」


 本当に情けなく弱かった自分に笑いがこみ上げてくる円治。

 自身の汚れた手を握る小さな手から伝わってくる熱に円治は一筋の涙を溢した。


「……本当にすまねえ」


 握られている二つの手の上から、もう一人の手が重ねられる。


「後は任せろ」


 拓未は短く告げて、円治から真理を引き剥がした。


「木場さん!?」

「そろそろ逃げないとマズイ」


 円治との会話により、真理はすっかり忘れていたが現在ホームセンターは激しく炎上している。

 火の手が薄かったとはいえ、もうこの場も危険なのだ。

 拓未の全感覚がこれ以上ここにいてはならないと警告を発していた。


「でも、君塚さんが!?」


 真理は円治の致命傷のことを知らない。

 拓未が自分だけを連れて逃げようとするので真理は抵抗した。


「嬢ちゃん、オレのことはいい。代わりに……」


 円治もその様子を見かねて、最後の言葉を口にした。


「悪ガキどものこと頼んだぜ」

「……ぁ、は、はい!!」


 拓未は、その一瞬を見逃さず振り返ることなく漆黒の風となりその場から消え去った。


「……悪かったな皆」


 迫りくる炎が人の形をしているように円治には見えた。

 それは自分のせいで死なせてしまった仲間達の幻影。

 それらが自分を責めてるように思えた。


「……すまなかったな瀬田のおっさん」


 それはいつも自分を助けてくれた恩人への謝罪。

 最後に忠告までしてくれたというのに最悪の結果を招いてしまったことへの懺悔。


「……ごめんな紗綾」


 円治は取り戻したかっただけだ。

 ホームセンターに住んでた皆と瀬田と紗綾とアカリとアキラ。

 その皆で暮らしていた過去を、取り戻したかっただけなのだ。


「……生きろよ。アカリ、アキラ」


 その日、ホームセンターは全焼した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ