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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
35/83

全ての元凶

 木場拓未の鼻にその匂いは届いた。


「――ッ!!」


 匂いと同時に、その音は届いた。


「真理、そのまましっかり掴まってろ」


 背後から自身を抱き締めている状態の真理に拓未は忠告をする。


「へ?」


 真理から了承の言葉が出るのも待たず、拓未はその首に女の子一人をぶら下げて走り出す。


「えーっ!?」


 突然、拓未が走り出してしまったので真理は悲鳴を上げながらも両腕に力を込めてしがみつく。

 もし少しでも力を緩めれば振り落とされそうな速度で拓未は走った。

 拓未の改造された肉体はヒトの状態であっても常人とは比べるべくもない性能を発揮する。

 しかも、現在は獣化形態への変身が行われてまもない。

 体内の細胞は活性化され、通常のヒト型時より高い身体能力を発揮していた。

 拓未は走る勢いそのままにエレベーターシャフトに突っ込み、ロッククライミングの要領で壁面を登っていく。


「き、木場さん。どうしたって言うんですか!?」


 激しく揺れる背中にしがみつく真理は拓未の行動の理由を聞く。


「地上で何かが起こった」


 拓未は短く告げると、コツを掴んだのか登る速度を上げた。

 動きがより激しくなり真理は必死にしがみつく。

 真理の細腕が悲鳴を上げ出した頃、ようやくエレベーターシャフトを抜け階段のある階層へと抜けた。


「真理、もう少しだけ我慢していてくれ」


 その言葉と共に拓未は大きく首を回した。


「あ、わわっ!?」


 拓未のその動作によって、身体を固定していた両腕を支点に真理もぐるんと振られる。


「よっ!」


 自身の前面に来た真理の身体を拓未はキャッチし両腕で抱える。

 それは所謂いわゆる、お姫様抱っこと呼ばれる態勢だった。


「こ、これって……」


 真理も知識でだけは知っていたので、顔を赤らめてしまう。


「それじゃ、行くぞ」


 拓未はそんな真理の反応に気付かず階段を駆け上がった。

 先程のエレベーターシャフトでは真理を気遣い全力で動けなかった拓未。

 両腕は壁面を掴み登るのに使っていたので、無理をすれば落ちてしまう真理の身体を支えられなかったのが原因だ。

 しかし、ここからは階段であり両腕が空く。

 拓未は空いた両腕に真理を抱えることで今度こそ全力で動くことが出来たのだった。

 凄まじい速度で階段を駆け進んだ拓未はあっという間に地上へと到着する。


「……この匂いは」


 地上に出たことで、その匂いはより一層強く拓未の鼻を刺激した。


「木場さん、あれって……」


 真理が指差す方向を拓未は見た。

 匂いもその方向から漂ってきている。


 ――空が赤く染まり黒煙が立ち上っていた。


「あれって、まさか……」

「あぁ、あの方向は……」


 円治達の住むホームセンターの方角だった。

 拓未の耳と鼻にはその方角から漂ってくる爆発音と火と煙の匂いがしっかりと届いていた。


「……円治」


 拓未は、その名を呟いた。


 真理から血液を抜き取り逃げた君塚円治。

 そして、円治が拠点としているホームセンターから立ち上る黒煙。

 この二つの出来事に関係性が無いなどと拓未は思わなかった。


「真理、お前はカテナの所に戻っ――」

「嫌です」


 拓未が言葉を言い切る前に、真理は拒否の言葉を口にする。


「きっと、いま見えてる光景の原因はわたしに関係してるんですよね」


 真理は黒煙立ち上る赤い空を見つめる。

 拓未と同じく真理にも分かっていたのだ。


「……大丈夫です。わたし、どんなことでも知りたいです」

「……そうか」


 ならば、何も言うまいと拓未は口を閉じることにする。

 代わりに、拓未は手を差し出す。


「行くぞ、真理」

「はい。木場さん!」


 真理はその大きな手を取り、拓未はその小さな手を引き寄せて抱え上げた。

 そして、赤に染まる空の下へと駆け出した。


 ◆◆◆


「……おやおや、これはこれは」


 廃ビルの屋上から男はその光景を見下ろしていた。

 燃え盛る施設とそれを必死に消火しようとする人間の群れ。

 がむしゃらに水を掛けても大火の勢いはまったく収まらず、無理な消火に出たことで炎に巻かれ退路を断たれた人間が苦しみながら死んでいく。


「あらら、あれは辛そうな死に方ですねえ……」


 他人事ひとごとであるからか、男は死んでいく人間達を観察しながら素っ気ない感想を漏らした。


「――楽しそうだな若造」


 凛とした女の声が男を呼んだ。


「おや、あなた様は……」


 男は薄い笑みを絶やすことなく自身の背後に現れた者の名を呼んだ。


「カテナ・クァルト――」

「黙れ。それ以上言葉を続ければ、貴様を挽き潰す」


 男の言葉がカテナの逆鱗に触れる。


「……貴様が、我が名を語るなど千年早い」


 カテナは男が言い切ろうとした自身の名に激昂していた。

 その名を呼んでいい者は限られているのだ。


「それは大変な失礼を致しました。以後、気をつけさせて頂きます。はい」


 男は悪びれた様子も見せずに謝罪をし、カテナの機嫌を更に悪化させる。


「……まぁ良い。貴様、こんなところで何をしている?」

「何を、と申されましても返答に困ってしまいますなぁ……」

「そうか。ならば、はっきりとした言葉で問うてやろう。あの火事は貴様の仕業だな?」


 いっこうに火の手が弱まらない燃え盛る施設をカテナは指し示した。


「いえ、わたくしめではございません。あの惨状を引き起こしたのは、あくまで人間の業にございます」

「……ほう」


 事実、男は何もしていない。

 あの惨状を造り出したのは、感染者から人間に戻ってしまった哀れな女だ。


「では、今一度問おう。あの地下施設(・・・・・・)の件はどうだ?」


 いま、この時と似通った条件が揃い崩壊した場所がある。

 地下に建設された秘密の研究施設だ。


「それも、わたくしではありません。わたくしめは、ただ進言しただけですとも……」


 男は日下雅人の研究成果を絶賛し、臨床試験に移るべきだと焚き付けたに過ぎなかった。


「ならば、重ねて問う。あの日、我が居城に感染者の群れを放ったのは貴様か?」


 真理と拓未が出会った夜に突如として現れた大量の感染者。

 たとえ、拓未が黒妖犬の姿に変わったとしても、真理を守ることは出来なかったであろう数の暴力。

 何の前触れもなく出現した不可解で不自然な存在。


「……貴様はそれ以外にも私のあずかり知らぬ所で動いていたのではないか?」


 何故、厳重に施錠されていたはずの隔離小屋から瀬田の屍体は逃げ出せたのか?

 何故、ホームセンター内に感染者がいたというのにカテナは気付けなかったのか?

 何故、ホームセンターは感染者に襲われ、感染者へと変わった君塚紗綾を連れ立ち現れることが出来たのか?


「……どうやら、わたくしが全ての元凶だとでも言いたいご様子ですなあ」

「事実を言ったまでだ。貴様は自ら手を下したわけではないと逃げるのだろうが、全ては貴様が元凶だ。一九九九年のあの時、一つの世紀の終わりと共に死の軍勢を世界に放った狂人……」


 そう、全てはその男から始まっている。


鏑木かぶらぎ仁乃じんない。長き眠りから私を目覚めさせた貴様こそが全ての元凶だ」

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