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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
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君塚紗綾

 ホームセンターの二階は資材置き場として利用されていた。

 階段を上ってすぐに木材や鉄材などの利用頻度が高い資材が積まれている。

 逆に奥に進めば進むほど利用頻度の低いものへと変わっていく。

 資材置き場などと言っているが、手前に置かれている物以外はガラクタ同然でゴミ置き場と言っても差し支えない。

 事実、二階に上がる人間は手前にある木材や鉄材のみを取りにくるだけで、奥への関心を一切示さずに立ち去っていく。


「……っはぁ、はぁ」


 そんな誰も近寄らないはずの場所へと君塚円治は向かっていた。

 廃倉庫で起きた拓未との衝突。

 拓未が黒妖犬ブラックドッグの姿となり、亡霊ゴーストを蹴散らす寸前。

 円治は子供たちを連れて廃倉庫より離脱していた。

 突然、黒い獣に姿を変えた木場拓未。

 一目見ただけで異常と分かる化物の追跡を円治は恐れた。

 ホームセンターにはすぐ戻らず、街中を転々と移動し円治が帰りついたのは警備の人間以外は寝静まっている時間だった。

 ボロボロの状態で一人帰ってきた円治を心配し仲間達が声を掛けてくるも円治はそれを無視。

 円治は迷うことなく二階の奥へと足を進めた。


「……待ってろ、いま助けてやる」


 その手には、日下真理から抜き取った血液入りの小瓶が一つ。

 感染者を人間へと戻す治療薬が握られていた。

 拓未を裏切り真理を傷付けた円治。

 彼がそうまでして救いたかった存在。


「……紗綾さや


 円治の妻――君塚紗綾はそこにいた。

 身体を拘束具により縛り付けられ、その上から金属製の鎖を巻いたまるで蓑虫みのむしのような状態で。


 君塚紗綾が感染者に成り果てたのは数年前のこと。

 その日、ホームセンターに感染者の群れがやってきた。

 数はそれほど多くなく瀬田の指揮のもと円治たちは果敢にこれを迎え撃った。

 被害は最小限に収まったものの、その戦いで紗綾は感染者に触れられ感染する。

 感染者となった紗綾は逃走していく感染者の群れに混じり姿を消した。

 産まれたばかりのアカリとアキラを残し感染者となり消えた紗綾。

 円治はその事実を受け入れられず絶望に沈んだ。

 だが、円治はそこで終わらず立ち上がった。

 紗綾を取り戻すために。

 円治は隙を見つけては街中へ抜け出し感染者となった妻を探した。

 そして、何日目かの捜索でようやく発見する。


 感染者となった紗綾とその男(・・・)を。


「おや、お帰りなさい。遅かったですねえ君塚くん」

「……狸ジジイ」


 数年前、その男は感染者となった紗綾を連れて円治の前に現れた。

 見た目は小太りな初老の紳士。頭髪は薄く体型もだらしない男で常に薄い笑みを浮かべる怪人物。

 男は数年前から感染者となった紗綾とともに、二階の奥に隠れ潜んでいた。


「それで、どうでした。入手は出来ましたかアレ(・・)


 円治はこの男と紗綾の存在を隠し続けてきた。

 だが、ある時瀬田に感づかれてしまう。

 円治は嘘も吐けず感染者となった紗綾を隠していると秘密を打ち明けた。

 結果、瀬田は過去に出会い親交を深めた子買い――日下雅人を尋ねることにする。

 世界を救う研究のために紅瞳レッドアイズを求めていた日下雅人。

 その男ならば、紗綾を救えるのではと一縷の望みを持って瀬田は出掛け、最後は屍体となった。


「……あぁ、ここにある」


 円治は手に持っていた小瓶を男に差し出す。

 円治は男の名を知らない。

 数年前に知り合ったというのにだ。

 円治は何度も名を聞いたが、その度に男は話題を変えて話をはぐらかした。

 仕方なく円治は狸ジジイと呼んでいる。

 見た目が狸のようであり、人を食ったような態度はその名が相応しいと思ったからだ。


「おぉ、これが日下くんの研究成果か……」


 男は円治から受け取った小瓶を恍惚の表情を浮かべて眺める。

 まるで宝物を扱うかのような所作を見て、円治は気味の悪さに背筋に悪寒を走らせた。


「狸ジジイ、オレは言われた通りにした。次は、アンタの番だ」


 円治が今回の行動に踏み切ったのは男の言葉によるところが大きい。

 地下施設で入手した日下雅人の研究ノート。

 円治の頭では半分も読み解けず、最後は男に頼ってしまった。

 研究ノートを読み終えた男は円治にその内容を伝えた。


「えぇ、分かっていますとも」


 男が円治に伝えた内容に間違いはなかった。

 男の語った情報に偽りはなく、ノートに書かれていた情報だけを語っている。

 ただ、その伝え方は最悪に分類される。

 普通の伝え方であれば、拓未と真理に円治は土下座して頼み込む程度で終わったはずだった。

 しかし、男から情報を伝えられた円治は真理を拉致し無理矢理に傷付けるという最悪の方法を選択してしまう。


「では、始めましょう」


 男は拘束している紗綾の口を強引に開き、そのままの状態で固定する。

 小瓶の栓が抜かれ、傾けられたことで少量の血液が零れた。

 その血液は開かれた口の中に吸い込まれていく。


「――!!」


 真理の血液が体内に取り込まれたのを切っ掛けに、声にならない悲鳴を上げて紗綾は苦しみだした。


「おい! 本当にこれで治るんだろうな狸ジジイ!?」


 円治は悶え苦しむ紗綾の様子に激昂した。


「……大丈夫ですよ、君塚くん。見てみなさい」


 男の言葉に従い円治は紗綾の様子を再び見る。

 確かに苦しそうではあるが、次第におとなしくなっていた。

 死人のように白かった肌にも段々と生気が戻っていくのが分かった。


「……ぁ、えん、じ?」


 紗綾の口から言葉が発される。


「ぁ、あ、紗綾!」


 円治は紗綾に駆け寄った。

 治療は成功し、紗綾は感染者ではなくなったと歓喜して。

 邪魔な拘束と鎖を外し円治は紗綾を強く抱き締めた。


「えん、じ」

「うん。うん! そうだ。オレだ。円治だよ!!」


 数年ぶりに紗綾から名を呼ばれたことで円治の抱く力が更に強まる。

 もう二度と聞けないと思っていた紗綾の声に円治は涙を流した。


「えん、じ……どう……た」


 まだ上手く喋れない紗綾。

 円治はその言葉を理解しようと抱き締めながら必死に耳を傾ける。


「……どう、し……をな……」

「なんだ、紗綾? 上手く聞こえない」


 掠れる声で発される言葉を円治は頑張って聞いたが良く聞き取れなかった。

 だが、紗綾が何度も同じ言葉を繰り返し言ってるのだけは円治にも分かった。

 そして、何度も繰り返し繰り返し言っていたことで紗綾の声も調子を取り戻し、円治はその言葉をようやく理解する。


「――どうして私を治したの円治ッ!?」

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