見知らぬ顔
「それでは駄犬。私は好きにさせてもらうぞ」
散々好き勝手しておいて何をと、文句を言いそうになるが俺は必死に言葉を飲み込む。
文句を言ったところで、こちらが痛い思いをして終わるに決まってるからだ。
それにカテナは十分に協力してくれた。
これ以上、甘えるのは申し訳ない。
カテナの目的はこの施設へと至ることだ。
もう目的は果たされている。
このまま一緒に行動していても状況を掻き回されるだけだろうし。
いまは好きにさせておこう。
幸いにもこの施設内の安全は保証されているし、手元には見取り図だってある。
カテナがいなくても、そう困らないはずだ。
「……コレくらいはサービスしておいてやろう」
カテナが指をパチンと鳴らした。
淡い光を放つ小さな球体がカテナの周囲に発生する。
光球は不規則に明滅し、ゆらゆらと動いていた。
まるで、蛍のようだ。
それらは開いた扉の奥に拡がる闇へと、吸い込まれるように向かっていった。
すべての光球が吸い込まれると、深い闇で閉ざされていた空間に柔らかな光が灯る。
昼のように明るいわけでもなく、電灯のように煌々と輝く光じゃない。
ただただ優しい光だ。
カテナはその光の中に姿を消した。
「……ったく」
礼を言いそびれただろうが。
せめて、それくらいは聞いてけっての。
「それじゃ、行くか」
気を取り直し、カテナの力によって明るくなった扉の先に二人と一緒に踏みいる。
先程まで、何も見えてなかったであろう二人はおっかなびっくり着いてきた。
「……旦那、これは」
円治は拡がる光景に息を詰まらせ、鼻と口を腕で覆い隠した。
俺と真理も同様の動作をとる。
「あぁ、酷い臭いだ」
足を踏み入れた瞬間から、その臭いが強くなっていた。
血と煙、そして――死の臭いだ。
原因は一目瞭然。
カテナにより二人の眼でも捉えられる明るさになったことで、はっきりとそれは見えていた。
赤と黒により塗り潰された壁と床。元の色である白は僅かにしか残されていない。
赤は血液、黒は焼け焦げた跡だ。
それらに塗り潰されているだけでなく、弾痕までが刻まれているのが見えた。
ここで何があったのかは、未だ解らないが銃の使用も厭わない事態になっていたらしい。
「……旦那、こいつら動き出さないですよね?」
円治が見ている方向には死体があった。
それも一体や二体じゃない。
床には複数の焼死体が無造作に横たわっている。
円治が心配するのも仕方ない。
この死が溢れる世界で、こんな中途半端な方法で死体を放置しておくなど以ての他だ。
焼くのであれば骨まで焼き尽くすのが一般的。
だというのに、焼死体のすべてが生焼けだ。
炭化も余りしておらず、顔の判別がつきそうなものまでいる。
その心配は理解できた。
「あぁ、それは心配ない」
「なんで、そんなにはっきりと言い切れるんですか旦那?」
「魔法使いが、そう言ってたからな」
――魔法使い。
カテナのことだ。
吸血鬼だと、真実を告げて話を拗らせても面倒くさいから、円治にはそう伝えてある。
嘘も方便というヤツだ。
実際に魔法も使ってるから別にいいだろう。
「なるほど! じゃあ、安心ですね」
円治はカテナのことを本当に魔法使いだと信じている様子。
まぁ、目の前で暗闇を明るくして見せたし納得出来る理由にはなってる。
カテナ自身、容姿が現実離れしてるから見た目にも説得力があるし。
「でも、旦那。その魔法使いの姉さん無しで大丈夫なんですか?」
「あぁ、大丈夫だ。ここに驚異は無いって話だからな……」
不死者の類いは施設内に存在せず、安全な探索がカテナの探査で約束されている。
ここに横たわっている人間同様、誰も不死者になってはいないのだ。
だから驚異は無い。
つまり、この施設にいた人間は誰一人として生き残っていない。
たった一人を除いて。
「木場さん…………来て、貰えますか?」
真理に呼ばれたので行ってみる。
「どうした、真理?」
「……わたし、施設のみんなの顔は全員覚えてるんです」
真理は無造作に転がっていた死体の側にいた。
「だから、ここに倒れているのが誰なのか気になって顔を見て回ってたんです」
「……そうか」
父親を探していた。
そう言わない真理に、俺は掛ける言葉が出てこなかった。
「……知ってる人ばかりで、わたし何ていうか……その」
知人の死というのを真理は初めて体験したのだろう。
上手く言葉を紡げていない。
俺は真理の言葉を待つ。
ちゃんと喋れるようになるまで。
「……それ、で。ここにいたのは、お父さんの同僚の人たちだったんです。でも、お父さんはいなくって……」
日下雅人の姿が無いというのは意外だった。
たしか、日下雅人は真理を今いる場所から逃がしたはず。
俺はてっきりこの場で息絶えたと思っていた。
それがいない。
ということは、真理を逃がした後に日下雅人は移動したことになる。
いったい、どこにいったんだ?
「顔が判らない人もいて、全員を把握したわけじゃないんですけど、ほとんどお父さんの同僚の人でした。……でも」
真理が一人の死体を指差した。
「……わたし、この人知りません」




