扉の先へ
街を往く三人の人影があった。
夜が明けてまだ一時間と経ってはいない。
太陽はいまだ低く、早朝というにも早い時間だ。
ほとんどの人間が眠りの中にあるか、いまから眠ろうとしている。
そんな時間にも関わらず、三人は確かな歩みでその場所を目指していた。
辿り着いたのは、とある廃ビル。
その裏手にあたる場所だ。
そこには地下へと通ずる扉があった。
「見覚えはあるか、真理?」
「すこし……」
日下真理は扉を背にし空を見上げた。
まだ端々に闇を残す暁の空が真理の視界に広がる。
あの時、目にした灰色の空ではなかった。
だが、きっとここなんだと真理は思う。
「……行きましょう。木場さん」
「……あぁ、行こう」
「えぇ、行ってやりましょうや。木場の旦那!」
「…………待った」
木場拓未は意気揚々と扉に向かっていこうとする君塚円治の肩を押さえつける。
「なんすか、木場の旦那?」
「そりゃ、こっちの台詞だ。なんで、着いてく気満々なんだよ」
真理と拓未がホームセンターを出発しようとした時、何故か円治が着いてきた。
その理由は二人を警護するためだと円治は言った。なので廃ビルの扉前に来た時点で、その任は解かれたと拓未は予想していた訳だ。
誰も好き好んで危険が待つ未知の領域へ足を踏み入れたいとは思わない。
だというのに、円治は何が待ち受けるかも分からない場所に自らの意思で飛び込もうとしていた。
「いや、どう考えたって二人だけじゃ危険でしょ。旦那一人で、嬢ちゃん守れるんですか?」
「……いや、それは」
確かに普通の人間ならば、こんな危険な場所に少女を守りながら探索に出るなんて自殺行為はしないだろう。
「そう、なんだが……」
拓未の視線が一瞬、手に持った三輪キャリーに注がれた。
拓未と真理には強い味方がいる。
カテナという、無敵の存在が。
今回は、地下探索で太陽の光とは無縁。
カテナ自身が望んだ同行である。
ただ、その事とカテナの存在を円治に説明するのは憚られた。
存在を知らせれば無用な不安と恐怖を与えてしまう恐れがあったからだ。
拓未は上手い言い訳を考えようと頭を捻るも、何も浮かび上がらないのだった。
「それに旦那。そんなデカイ荷物持ってちゃ、嬢ちゃんを守るも何もないでしょ」
布が巻かれベルトで固定されたデカイ荷物。
そして、木場拓未の貴重品。
円治の抱いている印象がそれだ。
二日間の付き合いでも、木場拓未という男がその荷物を大事にしているのを円治は理解していた。
常に自身の近くに置いているのを確認している。
昨日の雨のなかでは、さすがに持ち運んではいなかったものの、同行者である真理に預けていた。
それらのことから、その中身が拓未にとって非常に価値ある何かであると予想。
現に、謎の地下施設への探索だというのに持ち運んでいる始末。
そんな状態で、何を調べられるというのか?
円治はすこし憤っていた。
「だから、オレにも手伝わせてくださいよ。必ず役に立って見せますよ」
円治は普段通りの笑顔で拓未に同行を願った。
「……わかった」
拓未は同行を承諾した。
円治が何を考えているにしろ、承諾以外に道は無い。
たとえ、拒否して二人で扉の先に足を進めても、後ろから円治が無断で追ってくる可能性があったからだ。
それでは、同行を拒否したところで結果は変わらない。
「思わぬところで時間を食ったが、準備はいいか?」
「オレはいつでも」
「はい。木場さん」
「じゃあ、行くぞ!」
三人はとうとう扉の先に足を進める。
「真っ暗ですね……」
三人は地下へと続く階段をおっかなびっくり下りていく。
傾斜はそれほどキツくなく緩やかに下れていた。
光源は背後から注ぐ僅かな陽光のみ。
それも一歩を刻む度に弱くなっていく。
道幅は真理が目一杯に両の手を伸ばしてギリギリ壁に触れる程度。
壁に手すりなどは付いていない。
そのため、前を歩く拓未はカテナの入った棺桶に注意を払いながら慎重に進んでいた。
三人は縦列を組んで階段を降っている。
先頭に拓未、真ん中に真理、最後尾に円治の順だ。
「だ、旦那。そろそろ、明かりくらい点けませんかねえ?」
最後尾の円治が先頭の拓未に話し掛ける。
もう光源も消え失せそうだった。
最後尾にいる円治がそれを一番に感じ取り、言葉に出したわけだ。
「あぁ、そうだな。そうしよう」
しかし、拓未は軽い調子で円治の言葉に応えた。
それもそのはず。拓未の手元にはカテナが作製した見取り図が存在している。
これによれば、この先は一本道。
階段はまもなく終わり、続くは長い直線である。
迷うこともなければ、危険もないのだ。
「これで、良しっと」
用意していたランタンに火が灯る。
淡い光が周囲を僅かに照らす。
弱々しい小さな光源であるが、その登場に円治と真理から安堵の息が漏れ出た。
「やっぱり、小さくても光があると安心しますね」
「違いねぇ。真っ暗闇なんて……怖ぇしな」
光が灯ったことで、二人の恐怖も多少ではあるが和らいだ。
拓未はそれを好機とみて、歩調を速めた。
すると、二人は遠のく光を追いかけるため急ぐ羽目に陥る。
拓未のちょっとしたイタズラは成功し凄い勢いで階段を踏破。その場所まですぐに辿り着いたのだった。
「ここは……」
一本道の先には、内側から固く閉じられた扉があった。
その扉を真理は覚えている。
「……お父さん」
日下雅人が、真理を逃がすために使用し封印した脱出路に続く扉だ。
「……真理、いいんだな?」
拓未が最終確認を取る。
日下雅人は娘である日下真理を逃がした。
これから行う行為は、その思いに反すること。
きっと、日下雅人が望まなかったことだ。
それでも、実行するのかと拓未は真理に問いかけた。
「木場さん……」
それは真理にだって解っていた。
こんなこと、父は望んでいないだろう。
こんなこと、父の思い描いた日下真理という少女の未来には無かったことだろう。
それでも、
「……お願いします……」
真理は、知りたいのだ。
『私は、間違ってしまった……』
日下雅人が、何を間違ってしまったのかを。
「わたしを」
どうして、自分になにも教えてくれなかったのかを。
「扉の先に、帰してください!!」
真理が渾身の力を込めて叫んだ。
「……あぁ、任された!」
拓未が真理の言葉を叶えるべく扉に立ち向かう。
体当たりに殴打と自身の肉体で扉と格闘する。
「円治っ! 役に立って見せるんだろお前も手伝え!!」
「あ、はい!?」
扉と格闘する拓未を傍観していた円治も巻き込み、二人による攻撃が始まる。
それでも扉はびくともしない。
「か、固ぇー!?」
「泣き言は、コレ使ったあとだ」
円治に手渡されたのは鉄製のパイプ。
ちょうどいい長さで使い勝手も良さそうだった。
「……どこで手にいれたのかは、この際聞かないことにしときますよっ!」
「そりゃ、ありがとよっ!」
拓未がホームセンターから拝借した鉄パイプが扉に叩きつけられる。
素手による攻撃よりも手応えは感じられた。
だが、感じられ過ぎた。
鉄パイプを伝って強烈な振動と衝撃が二人を襲う。
「……旦那。こりゃ」
「あぁ、キツいな……」
二人は顔を見合せ笑いあった。
あまり味わいたくない不快な感覚に顔がひきつり笑ったように見えるのが実状だったが。
「まだ、やれるか?」
「えぇ、全然!」
二人は鉄パイプを手に再び扉に突っ走る。
「オラぁ!」
円治の鉄パイプが振り抜かれる。
「くらえっ!」
拓未の鉄パイプが打ち込まれる。
そして、
「え、えいっ!」
真理の鉄パイプが空を切った。
「嬢ちゃん……」
「真理……」
「すみません。失敗しちゃいました……」
もう見ているだけの真理ではない。
「木場さん、わたしも手伝います」
微力であるのは承知の上、それでも真理は拓未に宣言するのだった。
見ているだけのお荷物ではないと。
「そっか……じゃあ、やるか三人で!!」
「はい!」
「了解!」
三人は鉄パイプを持ち直し、再び扉に立ち向かおうとする。
「――いや、四人だ」
そんな三人に背後から声が掛かる。
その声に、拓未は両手で顔を覆った。
「……あのバカ」
カテナがそこに立っていた。
「へ、だれ?」
突然、目の前に現れた黒のドレスに金髪という派手な見た目の外人女。
円治が呆けてしまうのも無理はなかった。
「あぁ違った。訂正だ。四人ではない。私一人で事足りる……」
ツカツカと三人を押し退け、カテナは扉の前に立った。
「そら」
カテナが指先で扉をつつく。
ほとんど触れるのと変わらぬ柔らかな動きだった。
しかし、
「ウソだろー……」
円治は前倒しになっていく扉を目の当たりにするのだった。
いままで悪戦苦闘していたのが、何だったのかという幕引きにもう訳がわからなくなっている。
拓未は未だ顔を覆い、カテナの登場を受け入れようとはしない。
「ありがとうございます。カテナさん!」
「ふん、構わんさ」
そんななか、真理だけがカテナに礼を言った。
「女の願い一つ満足に叶えられぬどこかの駄犬が無様だったのでな。主人として、手をさしのべてやったまでのことだ……」
拓未は色々と反論したかったが、それは我慢しておくことに。
いまは、円治への言い訳を考えるのが優先されるからだ。
拓未は顔を上げ、起きた事態に収拾を付けるべく動き出すのだった。
真理はそんな拓未を応援しつつ、一言だけ呟く。
「……ただいま」
扉は開かれた。




