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Dead Heat Zone  作者: 中村英雄
23/83

「まりちゃん。おじさん、おそいね」

「……うん。おそいね」

「そう、だね……」


 拓未が外に出ていってから、もう数時間が経過している。


 今日もまた夜が訪れようとしていた。


「すまねぇな、嬢ちゃん。ホントなら、オレも木場の旦那を手伝いたかったんだが……」


 雨も降り止み、ひととおりの作業を終えた円治が真理のいる個室に顔を出した。

 円治の言葉に真理は首を横に振る。

 今日一日、常に忙しく働いていた円治の姿を真理は横目で確認していた。

 ほとんど休んでいないことも知っている。

 そんな人間に不満や文句など出るはずがなかった。


「そのうえ、ウチの悪ガキどもの面倒まで押し付けちまって悪かったな」


 真理という新しい友達に、アカリとアキラの双子は昨日から興奮を隠せない様子。

 今日も、拓未を見送った真理を見つけ、無理矢理に遊ぼうと誘った。

 円治も作業に忙しく気づくのが遅れてしまい、引き剥がそうとするも双子は断固拒否。

 結局、真理の「かまわないです」という言葉に甘えるかたちとなった。


「……いえ、わたしも手持ち無沙汰でしたから」


 もし、双子が遊び相手に誘ってくれなければ、一日中でも拓未の心配を真理はしていただろう。

 そうならなかったのは、双子の子守りという気を紛らわせる仕事があったからだ。

 有り余る子供の体力に一日中振り回され、真理の体力はもう空っぽである。


「そう言ってくれて助かる。ほら、お前らも礼くらい言え! いつもみてぇに、普通に遊んでりゃ迷惑も掛けなかったってのに……」

「だって、みんないなくなっちゃってつまんなかったんだもん!」

「……うん。つまんなかった」

「お前ら、そんなこと言ったって大切な仕事なんだから仕方ねえだろうが」


 アカリとアキラのように自由奔放な幼児や乳飲み子を除き、雨の降った今日はホームセンター内にいる人員は老若男女駆り出されていた。

 取り残されて、それを不満に思うのは分からなくもないが、少しの納得くらいはしてほしいのが円治の気持ちだ。


「ちがーう! おうちのみんなじゃないの!」

「……うん。ちがう」

「なに?」


 しかし、双子は反論した。

 ホームセンター内の人間が駆り出され、いなくなったのを不満に思っていたわけではないらしい。


「じゃあ、なにがいなくなったってんだ?」


「「ごーすと!」」


 双子の声が一言一句を完璧に重ねて言葉を紡いだ。


「……亡霊ゴーストだと?」

「「うん!」」


 実際、円治は双子に亡霊が見えていることを半信半疑に思っている。

 不明瞭な言葉で亡霊が見えると言われても、最初のうちはまったく信じなかった。

 それが何度も壁の外へと抜け出し無事に帰ってくるのを見るたび、信じる気持ちがすこしずつ芽生え出した。

 その芽生えた気持ちを更に大きくしたのは、屍体の脱走を知らせたこと。

 数日前に、二人は閉じ込めていた五人の屍体が脱走したと騒いだ。

 しかも、それを知らせたのが瀬田の亡霊だったと。

 これには不謹慎に過ぎると仲間から怒りの声が上がるも、信じる気持ちが芽生えていた円治は必死に仲間を説き伏せ、調査に出向いた。

 その結果、双子の言葉が正しかったと証明される。

 その時から円治は、もしかしたら本当に見えてるのかもという気持ちと、子供の空想に決まってるという二律背反の気持ちを心に燻らせていた。


「アカリちゃん、アキラくん。いなくなっちゃったって、どういうことかな?」


 真理は二人の言葉が気にかかり尋ねてみた。


「あのね、きのうのひにね、わたしたちセタのおじちゃんと、セタのおじちゃんだったのをさがしてたの」

「……うん。さがしてたの」

「それで、どうしたの?」

「あのね――」


 二人は瀬田の亡霊と一緒に屍体になった瀬田を探していたという。

 朧気な意識で現世を彷徨さまよう亡霊と、拙い言葉で意思の疏通を図る双子。

 互いの意思は思うようには伝わらなかった。

 そのため、この捜索作業は瀬田の屍体が脱走した日から続いていた。

 結果はもちろん芳しくない。

 一体の屍体も見つけることは叶わなかった。

 二人は興味本意でそんな行動に出たわけではない。

 円治のためを思った行動だ。


 瀬田がいなくなった日から、円治は常に険しい顔をしている。

 それを幼いながらに察した二人は、問題のひとつである脱走した屍体の発見を試みたわけだ。

 そして、昨日。とうとう瀬田の屍体を発見。

 雨が降ってきたのも気にせず、二人はその居場所を必死に記憶しようと頑張った。

 あとはホームセンターに逃げるだけという状況にまで持ち込んだ。

 だが、


「あのね、なんかね、セタのおじちゃんとそこにいたみんながブワーって、いなくなっちゃったの」

「……うん。いなくなったの」

「なんか、こわがってたみたいだった」

「……うん。こわがってた」


 みんなとは、街にいた亡霊全てのことだ。

 瀬田の亡霊を含めたその全てが街から姿を消したという。

 それも、恐怖を抱いたようにだ。


「……なんだそりゃ。こっちが怖いわ」


 亡霊全てが逃げ出すという異常な光景を想像して、円治は背筋に悪寒を走らせた。


「そ、そうですね。こ、怖いなあー」


 真理は近くに置いてあった布とベルトに巻かれるカテナの棺桶に一瞬視線を運んだ。

 その現象の原因がカテナだと踏んだからだった。

 昨日の話であり、雨が降っていたなどの状況から、それは市街地近くに拓未一行が到着したのとほぼ変わらない時刻。


「それでね、びっくりしておっきなこえだしちゃったの。そしたら、セタのおじちゃんだったのにおっかけられた」

「……うん。おっかけられた」

「追っかけられたって、お前ら……」


 あっけらかんと言う二人だが、下手をしたら死んでる状況だ。


「そんでね、はしってにげてたらおじさんが、あらわれてねグルグルーってやっつけちゃったの!」

「……うん。グルグルー」


 二人は興奮した様子で、円治の周りをグルグルと回りだす。


「あー、それで木場の旦那に助けて貰ったってわけか」

「……みたいですね」


 真理は二人の話を聞き全容をようやく把握した。


「……木場さん」


 そして、木場の名が出たことで心細い気持ちを思い出し、その名を呼んだ。


「俺のこと呼んだか?」


 個室の入り口に、いつのまにか拓未の姿があった。


「木場さん!」

「ただいま。いま戻った」


 真理は無事に帰ってきた木場の名を驚き叫ぶ。

 先程までずっと心配していたのだ。そんな男が音もなく現れれば驚きもする。


「木場の旦那。無事のお帰りなによりで」

「あぁ、かなり濡れちまったが無事に帰ってこれた」


 拓未は既に泥と雨にまみれた外套を脱いでいる。

 外套を纏っていたにも関わらず、下に着ていたジャージも上下ともに酷い有り様。

 履いていた靴も同じような状態である。


「木場さん、濡れたままじゃ風邪引いちゃいますよ! いま、タオルを持っ――」

「円治。すこし、いいか?」


 真理に言葉を最後まで言わせず、拓未は円治に一緒に来るよう促した。


「……了解」


 拓未の放つ真剣な雰囲気を感じとり、円治は同行を承諾した。


「木場さん……」

「すぐ戻ってくる。ちょっと待っててくれ」


 拓未はそんな言葉を残し、その場を去った。


「で、話ってのはなんですか。木場の旦那?」


 円治が連れてこられたのは、昨夜拓未が警備を担当した人気ひとけの無い場所だった。


「……この街も、地下への出入り口は塞がれてるんだよな」

「えぇ、まぁ」


 大半の不死者は闇を好む。

 そのため、日中は行動せず屋内や地下などの闇に潜むのだ。

 地下への出入り口を塞ぐのはそれが理由である。


「……瀬田のおっさんが、オレがガキだった頃に徹底的に潰したみたいっすね」


 拓未もそれは確認済み。

 出入り口は瓦礫で潰され上から生コンクリートを流し込んで固められていた。

 かなり入念で丁寧な仕事である。

 他に地下から登ってこられそうな場所も同様に封印されていた。


「……それでこっからが本題なんだ。俺と真理は、とある施設を探してる」

「施設?」

「俺はその施設が地下にあると睨んでた」


 拓未は真理の語った施設の概要から、そう予測を立てた。

 何故なら、真理は施設から逃げ出して初めて『灰色の空』を見たという話だったからだ。


「そして、その施設がこの街にあると確信していた」


 拓未は、隔離部屋を後にした時点で地下施設の捜索を開始。

 しかし、地下への出入り口の全ては過去に瀬田が潰していたわけだ。


「俺の予想が間違っていたとも思った。だが、諦めるには早すぎる。そのせいで、こんな時間になっちまった」


 拓未は地下鉄など目立つ出入り口の探索をやめた。

 代わりに、屋内から通じる出入り口をこの時間になるまで探し続けていたのだ。

 そんな危険な行為に出れたのもカテナのおかげである。

 カテナが昨夜の時点で街の表層の安全を保証してくれていた。

 拓未はそれを信頼し街中を駆けたのだ。


「そこで、見つけたんだよ」

「……なにを、ですか?」

「屍体だ」


 拓未はとあるビルを捜索中に一体の屍体を発見した。

 それはビルの裏手の路上に転がり、かなり腐敗が進んでいて首は無い。

 離れた場所に人為的に潰されたと思しき頭部の残骸を発見できた。


「……あれが、瀬田を襲った屍体か?」

「おそらくは、そうです」


 拓未にその場の状況を聞き、円治は首肯した。


「円治、瀬田はなんであの場所に行った?」

「……それは」


 円治は答えない。

 その理由も場所のことも、円治は常に濁し続けてきた。

 拓未に瀬田のことを聞かれたときだって必死に隠し通したのだ。

 それをいまさら、語れはしなかった。


「……今度こそ、俺の頼みに応えるんじゃなかったのか?」

「…………スンマセン。オレは」


 円治は頭を下げ、拓未に謝意を示す。

 もう勘弁してください。

 そんな風に円治が思い、自身の頼みに応えられないことを本気で悔いている。

 その思いは拓未もキチンと感じ取っていた。

 これ以上、問い質すのは酷だ。

 拓未自身、もうかなりツラい。

 それでも、


「……それでもなんだよ」


 それでも、現状を打破するには円治が持つ情報が必要なのだ。


「あの地下へと続く扉の先には何がある!」


 拓未は発見していた。

 屍体の近くにあった重く錆びついた扉を。

 端から見れば、ビルの裏口と思って仕方ない扉。

 しかし、その先はビルの内部には通じていなかった。


「あの開いていた(・・・・・)扉の先には、何があるのかって聞きたいだけな――」

「ま、待ってくれ!」


 円治が叫んだ。


開いていた(・・・・・)? そう、言ったんすか?」


 扉は開いていた。

 その先は暗い闇に覆われており、全容は知れず仕舞いだ。

 時間も遅かったので、拓未はやむを得ず帰還した次第である。


「あぁ。確かに開いていたが、それがどうしたって言うんだ?」

「……そんな、いったいどういうことだ。何が起こってる。何で、『子買い』の扉が? いや、でも、それなら」


 円治はぶつぶつと一人言を呟きだしてしまった。


「おい、円治! どうしたんだ急に」


 拓未は円治を正気に戻すべく一喝した。


「あ、スンマセン。扉が、開いていたってのに驚いて……」


 円治はようやく正気に戻った。

 だが、腕組みをし頭を軽く揺らして思考は続けている様子。


「……木場の旦那。やっぱ、オレ話します」


 それは思考した結果の判断だった。


「旦那。『子買い』って知ってますか?」

「こがい?」

「えぇ、子を買うって書いて、『子買い』です。その様子じゃ知らないみたいですね」

「あぁ。まったく知らん」


 言葉を聞いた感じ、物騒な印象を拓未は受けた。


「その、『子買い』がどうしたんだ?」

「あの扉。その先にいたのが、そいつらなんですよ」

「…………それで?」


 円治が突然喋りだしたことに戸惑いを覚え、拓未はすこし警戒の色を強める。

 あれだけ頑なに喋らなかった事柄を、ペラペラ喋っていく姿は凄く気持ち悪い。

 それでも、情報は重要だ。

 拓未は円治に先を促す。


「……瀬田のおっさんは、そいつらに会いに行ったんだ。そして、屍体にやられた」

「その目的は?」

「……それは」


 再びのだんまり。

 円治は一切語ろうとしない。

 急に喋りだしたと思えばこれだ。

 円治にとって、瀬田の行った目的は秘匿しておきたい事柄のようだった。


「わかった。目的はとりあえず忘れとく。だから、なにか別に話せることを教えてくれ」

「……それなら」


 拓未は一旦、瀬田の目的については目をつぶることにする。

 ここで時間を食うよりは語れる情報を引き出したほうが得策と考えたからだ。


「瀬田のおっさんは、そいつらの一人と面識があったらしい」


 瀬田。

 拓未のなかで、その存在がどんどん疑惑に彩られていく。

 聞いてみた情報だけで判断すると、優れたリーダーか疑惑の人物となってしまう。

 こうなってくると、本人と直接話してみたいものだと拓未は考える。


「確か、そいつの名前が――」


 拓未はその名を聞き、思わず目を見開いた。


「いま、なんて言った?」

「もう一度言いますよ。そいつの名前は――」


 聞き間違いではなかった。


「……これは」


 とても言えない。二度も言葉として発されたその名は、決して口には出来ないものだった。


「あれ? でも、この名前って……」


 円治は二度、自分の口から名前を言ったことで気づいてしまう。

 あまり口にすることの無かった名だ。

 瀬田から聞いていただけの名前。

 言い慣れぬ名前。

 だが、


「旦那。もしかして、これって――」

「気づいたなら、黙ってろ……」


 拓未は円治の言葉を遮り、釘を刺した。


「いいか、絶対に本人の前で言うなよ。このことは俺とお前だけで――」


「――日下ひのした雅人まさと


 その名が語られる。

 瀬田と面識を持っていた『子買い』の名が語られた。

 

 最もその事実を知らせたくなかった者の口から。


「……真理」


 いないと思っていた人物がそこに立っていた。


「……気になって、着いてきちゃいました」


 真理は隠れて二人の会話を聞いていた。


「真理、これは……」


 上手い言い訳を考えるが、もう遅かった。


「君塚さん」


 もう真理は知ってしまった。

 だから、円治に真実を尋ねる。


「『子買い』って、なんですか?」


 

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