雨
その日は生憎の雨となってしまった。
「じゃあ、行ってくる」
「木場さん、本当に一人で行っちゃうんですか?」
「……この雨だしな」
昨日のような通り雨ではなく、今日は本格的に強い雨が降っている。
昨夜、カテナと気まずい状況になってしまった拓未。
夜が明ける前にカテナは帰還したが、二人は一言も交わさずに朝を迎える。
もう、その時点でポツポツと小雨が降っていた。
拓未が早朝に仮眠を取り、三時間程して戻ってきても雨は止む気配を見せず。
むしろ、その勢いは増してしまっていた。
本来は真理を連れ立ち、この付近の探索作業に勤しむのが本日の予定である。
しかし、それは叶わなくなってしまった。
この雨のなかだ。少し先の視界の確保すら難しく、聴覚は雨音で常に潰されてしまうだろう。
そんな状況のなか、真理を連れ回すのは非常に危険だった。
だが、時間を無駄には出来ない。
こう言っては身も蓋もないが、真理というお荷物がいなければ、拓未一人で探索作業を行うのは容易かった。
守るものがいなければ、効率的な探索が行えるのだ。
「……そう、ですよね。すみません、ワガママ言って」
自分がいては拓未の邪魔になる。
それは真理自身が良くわかっていた。
今回の旅の目的は、真理が暮らしていた施設の発見と内部の探索だ。
だというのに、当事者である真理がその旅の足枷となっていた。
もし、拓未一人であれば半分の時間で現在地までたどり着けていたことだろう。
それをきちんと真理は理解していた。
拓未が自身を気遣い歩調を合わせてくれていたこと。
安全な野営地を探してくれたこと。
この二日、ろくに寝ていないこと。
どれもが日下真理を気遣っての行動と理解していた。
「悪い、木場の旦那。オレ等も手伝いてぇんだがよ……」
「大丈夫だ。わかってるさ」
円治は朝から忙しく働いていた。
二百人を越える大所帯である。
雨が降ったとなれば、その大所帯には願ってもないチャンスだ。
円治とその仲間は屋外にいくつもポリタンク等を並べ、水の確保を行っている。
二百人の大所帯を賄うとなれば、大量の水は必要不可欠だ。
生活用水としての飲料水等は勿論、農業用水としても大量の水は必要になってくる。
ホームセンターの一角には畑が開墾されており、そこで二百人の腹を満たすために作物が栽培されていた。
「昨日、なんでも言ってくれ。なんて、大口叩いといてホントすまねぇ」
「気にするなよ。生活が掛かってるんだからな。俺だってそうする」
拓未だって、近づく梅雨のためにそういった準備を数日前までしようとしてた身だ。
気持ちは良く分かる。
しかし、昨日の今日でこんな雨模様とは拓未も驚かされた。
まだまだ、大雨なんて降らないと高を括っていたからだ。
拓未の脳裏にチラリと自身の屋上菜園の姿が浮かぶ。
「木場の旦那。次こそ、オレに出来ることがありゃ言ってくれ。今度こそ、オレは役に立つからよ」
「あぁ、期待しておくさ」
「おう、そんときゃ任せてくれ。じゃあ、オレは作業に戻らせてもらうぜ」
円治は、雨のなかに戻っていった。
「じゃあ、今度こそ行ってくる」
もう外に出る準備は完了していた。
一時的な拠点ではあるが、近くに帰る場所があるということで、拓未はかなりの軽装だ。
大きく重いリュックサックは装備せず、ジャージの上に雨避けの外套を羽織っているのみ。
必要最低限の水と携帯食糧は腰に取り付けたホルダーに入れてある。
護身用にナイフもあるので、拓未にとっては充分な装備だ。
「もし何かあれば、教えた通りにな」
「……はい。木場さん」
拓未は、今回カテナを置いていくことにした。
理由は探索行動に邪魔だからだ。
せっかく、動きやすさを重視しているのに持ち運びに支障をきたす棺桶など必要なかった。
そこに昨夜の件もあり、今回は留守番と同時に真理の護衛役になってもらうことにする。
見知らぬ土地で、見知らぬ人間のなか、真理を一人で置いていく訳がない。
昨夜、カテナは街の表層を探知の範囲内にしていたが、それにはこのホームセンターも入っている。
ホームセンター内には、カテナの使い魔が放たれ真理の近くにも一体が控えていた。
その夜はカテナから異常や危険を知らすこともなかったので、安全であったはず。
しかし、油断は禁物だった。
真理には、何か危険が迫ったなら棺桶を叩きまくれ。という指示が拓未から出されている。
そうすることで、カテナが目覚めるのだ。
大変、不機嫌な状態でだが。
カテナは『太陽の光』が苦手なだけであり、紫外線が苦手な訳ではない。
なので、曇りや雨で太陽が隠れていれば日中の活動が可能なのだ。
『太陽の光』という概念そのものが弱点というわけである。
そういう理由もあり護衛役として、この場に残しておく。
「気を付けてくださいね。あと、なるべく早く帰ってきてください……」
「……あぁ」
真理の心細い声と表情。それを視認するも、拓未は短い一言で応えホームセンターを後にした。
「そうそう悪いことは起こらないだろう」
拓未が見た限り、あのホームセンター内には秩序があった。
正常な共同体に見受けられた。
そうでなければ、二百人を越える巨大な共同体を維持出来ているはずがないからだ。
居住区は清潔であり、飢えた人間もおらず、暮らす人間の顔には笑顔があった。
「不死者も、大丈夫だろうしな」
カテナの探知で街の表層は安全と確認されていた。
それを信じるなら、問題はそうそう起こり得ない。
「問題が起こるとすれば、俺のほうか……」
拓未は、目的の場所に到着する。
「ここが、瀬田のいた隔離部屋か」
拓未は、瀬田と四人の男が閉じ込められていたという隔離部屋へと来ていた。
ホームセンターから迷わず来るのはかなり難しい道だ。
それでこそ、隔離部屋と言えるのだが。
拓未は、円治に瀬田という人間の情報を聞いていた。
双子達の口から出てきた比較的最近、屍体となった人間だったからだ。
円治はところどころ口ごもり、瀬田が屍体になった理由を語った。
瀬田を含めた五人が屍体に噛まれたと。
「……なるほど、かなり頑丈だ」
掘っ立て小屋と言っていい見た目であったが、内側からの破壊は不可能に近い作りであると拓未は確認。
円治の話によれば外側からの施錠も厳重だったらしい。
「……いったい、何が起こったのか」
拓未は幾つかの予測をたてるも、すぐに破棄。
いま重要なのはそこではなかった。
「五体の屍体、か」
その数が重要なのだ。
「……この街で出会った瀬田の屍体」
それは前日、拓未が簀巻きにし放置してある。
「……真理を追っていた四体の屍体」
その数は、合わせて五体。
「この街だ。この街に、真理が暮らしていた施設がある」




