安全地帯
「……ここに、今日は泊まるんですか?」
真理は声に不安を混じらせ、傍らにいる拓未へと尋ねた。
辺りはもうすこしで暗くなる寸前である。
真理は拓未と共に長い時間を歩いてきた。
拓未はそれほど疲れた様子を見せてはいない。
真理の荷物より、はるかに重い荷物を背負ったうえでカテナが入ってる黒い棺桶を持ち運んでいるのにだ。
真理はそこまで重い荷物を持っていたわけではないが、もう体力の限界を迎えていた。
これ以上は歩けない。
もう何時間も歩いたし早く身体を休めたかった。
朦朧とする意識で数日間を歩いていた人間とは思えない貧弱さだ。
「……あー、言いたいことは良くわかる」
拓未は困った表情をし、後ろ手に頭を掻いた。
「ここ、お墓ですよね……」
真理の目の前にはたくさんの墓石が整然と並んでいた。
拓未の指示に従い、真っ直ぐ歩いていた道路を逸れ、国道沿いにある広い駐車場に入った真理。
その後も拓未の指示を忠実に守り、駐車場を抜けた先の並木道、その先にある花畑へと順調に歩を進めた。
この時点での真理は大変ご機嫌だった。
一日中、荒廃した世界を見せられていたので、並木道の緑と咲き乱れる花の彩りに心が癒される。
これはもしかすると拓未が用意したご褒美なのではという思いも手伝っていたから無理もない。
そして、花畑を越えるとそこは――
「正確に言うと、霊園っていうんだけどな」
拓未の訂正が入るも、真理は気持ちを建て直せない。
さぞかし素敵な場所なのだろうと期待した自分が悪いのも分かっていたが、舞い上がった気持ちは宙ぶらりんのまま居場所なく心を漂っていた。
「木場さん、お墓って一番危ないんじゃないですか? わたし、道を間違えてたんじゃ……」
真理は墓石の群れを見たときから生じていた疑問を拓未にぶつける。
拓未は言った。夜は危険だから比較的安全な場所で一夜を過ごすと。
確かにそう言って真理をこの霊園へと導いた。
しかし、この場所は本当に正しいのかと真理のなかに疑問が生じる。
もしかしたら、自分は拓未の指示をどこかで間違えてしまい、別の場所に来てしまったのでは?
それを確認してみるべく拓未に問う。
「いや、合ってるよ。目的地はここだ」
残念ながら、拓未の口からは肯定の言葉が出てしまう。
真理が間違えた訳ではなかった。
拓未は明るいうちに地図を確認して、ここを目的地と最初から定めていた。
「それに、墓地が危険。なんてのは勘違いだぞ」
「え、どういうことですか?」
拓未の言葉に真理は首を傾げた。
「じゃあ、まずどうして墓地が危険だと思う?」
「それは……」
真理は暮らしていた施設内で本やビデオを見る機会が多くあった。
そのなかで、書物にしても、映像作品にしても、怪物やそれに類する存在が頻繁に登場する『定番』といえる場所がある。
それが、墓地だ。
真理はそのことを拓未に答えとして伝えた。
「確かに、物語のなかで墓地にはそういう奴等が登場する。じゃあ、その理由は?」
「えっと……それは、ですね」
再びの質問に真理は考えてみる。
「……怖いから」
「怖い?」
「はい。なんというかイメージです。お墓って、死んだ人が下に埋まってて、人気が無くって妙に静かで、なんだか怖いなってイメージがあるんで……たぶん」
真理は自信なく答えてみる。
「それで正解だ。でも、より付け加えると、暗いからってのもある」
「暗いからですか?」
「そう。例えば、明るい真っ昼間の街中に出てくる怪物と、暗い夜の墓場に出てくる怪物。どちらが効果的に恐怖を演出出来る?」
それは当然夜だ。
光溢れる昼間に出てくるより、闇が色濃い夜の方が断然怖い。
光はすべてを照らし鮮明にするが、闇はすべてを覆い隠し不安を掻き立ててくる。
だから、物語のなかで怪物が現れるのはだいたい夜と相場が決まってる。
「と、ここまでが物語によって植え付けられた先入観の話。じゃあ、現実的に考えてみてくれ」
「はい。わかりました」
「まず、墓地ってのはそんな先入観を抱かれてる。もし、こんな狂った世界になったとき、好んで逃げ込もうと思うか?」
「いえ、思いません」
理由は、やはり怖いからだ。
不死者という『死』の気配を濃厚に漂わせる存在。
そんな存在がひしめき合った世界にあって、同じ『死』というものを連想させる墓地になど誰が行くのか。
「……そっか、だから」
ようやく真理も気付いた。
誰も墓地になど逃げ込もうとはしない。
そうなると感染者も屍体も墓地に来る可能性は低くなる。
食料である人間がいないのならば、そういったものは初めから寄り付かない。
「その推測通りだ。物理的に襲ってくる不死者は、この関東圏にある墓地には存在しない。だから、この墓地は一応安全地帯ってわけだ」
ただし、油断は出来ない。
昨夜、カテナという絶対の信頼を置いていた安全圏を破られている。
カテナが居れば、そこが安全圏として機能するはずだったのだ。
カテナと平均的な不死者の戦力差は象と蟻レベル。
もちろん、カテナが象である。
いや、象などでは足りず竜でもいい。
竜に喧嘩を吹っ掛けて勝てると思う蟻などいない。
それは殆どの不死者に該当する戦力差であったはずなのに、昨夜は感染者という蟻が竜に襲い掛かってきた。
このことを忘れてはならない。
「今夜は、あそこに泊まろう」
拓未が指差す先、少し離れた所に二階建ての建物があった。
霊園への来園者のために設けられた管理棟である。
一階は休憩が出来るようなラウンジ。二階は霊園の管理業務をこなすためのオフィスだった。
いまは見る影もなく荒廃している。
「そろそろ日没か」
拓未は背負っていた棺桶を下ろし、ロープと布を取り払う。
そして、日没と同時に蓋を開く。
「……ん、もう夜になったか?」
眠たそうにしながら、カテナは棺桶を出て辺りを確認する。
「…………ほう、なるほど」
カテナは周囲の風景を確認した後、拓未に顔を向けた。
「この場で私の出る幕は無さそうだが、どうして欲しい駄犬?」
その顔は意地の悪い嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「……とりあえずは昨日と変わらず探知と警戒を頼む。あとは、まぁ俺一人でいいさ」
「良かろう。任せておけ」
カテナは影から使い魔を生み出し放つ、それらはものの数分で警戒網を完成させる。
「では、私は散歩でもしてくるとしよう」
警戒網を完成させたカテナはその場をすぐに立ち去ろうとする。
今のところ、霊園全体を越えて構築された警戒網にカテナ自身が対処すべき不死者は存在しない。
昨夜と違い、この場に留まる必要性もないので問題はなかった。
「……カテナさん、行っちゃいましたね」
「大丈夫だ。なにかあれば、すぐ戻ってくる」
拓未としては、その『なにか』が無いことを願いたいのだが。
「じゃあ、俺達はようやく休憩だ。食べて休んで明日に備えよう」
「はい。わたし、お腹空いちゃいました」
「なら、野営も初日だし腕によりをかけるかな」
安全地帯での一夜。
拓未は弐号の力を存分に振るい、真理はそれを大いに食らった。
わずかな間の休息を二人は笑顔で過ごすのだった。




