8 桃色姉妹 前編
神々は笑いながら、下界の地図を広げていた。
「国が増えたもんだな……」
黒銀の目の友が地図を眺めため息をつく。
(*ズードリア大陸マップ)
「ま、静かに見守ってやるか……」
シロは息をつき、黒銀の目の友と下界を覗き込んだ。
◇
────そこはエルダードワーフが治める国『ファルダット自由国』。
姉妹が初めて降り立った異国の地。
そこは常に明るい陽射しに照らされる国。
雨が降ることはあるが、豪雨になることはほとんど無い。
広がるのは果てしない砂漠や荒々しい岩山。
昼と夜の温度差は激しく、夜には気温が零度まで下がることも珍しくない。
姉妹が生まれ育った国とは、まるで異なる環境で森林は視界のどこにも見当たらなかった────。
ふと、姉アカリは独り言をつぶやく。
「勝手に国を出るって、決めたけど……本当に、大丈夫かしら?」
眠る妹の横顔を見て眉を顰める。
彼女は不安を口にする。
「私たち、たった二人で……私が、しっかりしなきゃ」
彼女はそうつぶやき、妹の横で眠れずにいた。
簡素な宿屋の部屋で姉は不安になっていった。
そんな彼女たちだがこの港町を拠点にすることを決めた。
そしてゆっくりと動き出す、まるで運命に導かれるように───。
姉妹はギルド支部に通いながら、薬草の採取、弱い魔物の討伐、比較的簡単な依頼を受けるところから始めた。
───ある依頼を受けた時。
姉アカリが薬草を見つめギュッと握る。
「もっとランクを上げなきゃ……!」
顔を上げた彼女の”焦り”、”決意”を感じ取った妹。
ジュリも全力でその背中を追いかけた。
たとえ厳しい依頼でも二人で乗り越え、冒険者ランクを着実に上げていく。
そんなある日、魔物ゴブリンの集団と戦闘になった───。
アカリが飛び上がり桃髪を靡かせながら叫ぶ。
「ジュリ、そこで魔法!」
「【ファイラ】!」
ボォ༄༅
「ギャギャ!」
燃えるゴブリン。
ジュリは魔力切れに息を切らせた。
しかし、姉の思いを理解していた。
ゴブリンを倒しながらついて行こうと彼女は歯を食いしばった────。
◇ 【C級への道】◇
一年後。
冒険を始めて約一年、ついに二人は『C級』ランクの冒険者となった。
アカリは妹が喜びを抑えきれず、笑顔を浮かべる姿を見つめた。
彼女が小声でつぶやく。
「ジュリ、心なしか笑顔が増えた気がする……でも、不安だったよね……」
安堵したのか大きく息をつき、胸を撫で下ろす。
一方で、ジュリは姉の表情を見つめ心に留める。
「ネーが、やっと笑うようになってくれた」
ジュリは姉に笑顔を見せた。
その言葉を聞いた瞬間、アカリの中で何かが弾けた。
姉妹がお互い顔を見合わせ、吹き出す。
彼女たちは着実に一歩ずつだが成長していった────。
そんな彼女たちは、朝から夕方まで討伐や採取、時には雑用のような配達もこなし、日々忙しい毎日を送っていた。
それでも夜になると、姉は【薬学】や【神代魔法】の研究に没頭し、妹は分厚い【魔導書】を手に新たな魔法を学ぶ。
ふと、笑顔を見せる何気ないアカリの一言。
「束縛されない自由っていいわね」
「うん、ネーも気楽でしょ?」
姉の顔を見ながら揶揄う妹だった。
姉妹はそれを楽しむように、前へと進んでいった───。
◇【A級に昇格】◇
さらなる試練───『A級』ランクへの挑戦。
冒険を始めて、さらに一年と四ヶ月。
姉妹はついに『B級』ランクに到達した。
高ランクの魔物を討伐できるようになっていった。
そんなある日、魔物ボルトパイゾンと対峙したジュリ。
「ねじ曲がれ炎、【コークスクリュー・エボリューション】!!」
"ボォ───ォッ༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅༅༄༅”
角から毛並みの良い尻尾まで、炎に包まれ焼かれていく。
彼女は爆裂系統の魔法に特化し、A級魔物を一撃で倒せるほどに成長していた。
この時のジュリだが、心境は複雑に揺れ動いていた。
(ネー、驚いてる。でも、わたしをかばって、あんな怪我を……)
胸を痛めるジュリだった。
ジュリは姉に負担をかけまいと、新たな魔法を覚え使いこなしていった。
数日経ったある日。
『A級』ランクに上がるため、姉妹は他の冒険者とパーティーを組んだ。
彼女たちはダンジョンに挑む。
緊張した空気が流れ、姉妹たちはダンジョンを進んでいった。
しかし、その道のりは険しいものだった。
各階層ボスに手を焼くものの、結果は───見事ダンジョンクリアに成功。
姉妹は喜びあい抱き合う。
───ファルダット自由国のギルド支部。
受付嬢が「『A級』ランク、おめでとうございます。こちらをどうぞ」と、姉妹に差し出す。
ジュリも私も……これで、もう大丈夫……と、そっと金色のカードを見つめ、アカリは安堵の涙を流す。
アカリの髪が風に靡く。
それはまるで美しい桜の花びらが散るようだった。
姉の涙を見ながらジュリもまた、心に固めた決意を胸に秘めていた。
(ネー、辛かったね、ここまでの道のり。でもね、ナガラ兄様はきっとどこかで見てるよ)
そう思う彼女は瞳にかすかな涙を浮かべた。
姉妹の表情は儚げだったがその目には、希望が満ちていた。
***
丁度その頃、天界で覗く黒銀の目の友が口を開く。
「彼女たち、兄を見つけられるのかっ!」
横で下界を眺めるシロの肩を叩く。
「大丈夫だろ、希望はあるぞ。あれを見てみろ!」
シロの目には姉妹の眼差しは明るく輝いて見えた。
***
神々が眺める中───アカリが涙を拭い口を開く。
「ジュリ、この国を出るわよ……」
彼女は髪をかき揚げ、振り向く。
その時、目の前に映る新鮮な世界に彼女が微笑む。
それはまるで、彼女自身の内なる高揚感を表すようだった。
一方、姉の様子を見てジュリは思う。
”何か大切なことが待っている”と、姉から強く伝わってくる。
それは彼女の内に秘めた闘争心に他ならなかった。
ジュリがギュッと杖を握り、小さくつぶやく。
「……絶対見つけてやるんだから……覚悟してね、ナガラ兄様」
彼女は目を細め、頬を膨らませる。
この時だった。
ジュリの表情には強い意志が感じられた。
アカリも軽く頷き、彼女たちは一歩前に踏みだす。
目的の養子の兄ナガラを探す旅へ───。
『ファルダット自由国』を出て、他の国へ冒険に出る姉妹だった───。
◇【兄を追って】◇
箒が飛び交う空が澄み渡る。
ズーラシア大陸の南の国、『カルディア魔法国』のバカルデュという大きな街で、手がかりを探していた。
探している兄の弟子───『ゴクトー』という人物の噂を聞いた姉妹。
「その弟子の事……詳しく教えて欲しいですわ……」
「そう色っぽく言われてもな……」
色仕掛けで艶しく情報を引き出そうとするアカリだった。
「ちょっと───っ!ホントに知らないの──っ!」
「うるせえな!わめくな、知らねってばよッ!」
正反対にわめき散らすジュリだった。
しかし、それ以上の情報は得られなかった。
姉妹が肩を落として大きく息をついた。
その瞬間───
ジュリは姉の表情が変わったのを見逃さなかった。
「兄様が優しく教えてくれた、剣術姿が目に浮かぶの……」
「あの笑顔を……もう一度この目で見たい!」
アカリがますます想いが募る抑揚を見せる。
次の瞬間、ジュリがアカリの手を掴んだ。
「ネー、行こう!」
にっこりと姉に向かって笑うジュリ。
こうして、姉妹は新たな冒険の旅へ出発した────。
◇【北方遠征】◇
その後も姉妹は旅を続け、各地で依頼をこなしながら、少しずつ北へと進む。
峡谷に跳ね返される眩しい黄金の光、冷たい風が吹き抜ける。
旅を続ける姉妹は、獣人が治める国『フィルテリア』に数日滞在した後、国境を越えていく──。
旅の途中のある晩。
姉妹はウサギを数羽捕まえ、野営の準備を始めた。
チチチ
崖の巣の上で魔物ロック・バードの雛の鳴き声がする。
パチッ
薄墨色の夕暮れ、冷たさを増す風が焚き火の炎を揺らし、二人の影を長く伸ばす。
ジュリが焚き火をじっと見つめ口を開いた。
「……ネー、なかなか掴めないね……兄様と弟子のこと」
彼女は肩をすくめ、ため息をついた。
妹の表情に不安が滲んでいる、と察するアカリだった。
払拭するかのようにアカリが口を開く。
「ジュリ、あなたはせっかちね。……心配いらないわ、必ずナガラ兄様の話はどこかで聞けるはずだから……」
彼女はかすかに口角をあげ微笑む。
(ここまでは、なんとか来た。でも、獣人の長老、……オブニビアさんの言葉が気になる)
その表情にはどこか不安が混じっていた。
胸の痛みとともに、刺すような風がアカリの頬を撫でた。
それでも彼女たちは諦めずに旅を続けた。
姉妹は新しく覚えたスキルや【魔法】も試していく。
ふと、ジュリがつぶやく。
「新緑の木々、まるで大地の匂いね」
彼女が悪戯っぽい表情を姉に向けた。
エルフが治める『マヌエル』の森林地帯を何とか抜け───北上を続ける姉妹。
だが──
あれ以来『ナガラ』と『ゴクトー』の噂は、一切聞けはしなかった───。
◇【ゴマ・ケル区街】◇
旅を続ける姉妹がたどり着いたのは、エルダードワーフが治める『ゴマ』という国。
いくつもの鍛冶屋から怒鳴る声が聞こえ、喧噪が後を経たない。
立ち込める金属が溶けるけるような蒸気が漂う。
この大きな街、『ケル区街』の拠点に、兄探しの活動を始めることにした。
───冒険者ギルド支部。
姉妹たちが受付で素っ気なく話す。
「これは見事。 A Aランク指定魔獣、ウルボルトの討伐ご苦労様でした」
「解体をお願いします。肉はいただきますわ。残りは買い取りで」
ギルド職員の蝶ネクタイをする小さなエルダードワーフは、アカリの言葉に頷く。
その時、一人の冒険者が隣の男の耳元で囁く。
「おい。あの二人って『A級』依頼達成率ナンバーワンの……」
それがきっかけのようにギルド内がざわつき始める。
「美人の姉妹だっぺ……異国の冒険者だべな?」
「どんな依頼もこなすっていう凄腕の?」
「ああ、間違いねぇ……桃色姉妹だ」
「おお、あれが……色っぺぇねえちゃんだちだな、おい!」
「お前ら、知らねえのか……?ありゃ桃色姉妹だ……下手なこと言うもんじゃなえぞ、お前、明日にはお釈迦になってるぞ……」
「ひぃ─── そ、そ、そりゃ逃げるしかないっぺ!」
彼女たちは知らないうちに、二つ名で呼ばれるようになっていた。
ギルド支部の往復を続ける姉妹は、いつしか噂の的になっていった───。
数日後。
『ケル区街』のギルド支部の酒場で耳にしたのは───
「アドリア公国に新しいダンジョンが出現したらしいぞ」
「ああ、それな。そのダンジョンってのは、B級以上の冒険者奨励らしいな」
「そのダンジョンってなもし、何階層まであるんか……? まだわかって無いらしいんやろ」
「ダンジョンってぇのは…すんごい、お宝が眠っとるんやろね?……七星の武器とか……」
「命を落とす冒険者も、いるって聞くぜ?」
「ダンジョンと言えば…… 『メデルザード王国』と『カイド』の国境に、あのダンジョンもあるよなぁ……?」
「ああ...あのダンジョンか……『SS級』に認定されたあのナガラのパーティーが 攻略した……最難関と言われてる、ダンジョンだろう……?」
久しぶりに聞いた『ナガラ』の名前に姉妹は目を輝かせた。
この瞬間、ジュリが両手を掲げアカリを見つめた。
「行くしかないっしょ!ネー!」
彼女の表情は明るかった。
その夜。
アカリの夢に響いた、声なき声。
「七星が揃う時、肉が裂ける。
選ばれし姫よ、刃を向けるは……血を分けた者かもしれぬ……」
アカリは唇に手をやり肩が震える。
「何だったの……今の夢……」
アカリはつぶやくと頬を引き締めた。
だが、ジュリはその横で安らかに寝息を立てていた───。
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