7 師匠はどこへ
「っとと」
俺は我慢できず、ちょっと離れた岩陰に隠れて用を足していた。
朧月に見られてるようで恥ずかしくなった俺は向きを変えた。
『カルディア魔法国』内のとある街道沿い。師匠と野営をしてた時である。
ガサッ
「うわっ」
物音に目を向ける。
すると赤い目を光らせるウサギが草むらに逃げ込んだ。
「よーし、晩飯だ」
独り言ちながら、足し終えた俺はウサギを追った。
「こら、待て」
なかなかすばしっこい奴だ。後ろ脚にかすった手が悔やまれた。
だが、俺はそれでも追いかけた。
「キュキュ」
「やっと、捕まってくれたな」
俺はウサギの耳を掴んで前歯を出すウサギに話す。
人間の言葉など知る由もないウサギがしきりに前歯をギュギュと鳴らす。
灯り一つない草っ原に風が吹き込み、歯ぎしりが夜を裂いていた。
若干の不安がよぎるが、何しろ飯だ。
「よし、これで師匠にも顔向けできるな」
俺はウサギを睨みつけ、意気揚々とテントのある小さなスペースに引き返す。
グシャグシャ、ワシャワシャ、と草を避け、踏みつけながら歩く。
「あれ? こっちだっけか?」
迷子になった。確かに来た道を戻ってきたつもりだ。
しかし、歩けども歩けども、一向に元の場所には辿りつけない。
俺は途方にくれた。 ぬるい風が頬を伝う。
「いったん、落ち着こう」
月を眺めながら、方向を確認した。
大きく息をついて肩の力を抜いた。
その時、街道を走る荷馬車が見えた。
宵闇の中に揺れる松明と車輪の軋む音。
馬のひずめが速やかに進む音が俺の耳に届く。
だが、馬車が走るのは普通、昼のはず。夜道は魔物やら、獣やらが出るはずなのに、と俺は思いながら、馬車を目印に走っていった。ウサギ片手に。
なんとか、街道まで出れた。
良かった、なんて気楽に思ってたのも束の間、見渡してもテントがない。
「ん?」
間違ってはいないはずだ、と思いながら周囲を見る。
テントを張ったすぐ横、目印にしていた大きなケドの木がある。
俺はその木に向かって歩いた。
近づくとテントは折り畳まれ、師匠の装備一式が乱雑に置かれていた。
その中には師匠の愛刀も二本、置かれていた。
「し、師匠?」
師匠の姿はどこにもない。焦った、そして動揺した。当たり前だ。
いきなり姿が見えなくなったんだ。
俺はウサギを木にくくりつけ、師匠を探した。
だが、周囲を見廻しても師匠の姿はなく、草を揺らす風の音だけが静かに俺の横を通りすぎていった。
人の気配はしない。だが、何か視線のような鋭い圧を感じた。
次の瞬間───
「ほぅほぅ」
鳴き声がする。
バサバサバサ
風を巻き込むように広げられたそれは月夜に照らされる銀翼。
鋭い嘴から「ほぅ」と見かけより情けない鳴き声を出す。
ケドの木に止まってこちらを窺う。
首はわずかに傾げ、黄金の目が瞬く。
「ちぇ、なんだフクロウか、驚かせるなッ!」
俺はため息をつき、肩をすくめた。
師匠がいない不安と焦りで、フクロウに当たってしまった。
フクロウが身体を小さくしたその瞬間、バサッと翼を広げた。
ビクッとした俺は何事かとフクロウを見た。
「ゴクトー」
「っえ? 師匠、どこに?」
「お前の目の前だ、はっはははは」
だが、師匠の姿はどこにも見えず、目の前にはこちらを見るフクロウだけ。
「空耳だ、きっと、師匠がいなくなったからだ」
俺はつぶやき、そう言い聞かせながらも周囲を用心深く見回した。
目があったフクロウの瞳が琥珀に閃く。その瞬間、フクロウが微かに嘴を開いた。
「ゴクトー、戸惑うな、これはオレの”口蘇せの魔法”だ。今から大事なこと言う。よく聞け」
自分の身に今、何が起きてるのか理解に苦しむ。いきなりフクロウが喋り出し、俺に向かって「いいか、よく聞けって」って、誰が素直に聞けるもんですかっ?
師匠、どこに隠れてるんですか? また、俺を揶揄って、遊んでるんですか?
疑問が後をたたない。だが、フクロウは目尻をあげどこか笑ったように見えた。
その顔を見ながら、師匠の顔を思い出す。独特な笑い方をする師匠にそっくりだ。なんて思っている場合かっ!と、自分にツッコミながら固唾を呑む。
冷や汗が額に伝わる。目を向けるフクロウの目の奥が再び煌めく。
「ゴクトー、オレとしたことが、どうやら”ねじれ”に引っかかったらしい。はっはははは。すまん、だがなゴクトー、お前には全て叩き込んだ。お前は自分の道を歩め。いずれどこかで会えるだろう。はっはははは」
「し、師匠、冗談は笑い方だけにしてくださいよ」
俺は口元が緩んだ。
「装備一式をお前にやる。それと『アイテムボックス』には、今まで、オレとお前が稼いだ金が入ってる。多分、食うには困らんはずだ。それを使え」
「何を言ってるんですか、師匠、早く出てきてくださいよ」
俺は後ろを振り返り姿を探した。居ない。師匠独特の【覇気】すら感じない。
焦った俺はフクロウを睨みつけた。
フクロウが首を軽く傾げ、嘴を動かす。
「それとな、オレには妹がいるんだ。桃色の髪の姉妹だ。どこかで会ったら、オレは元気だと伝えてくれ、はっはははは。……もう術が切れる時間だな」
「ゴクトー、達者でな」
「師匠⸻!」
「ほぅほぅ」
フクロウは小馬鹿にするような鳴き声をあげた。
バサバサバサ
銀翼を靡かせ月に向かっていくように飛び去った。
「師匠……。っく」
俺の目に熱いものが込み上げた。突然のことで戸惑う余裕すらない。
ただただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
ケドの木が月夜に照らされ影を落とす。
それはまるで自分の今の姿のように俺は感じた。
途方に暮れた夜。
「ギュギュ」
赤く光るウサギの目と共に、鳴き声だけが響き渡った⸻。
フクロウの声に込められた師の想い、月に向かう銀翼が示す別れの予兆──この夜を境に、ゴクトーの冒険は“本物”になる。
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